INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第46回 環境保護税施行と全国炭素排出権取引の開始

2018年02月16日グローバルネット2018年2月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

環境保護税法施行

今年1月1日から環境保護税法が施行された。この法律は2016年12月25日に成立したが、施行までに1年以上の準備期間を設けた。企業などの事業者から、環境への汚染物質排出量に応じて税金を徴収するという考え方は単純であるが、実際に環境へ排出した汚染物質排出量の把握は複雑で難しい。定期的な実測、オンライン自動モニタリング、原材料使用量からの推計(マテリアルバランス法)などさまざまな方式で計算される。

課税対象となる汚染物質の種類は、大気系44種類、水質系65種類もあり、その他、工業騒音および固形廃棄物も対象になっている。事業者が自ら算定して申告しなければならないから、納税対象となる事業者は事前に複雑な算定方法を勉強するだけでも大変な作業だ。環境保護税の納付は原則四半期毎に計算し、今年1月から3月までの環境保護税は4月15日までに納めなければならない。

法律の施行を控えた昨年12月末、環境保護税法実施条例(日本の政令に相当)などの関連規定や通知が相次いで発出され、1月1日からの実施体制が整えられた。12月22日に発出された環境保護税収入の帰属問題に関する国務院通知では、各地方が環境保護資金を投入することを促進するため、環境保護税は全部地方収入とすることが決定された。これは、後述の環境保護法に規定する汚染物質排出費が、地方政府環境保護部門の収入と環境対策資金になっていたこととも整合する。また、25日には同実施条例が公布され、法律の細部を補った。同時に2003年1月2日に国務院が公布した汚染物質排出費徴収使用管理条例を廃止することを明確にした。

ここで汚染物質排出費(以下、中国語の原文どおり「排汚費」という。)について簡単に触れておきたい。1979年に制定された環境保護法(試行)(注:1989年から正式施行)では、事業者は汚染物質の排出量に応じて排汚費を支払うことが義務付けられた。試行錯誤を経て、1990年代から全国で徐々に本格的な排汚費の徴収が始まったが、各地方政府の環境保護部門が徴収・使用したため、自分たちの行政経費に流用するなど使途が不明確なところがあった。上述の排汚費徴収使用管理条例により地方政府の乱用に歯止めがかかり、2015年1月から施行された改正環境保護法においても引き続きこの排汚費制度が維持された。環境保護税制度は、徴収の考え方と技術的事項について実質的にほぼそのままこの排汚費制度を引き継ぐこととしたので、技術的に大変複雑な仕組みであるにもかかわらず1年程度で施行することができたともいえる。なお、今後排汚費は徴収しないことになった。

環境保護税法施行のインパクト

この環境保護税法の施行が各方面にもたらす影響は非常に大きい。そして、これにより同時に今後中国の環境行政の飛躍的発展が期待される。以下は筆者の私見であるが、各方面にもたらす影響について述べてみたい。

  1. 全国津々浦々で排出される多くの種類の汚染物質排出量がより正確に把握されるようになり、精緻な汚染物質発生源インベントリーが整備され、環境統計が飛躍的に進展する。
  2. 行政が奨励することにより事業者のオンラインモニタリング整備が急速に進展する。これにより各地方環境保護部門が事業者の監督管理を行いやすくなる。(注:事業者のオンラインモニタリングデータはリアルタイムで管轄する地方環境保護部門に送信される。)
    なお、奨励するインセンティブとして、オンラインモニタリングで把握されたデータに基づく環境保護税の申告については何らかの優遇策導入が検討されている。
  3. 排水の三次処理施設整備や排ガスの超低濃度排出処理施設整備、廃棄物のゼロエミッション(全量リサイクル)などのより高度な環境汚染対策が進む。法律では、各地方の環境の実情に鑑みて、各地方政府が水汚染物質および大気汚染物質の課税額を最低基準の最大10倍まで徴収できることとしているほか、水汚染物質や大気汚染物質の排出濃度が排出基準の半分以下で排出される場合は50%、排出基準の30%以下で排出される場合は75%環境保護税が減額されるインセンティブを与えている。

今後しばらくの間は法執行の混乱や事業者の課税逃れをめぐるトラブルは発生するだろうが、数年後には収束し、そしてその時点では中国は環境保護税徴収の分野では世界のトップランナーになっていることは間違いない。ここにきて、40年近くの長きにわたり試行錯誤を続けながら排汚費徴収にチャレンジしてきた経験の蓄積が生きている。

1月1日から環境へ排出される汚染物質には、これまでの排汚費に替えて環境保護税が徴収される。

二酸化炭素排出抑制は別の枠組み
-全国炭素排出権取引の開始-

環境保護税の課税対象とする汚染物質の中には地球温暖化の原因物質である二酸化炭素は含まれていないが、環境保護税制度とは別に、昨年12月末に国家発展改革委員会(NDRC)の主導により全国炭素排出権取引制度が開始されたので、これについて背景を含め概要を紹介しておく。

二酸化炭素の排出量(排出権)取引については、2011年からパイロット事業が開始された。2011年11月、NDRCは2省5市(湖北省、広東省、北京市、天津市、上海市、重慶市および深セン市)をパイロット事業実施省市に指定し、これらの省市では、①実施計画および管理規則の作成、②取引範囲の明確化、③二酸化炭素排出強度抑制総量目標の設定、④割当枠の配分、⑤二酸化炭素排出報告・検証制度の構築、⑥登録制度の構築、⑦取引プラットフォームの構築などを行い、2013年6月から翌年6月までの間にすべての省市で正式に取引を開始した。

一方、NDRCではこのパイロット事業の進展と平行して全国規模の炭素排出権取引市場の構築に着手し、2014年12月には二酸化炭素排出権取引暫定管理規則を発表した。その後数回に分けて24の重点産業・企業の温室効果ガス算定と報告ガイドラインを発表するなど次第に体制を整えていった。そして、昨年12月18日付けで、国務院の認可を経た「全国炭素排出権取引市場建設方案(発電部門)」を全国に通知し、まずは電力セクターのみを先行させて全国炭素排出権取引制度をスタートさせた。他の業種については今後整備されていく。

なお、電力セクターのみが最初の対象になった理由として、インベントリーを含めた各種データがそろっていること、二酸化炭素排出量とカバー率がともに高いこと、アウトプットが単純(熱と電力)であること、計測機器の導入が進んでいること、エネルギーの管理や報告体制がしっかりしていること、検証と割当方法論が比較的簡易であること、などと説明している。しかし、電力セクターのみといっても中国の電力市場は巨大で対象企業は1,700社程度あり、二酸化炭素の排出量は30億t以上になるといわれている。取引市場がスタートすれば世界一の規模になる。

2018年早々、環境保護税制の面でも二酸化炭素排出権取引の面でも中国は日本を追い抜いて世界のトップランナーを目指して飛び出した。背中が見えるうちに追いついておかないと日本は環境後進国の仲間入りする恐れがあると思うが、どうであろうか。

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