つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第5回 小田原市のエネルギーの地産・地消えと自然環境の保全・充実への取り組み
2017年10月16日グローバルネット2017年10月号
神奈川県小田原市環境政策課
石井 敏文(いしい としふみ)
小田原市は、戦国時代に北条氏の城下町として発展し、江戸時代には東海道屈指の宿場町として栄えた、人口19万2,000強の神奈川県西地域の中心都市です。
東京から新幹線で約40分の位置にありながら、箱根連山から延びる豊かな山林や足柄平野の田園地帯を潤す酒匂川、滋養ある真水が豊富に注ぎ込む相模湾など森里川海がコンパクトにまとまった自然地形を有しています。
また、黒潮の影響を受けた温暖な気候と恵まれた自然環境から、明治時代以降、多くの政財界人などが居を構え、さらには、北原白秋や谷崎潤一郎、尾崎一雄など、文人墨客が好んで居住した地でもあります。
このような地域の森里川海の豊かさは、寄木細工などの木工業や定置網漁・かまぼこに代表される水産業などの地場産業や、城下町としての長い歴史に培われた地域文化を生み出し、豊かな自然環境・地域産業・歴史・文化がオールインワンでそろった本市発展の基礎となっています。
本市では、小田原市総合計画の重点テーマの筆頭に「豊かな自然や環境の保全・充実」を位置付け、施策に取り組んでいます。
おだわら環境志民ネットワークの設立
しかしながら、本市の豊かな自然環境も、全国各地と同様に、過度な開発や利用、人口減少・高齢化などによる自然の管理不足などにより、耕作放棄地の増大、森林や里山の荒廃、鳥獣被害の深刻化、希少な動植物や自然との触れ合いの機会の減少、災害の激甚化といった問題が生じています。
こうした状況の中、小田原市内には地域の豊かな自然環境を次世代にしっかりと残していくために活動している多くの団体・個人が存在しますが、その多くが活動資金や担い手・後継者の不足などの課題を抱えています。
このような課題の解決に向け、平成28年3月に、小田原市全域を対象として地域の森里川海に関わる“志”のある団体・個人の取り組みをつなぎ、支え合うことによりそれぞれの活動を拡充するためのプラットフォームとして「おだわら環境志民ネットワーク」が設立されました。現在、14団体・5企業、16人の個人が会員となって、三つの活動の方向性、共通理解や協働活動への展開のための「集う、語る、支える」、調査研究とスキルアップのための「調べる・学ぶ」、担い手の育成のための「育てる・伝える」に基づき、SNSにより会員主催のイベントなどを情報発信するとともに、地域の自然環境に係る取り組み、課題を共有するための現場見学・意見交換会を実施しています。
「小田原森里川海インキュベーション事業“寄気”」
本市では市内の環境団体などの中間支援組織である「おだわら環境志民ネットワーク」を核として各団体などの活動を活発化することで、市内の自然環境の保全・充実を図ることを目指しており、環境省のつなげよう、支えよう森里川海プロジェクトと連携し、経済的仕組み作りと人材育成を通して、おだわら環境志民ネットワークの体制強化に向けた取り組みを進めています。
実施方法としては、おだわら環境志民ネットワークおよび加盟団体・個人による地域の自然環境の保全・活用に係る活動を経済的に自立させる仕組み作りを、小田原市、おだわら環境志民ネットワーク、大学の三者が共同で研究するものです。実効的な研究成果が上がるよう小田原市およびおだわら環境志民ネットワークは研究対象として加盟団体・個人などの人材・フィールドを提供し、大学側は専門的な知見などを提供します。三者に加えて、アドバイザーとして地域企業・有識者などの協力を得て、研究成果を具体的な事業実施につなげます。さまざまなステークホルダーが小田原箱根地域の名産品である寄木細工のように気持ちを寄せ合いながら共同体を形成し研究を進めることで、経済性のある持続的な自然環境の保全活動を生み出しつつ、その過程でおだわら環境志民ネットワークの中核人材を確保することを目指しており、こうした一連の取り組みを「小田原森里川海インキュベーション事業“寄気”」と称しています(図)。
現在、慶應義塾大学、星槎大学、東京工業大学、東京都市大学、東京農工大学、文教大学の6大学が「獣害対策としてのわなオーナー制度」や「地域ブランドの構築と認証制度による農作物の高付加価値化」「小田原の海の活用方法の開発」「放棄竹林を活用した遊び場の形成」「農作物の商品開発及び人材育成」「エコツーリズムの構築」といったテーマで、ステークホルダーへのヒアリングやフィールド調査などにより、共同研究を進めています。
また、共同研究者である大学はもとより、本事業の実施を通じてさまざまな主体との連携も生まれています。経済的な仕組みづくりの観点から地域の経済団体である小田原箱根商工会議所がおだわら環境志民ネットワークに加盟し、今後、環境保全活動と地域企業との連携を模索していくこととしています。さらに、アドバイザーとして、金融機関、クラウドファンディング運営会社、小売・流通業者等との連携体制も構築されつつあります。
エネルギーの地産地消を核とした森里川海資金循環メカニズムの構築
また、本市では東日本大震災以降、官民協働で、エネルギーの地域自給に向けた取り組みも進めています。
エネルギーを地産地消することは、地球温暖化対策や災害に強い安全・安心なまちづくりに貢献することはもちろん、これまで地域外に流出していた資金を地域で循環させることもできることから、地域課題の解決や地域経済の好循環を図る上でも重要です。
2013年度の環境省の地域経済循環分析によると、本市の総生産額は、約6,790億円で、そのうち、エネルギー代金として市外に流出している額は、233億円にもなります。
小田原森里川海インキュベーション事業“寄気”のキックオフとして2017年2月に開催した公開シンポジウムにおいては、登壇した有識者・経済界などから、このエネルギーの地産地消の取り組みと森里川海の保全との有機的な連携について提言がなされました。
本市では、この提言を受けて、地域において再生可能エネルギーにより発電する事業者や、当該事業者の電気を市民、企業などに供給する事業者などと連携し、エネルギーの地産地消により地域で循環する資金を森里川海の保全・活用に充てることで、市民福祉や経済の向上などを図り、エネルギーの地産地消をさらに進めるといった好循環を生み出す地域の仕組みを具体化することとしており、このため庁内に部署横断・若手中心のプロジェクトチームを設置し、環境のみならず福祉、経済など、さまざまな観点から検討を進めています。
地域社会が抱えるさまざまな課題を乗り越えつつ、その先にある持続可能な社会を実現するためのすべての営みのベースには、命を支える健やかな自然環境が不可欠です。このため、小田原市としては、「小田原森里川海インキュベーション事業“寄気”」と「エネルギーの地産地消を核とした森里川海資金循環メカニズムの構築」を軸に、多様な主体の連携によるさまざまな取り組みを強化し、地域の豊かな自然環境を、しっかりと保全し磨き上げ、より豊かな状態で次世代へと受け継いでいきます。