USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第15回 米環境規制緩和策で訴訟の応酬に
2018年05月15日グローバルネット2018年5月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ
トランプ政権は、発足から現在に至るまで、さまざまな環境規制緩和策を試みている。前政権が発した大統領令の無効化や各省庁内で決裁できる方針の変更、準備段階だった規制の廃止などは軒並み遂行している。一方、すでに施行されている規制に関しては、撤廃に向けて手続きを開始しているものの、政策変更には時間を要するため、いまだ実現に至っていない。
これまでに施行された環境規制緩和策は、国家インフラ事業における環境評価・承認プロセスの簡素化、大規模オイルサンド開発の建設承認、国有地での水圧破砕法(ハイドロフラッキング)による石油ガス掘削規制の廃止、国有地の新規石炭開発の凍結解除、石炭採鉱時の廃棄物規制の無効化、有害な殺虫剤クロルピリホスの使用規制保留、国立公園におけるボトル水販売禁止方針の撤廃、絶滅危惧種から特定種の除外、狩猟規制緩和など多岐にわたる。
主要政策も続々撤廃へ
国内発電所の二酸化炭素排出規制策「クリーンパワープラン」は、政権発足直後に見直しを求める大統領令が発令され、4 月に環境保護局(EPA)がタスクフォースを結成してパブリックコメントを実施。同年10 月に規制撤廃・改訂に向けた見直し方法を発表し、現在それに対する公聴会とパブリックコメントを実施中である。今年4 月には、48 州244 都市の首長が連名で規制廃止に反対する書簡をEPA に提出。廃止により大気汚染や異常気象が進行し、住民の健康と経済が脅かされると述べている。
水源への排水規制強化策「クリーンウォータールール」も、2017 年2 月に見直しを求める大統領令が出された後、6 月にEPA と国有地開発のエンジニアリングを行う陸軍工兵司令部(USACE)が共同で規制を撤廃する方針を発表した。同規制は、15 年の施行直後に農畜産業などの多い13 州が訴訟を起こし、翌年連邦控訴裁の判決により執行停止となっていた。ところが、18 年1 月に最高裁は、控訴裁に執行停止権限はないとの判決を下した。これを受けてEPA とUSACE は、新規則を制定するまで同規制の執行を2年間延期すると発表。直後に、ニューヨークをはじめ水質保全を訴える11 州が延期差し止めを求めて両局に対し訴訟を起こしている。
強引な執行延期策で相次ぐ訴訟
EPA は昨年、新規の石油ガス坑井におけるメタン漏えい規制においても2 年間の執行延期を発表し、連邦控訴裁により延期権限はないとの判決が下されている。同規制は16 年に施行され、17 年6 月までにメタン漏えい検査を終了し修復を開始することになっていたが、期日の数日後にEPA が90 日間の施行延期を発表、その1 週間後に延期を2 年に拡張すると発表した。これに対し環境団体らが大気浄化法違反として訴訟を起こし、同年7 月に控訴裁の判決が出た。判事は、規制を廃止する場合は適切な手続きを経るよう苦言を呈している。
同様に、内務省土地管理局も昨年、国有地の石油ガス開発におけるメタン排出規制において1 年間の執行延期を発表したが、州や環境団体が訴訟を起こし、複数の連邦地裁が証拠不十分として暫定の延期差し止め命令を出している。同規制は、政権発足直後に国会決議による無効化が試みられたが、共和党上院議員数名が反対票を投じ、可決に至らなかった経緯がある。
国と州の争い
内務省は、海域のほぼすべてを石油ガス開発用に開放する方針も発表している。現状では海域の94% が開発禁止となっているが、今年1 月に同省はアラスカ、太平洋、大西洋、メキシコ湾沖とほぼ全域において、今後5 年で47 件リースする提案を発表した。今後パブリックコメントなどを経て環境調査を進めることになっているが、観光業や漁業が盛んな州の知事や議員が即座に反意を表明している。しかし、政権の思惑とは裏腹に、オフショア開発に対する市場の需要は高くないことが明らかになっている。同省が3 月にメキシコ湾沖の開発可能区域で過去最大規模となる石油ガス開発のリース入札を行ったところ、入札があったのは提供面積の1% に過ぎなかった。
同省は他にも、国定記念物に指定されている地域の大幅見直しなど、国有地での資源開発促進に向けて次々と規制緩和策を進めている。これに対し、開発に反対する東西海岸の州議員らが、州沖の石油ガスインフラ建設を禁止する法案を次々に提出。カリフォルニアでは州内の国有地を売却する際に州が拒否権を行使できるとする法案を昨年10 月に可決した。連邦司法省は今年4 月、この州法の差し止めを求め、同州に対して訴訟を起こした。同省はその前月にも移民政策をめぐり同州を訴えており、国と同州の争いが続いている。
カリフォルニア州は、自動車の排ガス規制に関しても、連邦規制より厳しい独自の基準を設けており、連邦基準の準拠を免除されている。他州でも、同州の規制を適用する場合は連邦基準が免除される。現時点でニューヨークやマサチューセッツなど9 州が同州規制を適用しており、カリフォルニアと合わせると米自動車販売市場の30% ほどに相当する。
同州のZEV(Zero Emission Vehicle) 基準では、一定台数以上の自動車を販売する企業は、販売台数に応じて規定割合のZEV(電気自動車や水素燃料電池車など)や暫定ZEV(プラグインハイブリッドや水素内燃エンジン車など)を販売するよう定めており、達成できない場合は罰金を支払うか他社から炭素クレジットを購入する必要がある。米国では近年ガソリン安が続きSUV やピックアップトラックなど燃費の悪い車の販売が好調だが、それでも多くの自動車メーカーがZEV の導入を促進しているのはこのためである。
ところがEPAは、同州への免除措置の取り下げを検討していることを今年4 月に発表した。同局は、乗用車と小型トラック(SUV やピックアップトラック)の連邦排ガス基準と燃費基準を引き下げる方針を発表。同時に、同州への免除措置の取り下げについても言及した。発表後、カリフォルニアをはじめ、同州基準に賛同する12 州の司法長官と64 都市・郡の首長が、現状維持を求め、必要に応じてEPA に対して法的手段を講じる旨の声明を出している。
混乱を極める政権運営
トランプ政権では、十分な調査や手続きを経ずに政策発表されることが多く、訴訟が起こりやすい状況になっている。意見が二分することの多いアメリカでは、訴訟の応酬は珍しくないが、環境関連に限らず主要な政策のほとんどで訴訟が起こっており、政権全体の問題として調査・調整不足がうかがえる。
また、政権と議会の足並みが揃っていない様子も見受けられる。18 年度の大統領予算教書では、EPAの予算は前年比31.4% 減と大幅削減が提案されていたが、議会で可決された予算では2.5% 減と大きな乖かいり離が見られた。19 年度の予算教書でも同局予算は33.7% 減とされているが、同様の結果が予想される。
閣僚や政府高官の倫理観の欠如も見られる。スコット・プルーイットEPA 長官は、エネルギーロビイストの妻が所有する物件を格安価格で借りていたことや、秘書への異例の大幅昇給、防弾チョッキや武器など過剰な警護用支出、ファーストクラスや軍機による移動など税金の乱用と見られる行為が散見され、退任を求める声が高まっている。同氏は、歳出委員会に通達せずに4 万3,000 ドルの防音電話ブースをオフィス内に設置しており、会計監査院はこれを違法として議会に報告している。議員らは同氏に合法であることを証明する資料の提出を求めており、民主党議員170 名が連名で退任を求める書簡を提出している。本稿執筆時点で同氏は長官の座を堅守しているが、退任は時間の問題と見られる。
トランプ政権発足から15 ヵ月が過ぎ、混乱を生み出し続ける政権に米国民は疲弊している。複数の共和党議員が次期選挙に出馬しないと発表しており、11月の中間選挙で変化が起こる可能性はある。次世代に何を残せるのか、米国民の決断が注目される。