USA発 サステナブル社会への道 ~NYからみたアメリカ最新事情第11回/トランプ政権の環境政策とその影響
2017年05月15日グローバルネット2017年5月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)
4月末でトランプ政権発足から100日が経過する。アメリカでは、大統領就任直後は通常支持率が高く政策を通しやすいことから、就任後100日間を新政権の実力を測る指標として重視している。
トランプ大統領は、就任直後から一貫して史上最低の支持率を記録しており、共和党議員内にも不支持者が少なくないが、公約実現に向けて、就任当日から矢継ぎ早に大統領令や覚書に署名している。公約の焦点であったオバマケア廃止は議会承認を得られず、不法移民対策は連邦地裁で差し止め命令が出されるなど、早々につまずきが出ているが、公約実現に向けて引き続き政策を推し進めている。環境政策に関しては、本稿執筆時点で三つの主要な大統領令が出されている。
石油開発の建設許可
就任直後には、港湾、空港、パイプライン、橋梁、高速道路などの改修、電力網、通信システムの改良などの主要な国家プロジェクトの環境評価と承認を迅速化する大統領令に署名した。同時に、環境影響と経済性の対立を象徴する二つの石油開発プロジェクトの建設を許可する覚書にも署名した。
カナダのオイルサンドからネブラスカ州に石油を運ぶキーストーンXLパイプラインは、2015年のパリ協定合意の直前、オバマ前大統領が「米国が気候変動対策における世界的リーダーであることを示す」ために、建設承認を拒否した経緯がある。大統領令はこれを覆すものであり、発令の2日後、建設会社は再び承認申請を提出している。
ノースダコタ州からイリノイ州に石油を運ぶダコタ・アクセスパイプラインは、すでに大部分が完成しているが、未建設のルートの一部に先住民保護区の貯水池があり、石油流出による水質汚染が懸念され激しい抵抗が起こっていた。米陸軍工兵司令部は今年1月、環境影響調査とルート変更の検討を提言していたが、大統領令後に一転して建設許可を出している。
廃水規制の見直し
2月末には、環境保護庁が15年に施行した水質汚染に関する規則「クリーンウォーター・ルール」を見直す大統領令を発令した。同ルールは、1972年に施行された廃水規制に関する連邦法「クリーンウォーター法」の定義を明確化するものである。
同法では「航行可能水域」の汚染を規制しているが、この用語は一般に船などが通る大きな水路を意味しており、これに該当しない小さな支流や近接の湿地が規制対象となるか否かをめぐり、数々の訴訟が起こっていた。最高裁でも判事の意見が二分し下級審に差し戻しになるなど、混乱が生じていた。これを収めるため、規制対象となる水域の定義を明確化したのが同ルールである。ところが、農畜産業界や開発業者がこれに懸念を示し、十数州が当局を相手に訴訟を起こした。現在は、控訴裁にて保留中となっている。環境保護長官のスコット・プルーイット氏もオクラホマ州司法長官時代、この訴訟の原告に名を連ねている。大統領令はこの規制を見直し、航行可能水域に支流や湿地を含めないよう要請するものである。
気候変動対策の撤廃
3月末には、オバマ政権時代の気候変動対策を覆す大統領令に署名した。石油・天然ガス・石炭・原子力エネルギー開発の障壁となる規制や政策の見直しを要請したもので、パリ協定の実現に不可欠な国内発電所の二酸化炭素排出規制「クリーンパワープラン」の見直しが含まれている。同プランと関連規制を見直し、必要に応じて停止・改変・撤回するよう指示されている。その他、温室効果ガスの社会コスト予測や石油・ガス開発規制の見直し、炭鉱用の新規国有地リースのモラトリアム解除、オバマ政権時代の気候変動緩和・適応に関する大統領令・覚書・報告書の無効化や撤廃が含まれている。
さまざまな規制緩和策
大統領令以外にも、さまざまな方法で化石燃料業界の規制緩和を進めている。アメリカには議会審査法という委任立法統制システムがあり、議会開催日60日以内に発表された規制に対し、両議会の過半数の反対票と大統領の署名を得れば無効にできる。これを活用し、オバマ政権が退任直前に発表した三つの規制、石炭採鉱時の廃棄物規制、国有地での石油ガス開発におけるメタン排出規制、石油ガス等掘削企業の外国政府への支払開示要請を無効化している。
3月に発表された予算教書では、国防総省と国家核安全保障局以外の全省庁の予算が削減されているが、環境保護庁は削減率が最も大きく31%、エネルギー省(核分野除く)は18%、国有地の管理を行う内務省は12%とされている。米国の予算は国会が審議作成し、予算教書は大統領府の提言に過ぎないが、現在上下両院が共和党であることから、最終予算案が教書に近い形になる可能性がある。
プルーイット環境保護長官も大統領と足並みをそろえ、就任直後からオバマ政権時代の規制撤廃を推し進めている。同庁の使命は「人類の健康と環境を保護すること」と明記されているが、長官は就任後に「基本に立ち返る」を標語に掲げ、「環境保護庁の本来の使命である、雇用を増やす環境を創出する」と宣言し、「クリーンパワープランは12万5,000の雇用を脅かす」と発言して環境保護より経済性を優先する施策を進めている。同庁職員からは多くの不満の声が上がっているが、批判をものともせず、大統領令遂行のほか、石油・ガス産業に対するメタンと揮発性有機化合物排出に関する情報提出要請の取り下げや、運輸省長官と共に自動車燃費基準の見直しなど、次々と規制緩和策を発表している。
自治体や産業界の反応
クリーンパワープランを見直す大統領令の直後、ニューヨークとカリフォルニア両州知事は共同声明を発表し、連邦政策にかかわらず、予定通りクリーンパワープランを上回る排出削減を実現すると宣言した。両州の削減目標はおのおの、30年までに90年比で40%、50年までに90年比で80%とされている。
同日、両州を含む17州とシカゴやフィラデルフィアなど6都市の司法長官も、大統領令に反対する共同声明を発表した。その翌週、同自治体連合は、トランプ政権がクリーンパワープランの施行を遅らせているとして異議を申し立てた。他のエネルギー政策に関しても違憲として、政権を相手に訴訟を起こしている。
クリーンパワープランは現在係争中である。化石燃料産業が強い州連合が、同プランを違憲として環境保護庁を訴え、控訴裁で保留となっている。今後、最高裁まで進むことが予想されるが、昨年急死した最高裁判事の後任にトランプ大統領が指名した保守派判事が就任し、保守派多数となったため、違憲判決が出る可能性が高い。大統領令による見直しと最高裁の判決、いずれにおいても同プランが失効する可能性が高く、そうなればパリ協定の削減目標達成が危ぶまれる。しかし、結論が出るまでに時間がかかる上、トランプ政権は朝令暮改が珍しくない。すでに最高裁にて訴訟中の執行停止判決が出ているものの、上述の17州6都市をはじめ、多くの州や自治体が連邦政策によらず自主規制を課し、クリーンエネルギーを促進している。クリーンエネルギーによる商機が認識されれば、気候変動政策が180度転換することも考えられる。
トランプ政権はパリ協定の残留・離脱をいまだ決めかねているが、エクソン、シェル、BPなど石油大手、ピーボディやクラウドピークなど石炭企業がこぞってパリ協定残留を求める書簡を政権に提出している。米化石燃料業界の多くは、効率化や低炭素化技術の開発、炭素回収や貯留などの新技術開発を進めており、パリ協定の残留は業界にとって便益と考えている。化石燃料業界以外も、16年のパリ協定発効前に600社以上が協定に賛同する公開声明“Low Carbon USA”を発表し、政府に残留を求めている。この声明に署名する企業は増え続け、現在1,000社を超えている。米産業界がすでに低炭素社会に向けて歩を進めているという事実をトランプ政権が認識し、政策を転換するのも時間の問題かもしれない。