フォーラム随想フランシスコ教皇賛
2016年03月15日グローバルネット2016年3月号
日本エッセイスト・クラブ常務理事 森脇 逸男
ローマカトリックのフランシスコ教皇に拍手を送りたい。
まず、アメリカの大統領選で共和党の候補者に選ばれることを目指し、辺り構わず暴言を吐き散らしているトランプなる人物を「彼はキリスト教徒ではない」とばっさり切って捨てたことだ。
実際にトランプ氏が共和党の候補に選ばれるかどうかは分からないが、最初の幾つかの州や三月一日のスーパーチューズデーの予備選ではトップだった。同氏支持者がこんなに多くなるとは予想もしなかったが、本来、健康保険制度さえ社会主義だとして頑として認めようとしていないのが共和党だ。トランプ氏個人を云々する前に、米国人のかなりの部分を占める共和党支持者の資質に今さらながら重大な疑問を抱いてしまう。
まあ、米国人の悪口はこのくらいにして、トランプ氏が、イスラム教徒の入国を禁止しろ、メキシコとの間に壁を作れなどと、選挙民をあおり立てていることに対し、教皇は、壁を作るより、橋を架けるべきだと諭した。全く同感だ。
もともと小生は、フランシスコ教皇には尊敬の念を持っている。南アメリカ、いや南北米大陸から選ばれた最初の教皇であり、ヨーロッパ以外の国からは千二百余年ぶりに選ばれたといったことはともかくとして、教皇選出後の最初の記者会見では「貧しい人々による貧しい人々のための教会を望む」と語り、就任式では「弱者と環境を守ることが死と破壊に勝利する方法だ」と述べた。教皇の指輪を金から銀の金メッキに変えるなど、社会的弱者を守り、質素を旨とする姿勢には、正に刮目すべきものがあった。
こうした教皇の信念は、貧富の格差の著しい南米で育ったことから生まれたものだと思える。教皇就任以前の司教時代には「世界でもっとも不平等な地域」「財の不当な分配」「大きな経済的不平等を引き起こしている不当な経済構造」といった発言が記録されている。
枢機卿時代は、普段の移動は車でなく地下鉄やバスを利用、アルゼンチンからバチカンへの航空機はエコノミークラスだったという。フランシスコという教皇名は、アッシジの聖フランチェスコにあやかった。あくまで貧しい人たちに依り添いたいという考えによるものだ。
さらに注目したいのは、大航海時代、新大陸を征服した白人の子孫として、「その時代、大陸の先住民に対してたくさんの深刻な罪が犯された。神に許しを乞う」といった発言もあることだ。
そうしてもう一つ特筆したいのは、諸宗教の融和、世界平和のための積極的な行動だ。教皇就任後、英国国教会、ギリシャ正教会、ロシア正教会などの最高指導者と会見、会談、イスラム教のモスクも訪れた。五十年以上外交関係が断絶していた米国とキューバの関係改善に力を尽くしたことは、まだ記憶に新しい。
二〇一四年に殉教者の列福式のため韓国を訪れたときは「アジア、とりわけ朝鮮半島に平和がもたらされんことを。和解の精神が育つように」と祈った。この祈りが神に聴き入れられ、平和と和解がアジアで現実の姿となることを心から期待したい。
実は小生、漢詩作りが趣味で、二〇一三年にフランシスコ教皇が選出されたとき、一篇の詩を作ったことを思い出した。
いささか図々しいが、皆さんにご披露したい。
方濟各(フランシスコ)教皇
淸貧貞潔又從順 南美洲人新教皇
誓約窮民最良友 溫風嫋嫋古都堂[読み下し]
清貧貞潔また従順 南美洲人新教皇 誓約す窮民最良の友たらんと 温風嫋々(じょうじょう)たり古都の堂
意味はお分かりだと思うが、若干説明を加えると、「清貧貞潔従順」はイエズス会士の誓願、南美洲は南アメリカ、嫋嫋は風がそよそよと吹くさま、古都はローマのつもりだ。