INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第43回 農村環境協力の難しさ
2017年08月17日グローバルネット2017年8月号
地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
農村人口の変遷
最近の中国の工業化は著しいが、もとは農業大国である。1960~80年頃までは農村人口が全体の8割以上を占めていた(図1)。しかし、いわゆる「改革・開放」を機に工業化が進展すると農村に居住する人口の割合は徐々に低下し、2016年には約43%、約5億9,000万人まで下がった。90年代のピーク時には約8億4,000万人が農村に居住していたから(図2)、ざっくりと言えば2億5,000万人余りが大都市に出稼ぎに出たり、新たに形成された中小都市に住むようになった計算になる。
一方、中国の戸籍制度では農村戸籍と都市戸籍に区分されており、出自で自分の戸籍が決まる。戸籍の種類を自分で変えるのは容易ではない。農村戸籍の人は自由に都市に住むことができないにもかかわらず(暫定居住証を取得して臨時に居住することは可能)、これだけの都市への移動があるのだから、戸籍による移動制限がなければ都市への人口集中はもっと著しかったであろう。ちなみに2016年の農村戸籍人口は全体の約59%であるから、約16%、2億2,300万人が農村戸籍のまま都市に居住していることになる。暫定居住では居住地域で十分な社会福祉を受けられない。
1980年代以降都市化・工業化の進展に伴って、都市地域や工業地域における環境問題が顕在化したが、農村地域でも環境汚染の脅威は潜在していた。農薬や化学肥料の過剰な使用、農民らが起業した低い技術レベルの郷鎮企業の発展などだ。その後これらに加えて、畜産業の発展に伴う汚染、農民の生活レベルの向上に伴う生活汚水・ごみの問題、中小都市や工業地域が拡大して農村地域に接することによる汚染の農村への移動などが潜在的脅威になる。
農村環境対策の開始
1990年代になり都市・工業地域の環境対策が着手されるが、農村の環境問題への対応は後回しであり、15~20年遅れでようやく着手された。中央財政部門は2008年に初めて農村環境保護専門資金5億元を用意し、その後徐々に毎年の投資額を増加させ、最近では毎年約60億元(約1,000億円)投入されるようになった。
一見大きそうに見える数字だが、全国には60万近くの行政村(注:村民委員会という自治組織が設置されている村。最近では少しずつ減少し、2015年末で約54万)が存在するから、平均すると一村当たり年間1万元(約16万5,000円)程度の投入であり、簡易なごみ集積所(写真)を数ヵ所作ったらすぐに無くなる程度の資金だ。実際のところは、この資金は特定の省の特定の地域に限定投入され、その際に省政府なども資金を上積みするから、もう少しまとまった金額になる。広東省の例では2011~15年の第12次5ヵ年計画期間中、中央財政からの1.8億元の資金に対して省政府は4.4億元上乗せし、合計6.2億元用意した。
ところで、農村環境保護という場合どのような分野が対象となるのであろうか。日中友好環境保全センター環境管理研究所によれば、①農村にある飲用水源地保護などの生態環境保護、②農村生活汚水・生活ごみの管理、 ③家畜・家禽・養魚などの養殖汚染、穀物収穫後の茎焼却による汚染、農薬・化学肥料・農業用ビニールなどによる汚染などの面源汚染防止、④小規模・分散型・不適正企業による汚染の管理、が挙げられている。上述した中央財政による資金は主に①から③の対策に投入されている。
農村の概念と関連制度に大きなギャップ
このように中国国内で農村環境保護が注目されるようになったことから、国際協力の場でも農村環境保護がしばしば協力課題に挙げられる。古くは農村生活汚水処理、最近では畜産汚染対策や総合的な農村環境対策などの協力が提案されている。私は10年近く前から農村生活汚水処理などの協力を実施しているが、農村の概念、関連行政・法制度および置かれた環境などが日本と中国とでは根本的に異なるので、純粋な技術面での協力は別として、政策面での協力を行う際には両国の間の大きなギャップに戸惑うことが多い。
中国の地方政府の行政区分は日本に比べて非常に複雑だ。まず最上位に日本の47都道府県に相当する31の省級政府があり、その下に日本の市町村に相当する市級政府がある。さらにその下には県級政府、郷鎮級政府が存在する。そして、郷鎮級政府の管轄のもとに行政村(260万以上の自然村=集落から構成される)が存在する(図3)。この行政村が農村に該当するが、日本にはこのような複雑で重層的な行政区分はないし、現代では中国のような農村戸籍の制度もない。土地も私有制である。
日本には1,718の市町村があり、このうち183が村であるが、これが必ずしも農村というわけではない。私はこれまで協力を実施する中で日本の農村について「法律上の明確な定義はない。日本では都市地域(市街化した地域)以外の集落のある地域で営農している人口が比較的多い地域と考えることが妥当。また、農業振興地域の整備に関する法律に「農業振興地域」という区分があるが、この農業振興地域およびその周辺地域を農村地域とみることもできる」と説明しているが、必ずしも的を射たものではなく、もっといい説明ができないか悩んでいる。
そして、郷鎮級政府や行政村には税収と呼べるような財政収入も少なく、かつ農民の現金収入も少ないので、当然意識も低くなる。中央政府や上級地方政府が財政面でも大きくテコ入れしない限り、農村環境保護は大きく前進しそうもない。国際協力で何か対策を学ぶ以前に、財政、税制、収入、土地所有などの面から根本的な見直しが必要と思うがどうであろうか。