USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第16回 アメリカ水道水の安全性

2018年07月13日グローバルネット2018年7月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ

アメリカは世界一のGDPを誇る国でありながら、安全な水道水を利用できない国民が数千万人もいる。環境保護庁(EPA)は、水道水の汚染物質混入基準を規定する「飲料水安全法」に基づき、全米から水道水質データを収集し、基準違反状況をまとめて毎年報告書を発表している。このデータを基に研究者らが調査を行ったところ、同法の安全基準を満たしていない水道水を利用していた国民は、1982~2015年の間に毎年900万~4,500万人、2015年には2,100万人に上っていたことが判明した。違反があった地域は全体の3~10%とわずかだが、貧困層の多い田舎の地域が多く、とくに南西部のこうした地域で頻繁に違反が起こっていた。

●違反の原因

違反が起こる要因は、水道インフラの老朽化とされる。人口が少なく水道設備の改良資金が不足している自治体は、耐用年数の過ぎた古い設備や技術を使い続けており、有害物質を除去し切れていない。とくに01年に連邦政府が規制を強化してから違反件数が急増しており、自治体の対応の遅れが見て取れる。規制が強化されたのは、トリハロメタンなど、水道水の殺菌に使用される塩素が水中の有機物と反応して形成される有害物質である。こうした有害物質を除去する新技術の導入が難しい自治体は、放置するか、規制順守のため苦肉の策で塩素投入量を減らしたことで逆にバクテリアなどが増え、違反が増加したと見られている。

環境団体の自然資源防衛協議会(NRDC)は、違反件数のうち3%程度しか罰則が科されていないことも、違反が減らない理由としている。また、州の報告精度の甘さやEPAの監査の緩さなどからデータに漏れが多く、実際にはさらに多くの違反があることが想定されるという。15年にミシガン州フリント市で、住民らの独自の調査により深刻な水道水の鉛汚染が発覚したが、EPAデータに同市の違反が記録されたのは、事態が深刻化した後であった。

●フリント市の惨事

フリント市は財政危機により11年に州の財政監督下に入った。14年にコスト削減策の一環として、それまでデトロイト市水道局から購入していた水道水を近隣のフリント川からの取水に切り替えた。その直後、水の臭いや色に対して住民から苦情が上がった。市は大腸菌の混入を認め、塩素投与量を増やしたが、金属腐食防止処理を行わなかったため、古い水道管に使われていた鉛などが腐食して剥がれ水道水に混入した。市は水道水の安全性を主張したが、疑念を抱いた住民が大学研究者に検査を依頼し、高濃度の鉛汚染が発覚した。

メディアがこれを報道し、同市の問題は全米が注目する大騒動に発展した。翌15年に市は非常事態宣言を発動し、州や連邦政府から4億5,000万ドルの助成金を得てデトロイト市の水道水に接続し直した。その後、腐食した水道管の交換作業が行われ、今年4月にようやく水質改善完了宣言が出され、住民へのボトル水の無料配布が終了した。しかし、市を信頼できなくなった多くの住民は、その後も水道水を使わずボトル水を購入している。この一件に関する住民らによる訴訟は現在も続いており、州職員などにはすでに有罪判決が出ている。

●インフラ改良資金

幼い子供が鉛を摂取すると低濃度でも発達障害が起こる可能性があるため、鉛製の水道管は以前から禁止されている。しかし、同市に限らず交換費用を捻出できない地域は少なくなく、NRDCによると全米で1,500~2,200万人が依然鉛製水道管を使用しているという。

鉛製の水道管のみならず、全米の多くの自治体が水道インフラの老朽化と改良資金不足にあえいでいる。全米土木学会によると、水道管の水漏れは年24万件、量にすると年2兆ガロン(7.6兆リットル)、一日に14~18%の処理水が漏えいしており、金額に換算すると26億ドル分に相当するという。EPAの査定によると、飲料水の安全基準を維持するために必要な設備投資額は今後20年で4,726億ドルに上り、必要額は年々増加している。一方、州や自治体の水道インフラ支出は年々減少し、09~14年の間に22%も減っている。連邦政府は低金利融資や助成金などで自治体を資金援助しているが、網羅するには到底足りず、民間事業者の参入を促している。しかし、小規模の自治体は採算性が合わないため民間参入を期待できず、水道料金の値上げにより市民が負担するしかない。低所得者への料金補助を行う自治体も多いが、低所得層が多い地域では値上げ自体が難しく、国の支援に頼る以外に方策はない状況である。

●汚染の元を絶つ

本来、水は循環するものであるから、飲料水の汚染除去に多額を投資する以前に、水源となる表層水や地下水の汚染を回避することが肝要である。

米国には水域への汚染物質排出を規制する「クリーンウォーター(水質浄化)法」があり、EPAは汚水処理場や工場、農場、家畜産業、船舶など排出が不可避な事業者に認可を出し、州と協力して基準の順守を監督している。しかし、同法の監査制度は飲料水ほど明瞭でなく、EPAは違反状況を十分に管理し切れていない。同庁は15年に認可団体に対して排水データをオンラインで提出する制度を規定したが、全面施行は20年からであり、効果が出るには時間を要する。

一方、近年、海面上昇や豪雨による洪水など気象災害が増え、水質汚染の可能性が増している。下水と雨水を同じ管で流す合流式下水道を使用する地域では、大雨の際に未処理水の氾濫が頻発している。EPAによると、汚水の越流は年に2万3,000~7万5,000回も起こっており、越流防止に必要な投資額は今後20年で636億ドル、その他のインフラ整備を含めると2,981億ドルに上るという。

また、米国には工場跡地や埋め立て地など有害廃棄物により高度に汚染され放置されているスーパーファンド・サイトが1,300ヶ所以上あるが、異常気象の影響で高濃度汚染水が近隣水域に流出する事故が発生している。テキサス州ヒューストン周辺のスーパーファンドでは、昨夏に南部で猛威を振るったハリケーン・ハービーにより高濃度のダイオキシンを含む汚染水が流出した。スーパーファンドの浄化責任は土地利用者など汚染当事者にあるが、状況に応じてEPAの関与が認められており、当件ではEPAと同州環境品質委員会が協業で対処している。

こうした状況の中、現政権はクリーンウォーター法の規制緩和や、地下水汚染が懸念される水圧破砕法(ハイドロフラッキング)による国有地での石油ガス掘削規制の撤廃、国家インフラ事業の環境評価・承認プロセスの簡素化など、汚染を助長しかねない政策を進めている。スーパーファンドの浄化には積極的で、発足直後にタクスフォースを結成して精力的に業務を進めているが、汚染産業の負担軽減と浄化後の再開発が目的と見られ、開発によるさらなる汚染が懸念される。

●水に対する新たな取り組み

政権が政治ゲームに明け暮れ、一部企業が自社利益の追求にいそしみ、基本的人権であるはずの水質保全がないがしろにされる中、フリント市の汚染発覚後、水道水に対する信頼は揺るぎ、米国民は自ら行動を起こし始めている。学者やNPOの協力の下、住民が独自に水質調査を行い、多くの地域で水道水の汚染が発覚している。

一方、先進的な自治体や企業は水の循環全体を包括的に管理する「ワン・ウォーター」の概念を採用し、先進的な取り組みを開始している。多くの自治体が上下水道局の統合や内外の協業体制を構築し、農業での地下水利用や肥料流出の削減、最新技術の導入による下水発電や栄養素回収、湿地を活用した水質浄化や洪水緩和といった持続可能な循環型の水管理を行っている。企業も、工場での排水再利用や水効率改善、水保全など自発的に対策を進めている。

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