USA発 サステナブル社会への道 ~NYからみたアメリカ最新事情第10回/アメリカで多発する水をめぐる争い

2017年03月15日グローバルネット2017年3月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)

近年、全米各地で異常気象の頻度と規模が増しており、深刻な干ばつ被害が増えている。記録史上最悪とされる過去数年にわたるカリフォルニアの干ばつは、今冬の厳しい寒波により大幅に緩和されたが、依然全米各地で干ばつ被害が続いている。人口とともに水使用量が増え続けるアメリカでは、水が豊富な地域でも水不足の懸念が高まっており、とくに水源が州や自治体をまたぐ地域では、取水をめぐる争いが頻繁に起こっている。

長期化する南東部の係争

ジョージア、フロリダ、アラバマ州をまたぐ、アパラチコラ・チャタフーチー・フリント水域(地図①)では、取水をめぐる訴訟が長期化している。ジョージア州北部を起点にアラバマ州との州境に沿って流れるチャタフーチー川、ジョージア州内を北部から南部に流れるフリント川、これらがフロリダを含む3州の州境で合流しアパラチコラ川となり、メキシコ湾岸のアパラチコラ湾に注ぎ込む。この水域は、ジョージア州北部のアトランタ都市圏住民450万人の生活用水のほか、周辺地域の産業や農業用水としても利用されており、河口にあるフロリダ州のアパラチコラ湾では魚貝類の養殖が主力産業となっている。

ところが近年、干ばつの多発と取水量の増加により川の水量が減り、アパラチコラ湾の養殖業に損失が出始め、フロリダ州はジョージア州の過剰取水が原因として2014年に同州を相手に訴訟を起こした。米国では州をまたぐ訴訟の際、状況を調査し裁判官に意見を提示する専門補助官が任命されることが多く、本件でも最高裁が任命した専門補助官の指導の下で両州が話し合いを進めていた。しかし、今年に入り、補助官が解決策の一つとして干ばつ時に他の水域から取水するよう提案したことで、アラバマ州が懸念を表し、内容によっては同州も話し合いに加わる意向を示した。

同水域の取水をめぐる争いは、1990年の訴訟に端を発している。チャタフーチー川起点のラニエ湖に国が50年代に発電用に建設したダムがあるが、80年代に干ばつが多発したことを機に、国はダムの水の一部を至近都市アトランタの水道水に使用するよう提案した。アラバマ州とフロリダ州はこれに反発し、ジョージア州とダムを管理する米陸軍工兵司令部に対して訴訟を起こした。その後、3州は取水条件に関する協定を結ぶべく調査と交渉を開始したが、合意を得ないまま5年の期限が切れ、現在に至るまで結論は出ていない。その後も、干ばつが起こるたびに訴訟騒ぎが起きているが、フロリダとジョージアの係争にアラバマが加われば、90年代の争いが再燃し、事態は混迷を極めることになるだろう。

この争いでは訴訟される側の、水域の上流に位置するジョージア州は、策を講じていないわけではない。同水域からの取水を増やさずに成長著しい北部都市圏で水を確保すべく、新たな水源として北西に隣接するテネシー州の川に目を付けた。同州を北から南に流れるテネシー川は、ジョージア州との州境からわずか数百m北にあるニッカジャック湖(地図②)に注ぎ込んだ後、再び川になり、ジョージアを迂回するように隣のアラバマ州へと流れている。州議員らは歴史をひも解き、1818年に州境を測量した際、事前に決めていた北緯35度線より1マイル(1.6km)南に境界線が引かれていたことを突き止めた。その位置に境界線が引かれれば、湖の一部を含むテネシー州の領域155km2がジョージア州のものになり、水不足緩和に大きく貢献する。議会は、現代技術を用いて州境を再測量すべきとし、テネシー州が応じなければ訴訟を許可する議案を2013年に可決した。ジョージア州は訴訟費用を懸念していまだ訴訟を起こしておらず、テネシー州は高みの見物を決め込んでいるが、水不足が深刻化すれば訴訟となる可能性は高まるだろう。

中西部の係争に判決

コロラド、ネブラスカ、カンザス州間を西から東にうねるように流れるリパブリカン川水域(地図③)は、周辺地域の農家にとって重要な水源となっている。3州は1943年に同水域の取水量などに関する協定を締結しているが、深刻な干ばつが起こった2006年、カンザス州はネブラスカ州に対し協定の規定以上に取水しているとして訴訟を起こし、8,000万ドルの損害賠償と周辺農家による川からのかんがい停止を要求した。専門補助官の下で長期にわたる調査と話し合いが続けられていたが、2013年に最高裁はネブラスカ州による過剰取水を事実と認め、かんがい停止は却下したものの、同州に550万ドルの損害賠償支払いを要請した。両州はこの判決に満足し、ともに勝利宣言をしている。カンザス州は、この判例により今後の干ばつ時の損害賠償請求が保障されたとし、ネブラスカ州は低い損害賠償額に留飲を下げた。ネブラスカ州は係争中から周辺農家の取水規制などさまざまな対策を講じており、判決よりも上流地域の節水意識が高まったことが訴訟の大きな効果といえる。

水が豊富な地域でも問題発生

イリノイ、インディアナ、ミシガン、ミネソタ、ニューヨーク、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの8州とカナダをまたぐ壮大で豊かな水域、グレートレイク・セントローレンス川水域(地図④)でも問題が発生している。同水域では90年代に、カナダの企業がアジアに販売するボトル水用に同水域から大量に取水し騒動になったことがある。豊かな水源が外部地域に狙われる可能性を懸念した8州は2008年に取水に関する協定を締結し、水域外への配水を禁止している。ところが、協定締結の数年後、水域外に位置するウィスコンシン州の小さな町ウォーケシャー(地図⑤)が、水道水に利用していた地下水がラジウムに汚染されたことを理由に、同水域から水道水用に取水したいと申し出た。協定では例外規定として、水域内の郡に属する水域外の自治体に対し、緊急時に取水の申請を認めている。ただし、同町の申請を認可すれば他の周辺自治体からの申請が相次ぐことが予想され、8州連合は慎重に議論を重ねた。その結果、8州の知事は昨年、取水分を浄化して水域に戻すことを条件に、特例として申請を認めた。同町は急ピッチでインフラ整備を進めているが、今年に入り、汚水が水域に流れ込むことを懸念した米加両国の水域周辺の自治体首長連合が、州連合の決定に反意を示し、再考を求めた。訴訟も視野に入れていると発言する市長もおり、事態は争いの様相を呈し始めた。

8州連合が同町の取水を認めたのは、昨今米国民が水道水質に対して敏感になっていることの表れと見られる。2014年にミシガン州フリント市(地図⑥)で役人の怠慢による水道水の鉛混入事故が起こっており、これを機に全米各都市の水道水汚染が明るみに出、州は自治体の水道問題に恩情を示しやすくなっている。連邦政府もこの事故を機に「全国水インフラ改良法」を制定し、フリント市を含む地域の水問題修復費用に1億7,000万ドルを計上している。

人災にせよ天災にせよ、アメリカではさまざまな理由で安全な飲料水が得難くなっている。アメリカの水問題は世界の縮図ともいえる。食料問題と同様、全体として十分な量はあるのだろうが、適切な分配が行われていない。資源の独占や乱用がなくならない限り、この問題は解決しない。今後干ばつがさらに深刻化すれば国際的な争いに発展する可能性があり、アメリカ国内の動きには留意が必要だろう。

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