USA発 サステナブル社会への道~NYからみたアメリカ最新事情第4回/パリ協定成立後のアメリカの動向
2016年01月15日グローバルネット2016年1月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)
本誌の昨年11月号で、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)直前のアメリカの気候変動対策に関する動向を紹介したが、会期中からパリ協定成立後にかけてもアメリカ国内でさまざまな動きが見られた。
COP21開幕当日、オバマ大統領は合意に向けたアメリカの意欲を世界に示したが、米議会下院では発電所の二酸化炭素(CO2)排出規制策「クリーンパワープラン」に反対する決議案が可決された。上院ではすでに前月に同案が可決されているため、大統領署名をもって成立となるが、オバマ政権は拒否権を行使した。これを覆すために必要な3分の2の多数票を獲得することは難しいため、一連の騒動は茶番に終わると見られている。気候変動対策に反対する共和党の下院議員はメディア各社に対し、「米議会が反対していることを世界に示すため、あえてこの日を選んだ」と発言している。
一方、その翌週には、気候変動対策を支持する46州353人の議員や市長らが、再生可能エネルギー(再生エネ)比率を2030年に50%、2050年に100%にする声明を発表した。声明では、クリーンエネルギー業界がアメリカの経済発展のカギを握ることを強調。ソーラーエネルギー業界の雇用数だけですでに石炭業界を上回っているとし、気候変動対策が経済発展を脅かすとする共和党の主張に疑義を唱えた。プレスリリースでは、「気候変動懐疑派や反科学主義が米議会の代表ではないことを世界に示す」としている。
協定成立で政争に決着
会期中はこうした反対派の共和党と支持派の民主党による政争が続いていたが、パリ協定の締結をもって決着がついたようである。
会期終了後に行われた共和党の次期大統領候補討論会では、パリ協定に関する話題はほとんど上がらず、他の共和党議員もおおむね静観している。テロ対策を重視するあまり、気候変動を議論する余地がないとの意見もあるが、パリ協定には強制力がないため覆す手段がなく、195ヵ国もの総意である国際協定を覆すことを共和党支持者がそれほど望んでいないため、低炭素社会に向けてかじを切り替えたものと見られている。
年末に成立した次年度予算では、大方の予想に反して、再生エネ関連の税控除が5年延長されることに決まった。当初は共和党からの激しい攻防により延長は不可能と見られていたが、予算案には石油危機以来40年間凍結されていた原油輸出の解禁も組み込まれており、両党で折り合いをつけたようである。これを機に再生エネ導入が加速することが予想され、可決直後には関連企業株が高騰している。
州や自治体、誓約実現へ
州や自治体も、パリ協定での誓約実現に向けて着実に動き出している。
カリフォルニア州サンディエゴ市は、2035年までに再生エネ比率を100%にする条例を可決した。すでにバーモント州バーリントン市、コロラド州アスペン市、カンザス州グリーンスバーグ市が再生エネ比率100%を実現しているが、人口100万人以上の都市としてはサンディエゴが全米初となる。他にもネバダ州ラスベガス市が議会承認待ち、カリフォルニア州のサンフランシスコ市やサンタモニカ市は議会承認を得ていないものの2010年から再生エネ100%に向けて取り組んでおり、今後も多くの都市がこの流れに続くと見られる。サンディエゴの条例には、2020年までに市の公用車の半分を電気自動車にし、下水処理施設から発生するメタンガスの98%をリサイクルする条項も含まれている。詳細な実現方法はこれから詰めることになるが、まずは目標設定が先決と市長は発言している。
州においては、すでにハワイ、バーモント、カリフォルニアで再生エネ比率50~100%の法案が可決しているが、ニューヨークでも2030年までに再生エネ50%に向けた取り組みが開始された。COP21のタイミングに合わせた格好になったが、直前に州内の原発1基が不採算により閉鎖されることが決まり、その穴埋め対策として必要に迫られたという実情がある。議会承認は通っていないが、知事の下で進められているエネルギー改革計画内で強制執行が可能とされている。
企業や投資家、協定成立に貢献
企業や投資家は、パリ協定の成立に大きな役割を果たした。
先進国だけでなく途上国のCO2削減目標も定めているパリ協定では、COP15で約束した2020年までに先進国からの資金援助年1,000億ドルの確約が合意のカギを握ると見られていた。
最終的には確約に至らなかったが、開幕当日に発表された「ミッション・イノベーション」では、米中印日含め20ヵ国が官民合わせて今後5年でクリーンエネルギー投資を倍増することを約束した。各国首脳が居並ぶ中、唯一民間代表としてマイクロソフト創始者のビル・ゲイツが参列し、アメリカをはじめとする世界各国の民間起業家や投資家28人を束ねてクリーンエネルギーの研究開発に投資することを約束した。同氏が設立した「ブレークスルー・エネルギー連合」には、フェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグやアマゾンCEOのジェフ・ベゾスなど超高所得者が名を連ねており、金額は明示されていないものの、今後5年間で各人10億ドルずつを投資すると報じられている。
また、会期前にオバマ政権の気候変動対策に賛同し独自の対策目標を設定した企業は81社だったが、会期中に73社が加わり、計154社となった。これら企業の年間収益を合わせると4.2兆ドル、時価総額は7兆ドルに上る。パリ協定と同様、強制力はなく、未達の場合の罰則も定められていないが、環境団体の目が厳しいアメリカでは、いったん表明した誓約をほごにすれば企業にとって望ましい結果にはならないだろう。
明暗分かれる産業界
協定成立後は、税控除延長の可決も受けてクリーンエネルギー業界が色めき立っている。ブルームバーグ・ニューエナジーファイナンスの試算によると、延長により新設される太陽光エネルギーは20ギガワット、風力は19ギガワットに上ると予測され、730億ドルの投資が期待される。金融機関も、投資家らに同調して低炭素業界への投資に意欲を示している。
産業界の多くは協定を支持しており、再生エネ比率100%を実現・宣言する企業が増えている。自動車業界では、再生エネの供給増に伴い電気自動車の需要が増えることが予想されるため、開発を加速する動きが見られる。フォードはすでに、2020年までに電気自動車の開発に45億ドルを投資し、13車種を追加することを発表している。
一方、石油・石炭企業に対する風当たりは強くなっている。クリーンパワープランの施行により排出規制が厳しくなることに加え、情報開示に関しても司法当局が動き出している。
全米で最も厳しい投資家保護法で知られるニューヨーク州の司法当局が、気候変動に関するビジネスリスクを過小報告したとして、証券取引上の虚偽・不正で石炭大手ピーボディ・エナジーを摘発した。今後の適切なリスク開示を約束することで和解し、同社はすでに過去に発表した情報の訂正報告を発表している。
さらに当局は、エクソンなど石油大手に対しても、気候変動の脅威を知りながら懐疑派科学者に資金提供し、虚偽の情報を広めた可能性があるとして、過去数十年分の書類調査を開始している。これを受け、市民団体や気候変動対策支持派の科学者らは連邦司法長官に対して調査を要請。民主党議員は45名が連名で石油大手6社にこの件に関する質問状を送付している。
こうした状況により、今後気候変動由来の企業リスクに関する厳しい情報開示が求められるようになることが予想される。低炭素社会の到来により、環境負荷の高い事業を行う業界や気候変動対策を怠っている企業は厳しい局面を迎えることになるだろう。