特集/持続可能な国際社会のために~持続可能な開発目標(SDGs)をめぐる最新動向と今後の実施に向けてSDGsに対するビジネスセクターの取り組み
2016年01月15日グローバルネット2016年1月号
損害保険ジャパン日本興亜株式会社 CSR部上席顧問
関 正雄(せき まさお)
変革の原動力と期待される企業
2015年は9月の国連総会での持続可能な開発目標(SDGs)と12月の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)での「パリ協定」の採択という重要イベントがあり、地球社会の持続可能性にとって歴史的な年になった。
もちろん、企業にとってもSDGsの採択は大きな出来事である。国内外の企業関係者と対話をしていても、関心の高さを感じる。リオの地球サミットを契機に創立された持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)のように、早くから企業の役割を自覚してリーダーシップを発揮してきた企業・団体はあるが、持続可能な発展がこれだけ幅広い企業関係者の関心事になったことはこれまでになかったと思う。
同時に、持続可能な地球社会を実現する上で、これほど企業の役割が期待されている状況もかつてなかった。SDGsは言うまでもなく、国連加盟国193ヵ国の政府間合意であるが、公式合意文書でも企業の役割が協調されている。合意文書の第67段落では、「創造性とイノベーション力をもつ企業の参画を要請する」と明記している。また、持続可能な生産と消費に言及した目標12のターゲット12.6では、「企業のサステナビリティ情報開示を推進する」としており、企業の積極的なアクションとそのことに関する透明性の高い情報開示が要請されているのである。
この企業の役割への期待の高まりは、世界的な企業の社会的責任(CSR)の発展の歴史と整合する。SDGsの前身であるミレニアム開発目標(MDGs)とSDGsとでは、違う点はいくつもあるが、企業の役割も大きな相違点だ。MDGsが制定された2000年は、まだCSRが本格的なスタートを切ったばかりの年だ。この年に持続可能性報告のための国際的なガイドライン「GRIガイドライン」が策定され、国連グローバル・コンパクトという持続可能な成長を目指す企業や団体がメンバーとなっているイニシアチブが立ち上がった。また同年に欧州連合(EU)の経済・社会に関する中長期戦略であるリスボン戦略で、CSRが政策的に重要な要素として位置付けられた。その後10年をかけて、欧米や日本を中心とする先進国の企業の間でCSRは普及し、進化していった。
2010年に発行された企業の社会的責任規格ISO26000は、こうした進化の集大成ともいうべき国際規範である。またISO26000は、多くの途上国も参加したそのオープンな策定プロセスを通じて、CSRの潮流を新興国・途上国にまで広める力にもなった。SDGsにおいて企業の役割が重視される背景には、このように2000年からの15年間で世界の共通言語となったCSRに関するステークホルダーの関心増大と、この分野で絶えざる進化と実績を積み重ねてきた企業の努力がある。
企業の取り組みをガイドするSDGコンパス
今後、企業はどうSDGsに取り組んでいったらよいのだろうか? その問いに答える具体的ガイダンスであるSDGコンパスが、WBCSD、国連グローバル・コンパクト、GRIの3者が共同で作成、SDGs採択に合わせて発表された。
このガイダンスは、SDGsの理解から始まって、インパクト評価と目標設定、事業への統合、報告とコミュニケーションといった一連の項目に関して取り組み方法を解説し、有用なツールも紹介している。中でも特徴的なのは、目標設定においてOUTSIDE-INの考え方を推奨していることである。これは、まず外部環境の分析から始めて、自社にできることを検討し目標を決めていくというアプローチである。その逆に、自社で現在やっていること・できることを出発点として、つまりINSIDE-OUTで目標を決めてしまうと、イノベーションも生まれないし、SDGsへの貢献は限られたものになってしまう。
また、Future-Fit Benchmarkという考え方も紹介している。企業はややもすると、ベンチマークとして現在の同業他社の取り組みなどを見て、そこに追い付け追い越せと考えがちだが、持続可能な発展の実現には社会に大変革を起こさなければならないことを考えると、想像力を働かせて将来の到達点をベンチマークに設定しそれをクリアするようにすべきであるとする。いずれも、手近なところに目標を定めて地道に改善を積み重ねるだけでなく、大きな社会変革の原動力となるべく高い到達目標を掲げよう、という考え方が根底にある。
SDG コンパスがもう一つ重視しているのがインパクト(効果)の測定である。これは企業だけではなくすべての主体に関していえることでもある。例えば政府間の国際協力においても、開発効果を高めるためには、投入資金の量ではなく、その結果生じた社会的変化や、目標達成への貢献度合いをインパクトとして捉え、測定することが必要といわれるようになった。CSRの分野でも「企業が社会や環境に与えるインパクトに対する責任」というのが最近のCSRの定義となっており、インパクトに着目し、それを分析・測定することで、自己満足の「CSR活動」ではなく、持続可能な発展の実現に向けた効果的なビジネス・ソリューションが生まれると考えられている。
SDGコンパスはWBCSDなどCSRの実践者としての企業関係者が中心となり、議論を尽くして策定したものである。SDGsに関する取り組みガイダンスであるが、同時に戦略的にCSRのゴールを設定し、実現に向けてマネジメントするための教科書としても実用性に富んでいる。
先進事例をスケールアップする
先進的な企業は、SDGsに関する取り組みをすでに始めている。この分野で世界の企業をリードするユニリーバは、せっけんなど自社製品の普及を通じて途上国での衛生習慣を向上させるとともに、原材料を生産する農家の収入安定につながる農業指導など小規模農家の支援にも力を入れている。これらは、売り上げ増に結び付き、強いサプライチェーンづくりに資するものである。また、売り上げを増加させる一方で環境負荷は下げる、つまり大幅な環境効率向上を実現する。さらに、先進国でも持続可能なライフスタイルの浸透を目指して、消費者などのステークホルダーを巻き込んだ活動を積極的に進めている。これら全体を「サステナブル・リビング・プラン」と銘打って、2010~2020年の長期計画として進めている。
同社のCSRは、絶えざる進化を続けている。2015年6月には世界の企業に先駆けて、「人権レポート」を発行した。そこでは、人権侵害を防ぐ守りの取り組みだけではなく、バリューチェーンから疎外されてきた人びとを取り込み、積極的に人権状況を改善する同社のインクルーシブ・ビジネス・モデル(注:発展途上国の貧困層が消費者、生産者、販売者などとして参加するビジネスモデル)の実践に今後さらに力を入れていくことが述べられている。
ユニリーバ以外にも、SDGsの達成に資する企業独自の取り組みが次々と生まれてきている。国連グローバル・コンパクトでは業種別にSDGs関連の先進事例を集めたケース集「SDG Industry Matrix」の発行を始めた。第1弾として、17の目標と関連付けられた金融機関の取り組みの数々が紹介されている。こうした事例にインスピレーションを得て、それぞれの企業の本業を通じてその特徴や強みを生かしながら、SDGs達成に必要とされる大きな変革を導くことが、今世界中の企業に期待されている。
課題は、こうした企業の取り組みをいかに社会全体でスケールアップして、これまでにない大きなインパクトにしていくかであろう。第一義的には、持続可能な発展を政策面や投資行動に主流化していく政府と投資家の役割が大きい。企業が予見可能性と確信を持って、持続可能な発展を事業戦略に組み込む意思決定を行うためには不可欠といえる。それ以外にも、経験と高い専門性をもつNGOや国際機関との協働をさらに進めていくこと、また、まだ例の少ない、異なる強みを持つ企業間の協働が進むことなどが、社会的イノベーションのインパクトを拡大する上で有効であろう。