特集/シンポジウム 地域から考える気候変動問題 in 熊本 将来の影響に適応するために~ パネルディスカッション

2016年03月15日グローバルネット2016年3月号

<コーディネーター>
前IPCCインベントリータスクフォース共同議長 / 地球環境戦略研究機関参与
平石 尹彦さん

<パネリスト>
女優/NPO法人アクアプラネット 理事長 田中 律子さん
九州大学 名誉教授 小松 利光さん
くまもと温暖化対策センター 理事長 田邉 裕正さん
熊本放送 気象キャスター 栗原 めぐみさん
熊本県立済々黌高等学校 2年生 河野 ひかりさん
環境省 地球環境局 総務課 研究調査室 藤井 麻衣さん

特集/シンポジウム
地域から考える気候変動問題 in 熊本 将来の影響に適応するために

政府は昨年11月末に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定しました。気候変動への適応策を強化し、地域の特性に踏まえた対策を講じることが重要です。気候変動問題を考えるシンポジウムが、熊本市で1月に開催されました(主催:環境省、共催:熊本県)。気候変動による影響と適応、そして近年九州地方でも増えている大雨による水害とその対策に関する講演とパネルディスカッションの内容を紹介します。

※WEB掲載許可を得られた登壇者の発言のみ掲載しております。

サンゴ礁の保全に効果のある防災適応策

平石 防災適応策はサンゴ礁の保全に効果があるのでしょうか。

小松 一般の土砂は海にとっては大事で、流れ込まなければいけません。しかし、沖縄のサンゴに特化して言えば、赤土は悪影響を与えます。現在、適応策の一つとして赤土の流出を食い止める研究も進められています。温暖化により集中豪雨やゲリラ豪雨などが増えると沖縄ではどうしても赤土が流れてしまいます。田中さんが工事の時は防御ネットを張ってもらうとおっしゃっていましたが、工事の場合は人為的なものですから、知恵と工夫で何とかなるのです。

しかし最近の研究で、何も植えていない裸地は良くない、やはりいろいろな植生があると赤土も流れにくい、ということもわかってきています。ですから、赤土の流出を防ぐという適応策はサンゴ礁の保全には役に立つと思います。

パリ協定の目標実現に向けて取り組みを進める

平石尹彦(ひらいし・たかひこ)
東京大学工学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。環境庁にて有害化学物質、水質汚濁等、様々な分野の公害対策に従事。ケニア大使館、経済協力開発機構(OECD)を経て、国連環境計画(UNEP)事務局にて環境アセスメント・情報局長等を歴任。1999年より2015年10月まで気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に参画。IPCC国別温室効果ガスインベントリータスクフォース共同議長を務めるなど、日本人で唯一のビューロー委員として活躍した。

藤井 昨年12月にCOP21がパリで行われ、パリ協定を採択しました。私も日本代表団の一人として、交渉に参加して参りました。世界の気候変動政策の転換点となる大変意義深いものだと思っています。

このパリ協定では、「2度目標」が掲げられ、さらに島嶼国の強い要望を受けて1.5℃に抑える努力を追求することも言及されました。京都議定書と違い、先進国、途上国を含めた全ての国で削減目標を提出し取り組む、という枠組みができたことが大きな成果です。

適応・緩和、資金・技術の援助、キャパシティビルディング、透明性なども全ての国に適用され、5年ごとに各国が目標を提出し、さらにそれを改善していきます。

日本はこの協定の早期署名と締結に向け、必要な準備を進めようとしているところです。

平石 パリ協定は京都議定書のように義務がかかっているわけではないのです。目標の実現に向かってどのように取り組んでいくかは、環境省も含め、政府、自治体、市民みんなが努力を発揮できるかどうかにかかっているのです。

温暖化問題を自分のこととして捉えて対策を

平石 環境問題の解決には意識を持つということが重要なのですが、田邉さんは普及啓発についてどんなことをされているのでしょうか。

田邉 くまもと温暖化対策センターは、地域地球温暖化防止活動推進センターとして熊本県と熊本市から指定を受けている団体です。市民、県民、事業者を対象に温暖化対策の啓発運動を進めています。

例えば、熊本市と共同で「CO2ダイエットクラブ」という運動を展開しています。これは、家の電気やガソリンの使用量などを入力し、自分たちが使うエネルギー量を見てみよう、という活動です。

平石 温暖化対策センターの緩和策・適合策に関する活動とご苦労についてお話しいただけますか。

田邉裕正(たなべ・ひろまさ)
同氏が理事長を務める「くまもと温暖化センター」は、節電・省エネ活動の推進に加え、小水力発電や太陽光発電の推進など、創エネ活動を合わせて展開。 毎日の市民生活や事業活動においてできる節電や省エネの情報を、各地の地球温暖化防止活動推進員や温暖化対策地域協議会の皆さんと共に発信している。

田邉 2012年7月の九州北部豪雨では、死者30人、建物の全壊363棟、床上、床下浸水1万2,600軒の被害を記録しました。

しかし、被害が直接自分に及ばないと、温暖化対策の必要性はなかなかわからないと思います。

私たちができる適応策は何なのか、というと、災害の及ばない地域での生活を選択することや、家のかさ上げをすること、住宅の防災、防災用品の準備、避難場所の確認・訓練などがあります。また、夏の熱中症対策としてエアコンを適切に使用することも求められます。つまり快適な生活をする上で、緩和策である省エネや節電を意識する必要があるのです。緩和策と適応策というのは、表裏一体のものなのです。

近年、気候変動の影響を受ける可能性が増えてきたことを一層意識する必要があると思います。つまり温暖化に上手に適応することが必要な段階にまで至った、ということを理解してもらいたいと思っています。

熊本の気候の特徴は、冬は寒く、夏は蒸し暑い。これに適応するために緩和策にもつながるウォームビスやクールビズを実践すること、そして家電品を上手に利用することが求められます。温暖化対策センターは環境省が推進する国民運動「クールチョイス」(製品やサービス、行動などの賢い選択)を推進しています。

しかし、関心の高い方はまだ多くはなく、仕事や家事の手を休めてこのシンポジウムのような話を聞き、理解を深めようという意識にはまだ至っていない、つまり、自分のこととして捉えられていないという点が大きな悩みです。

興味深く情報を伝える気象キャスター

平石 栗原さん、最近は気象キャスターが天気予報を越えて地球温暖化問題についても伝えていますが、どんなお仕事で、どんなご苦労があるのかお話ししていただけますか。

栗原めぐみ(くりはら・めぐみ)
RKK熊本放送の気象キャスター。
「熊本県民を気象災害から守ることが使命」と語る。現在、平日夕方18:15からの「RKK NEWS JUST」で、県民の皆さんへお天気情報を届けている。

栗原 気温が上がると降水量が増える、大雨の機会が増えるといわれています。そのように密接な関係にある気象と温暖化について伝えるのが私たち気象キャスターの大きな役目です。

私は熊本放送で気象キャスターをしています。大学で船のエンジンの勉強をした後、船のエンジンを作るメーカーに勤めましたが、気象に興味を持ち、それを伝える仕事をしたいと思い、資格を取って現在の仕事に就いています。環境にも興味があり、気象予報士の他にエネルギー管理士、公害防止管理者(大気1種)の資格も持っています。

気象キャスターの大きな役割は人命を守ることだと考えています。大雨や洪水が起こりそうな時は、どこでどのくらいのリスクがあるのかを事前に伝えることで、その場所から事前に離れる、避難所に行く、というようなことができます。暴風や波浪が起きるような時には、被害がある場所から移動して下さい、移動できない場合は何かしら対策を打ってください、と呼び掛けます。

また、温暖化により、とくに最高気温よりも最低気温が上がる傾向にあるので、就寝中に熱中症を起こさないように気を付けて下さい、と呼び掛けるのも仕事です。

気象庁や気象予測会社、県や市町村、警察、消防などから情報を集めます。また、毎日、気象庁が提供する天気図を見て解析します。たくさんある情報の中で何が重要な情報なのか取捨選択して、それを県民の皆さんにお伝えします。

テレビで伝えることにはメリット、デメリット両方があります。メリットとしては、不特定多数の人に伝えることができ、ラジオと違って視覚・聴覚両方から伝えることができ、見ていてわかりやすい、ライブで最新情報を伝えることができる、住んでいないとわからない体感的な雨量や温度の高さなど県民にターゲットを絞った情報が伝えられる、さらに、情報を得ようとしない人にも伝えられる、などが挙げられます。しかしデメリットもあって、伝える場所や時間は限定的で、テレビを点けて、わざわざ見てもらわないと伝えることができません。

伝えるために何が必要か。まず、キャスター自身が興味を引く人間にならなければいけないと思っています。そして興味深く伝えることも重要です。気象予報士ですので、予報が当たらないと信じてもらえません。外すこともありますが、何度も外していると信じてもらえなくなってしまうので、天気図を見て、解析し、正確な情報を伝えられるようにすることが重要だと思って努力しています。

地域のヒートアイランド現象を防いで地球の気温上昇を軽減

研究内容を発表する河野ひかりさん

河野 私は近年、急速に深刻化している気温上昇をテーマに研究しています。着眼点は①日本の平均気温の変化の状況②主に都市部で発生しているヒートアイランド現象③気温の上昇がもたらす影響④気温上昇の対策方法です。

気温上昇の主な原因は温室効果ガスの増加が考えられます。さらに日本において気温上昇は地球が温暖化していることだけが原因ではありません。主に都市部で発生するヒートアイランド現象も原因の一つと考えられます。ヒートアイランド現象とは人間活動が原因で発生する環境問題で、原因としては人工排熱の増加、地表面被覆の人工化、都市形態の高密度化が挙げられます。

気温上昇とヒートアイランド現象がもたらす影響はたくさんあります。健康面では熱中症の多発や熱帯夜による寝苦しさから来る睡眠障害、生活面では集中豪雨や熱帯夜、動植物への影響としては生態系の破壊やサンゴの北上など多種多様です。二つの問題の対策方法にはCO2の削減という共通点があります。

気温が上昇し続けると日常生活に影響が出てきます。また、日本では気温上昇に加え、ヒートアイランド現象も発生しているため、他国と比べても深刻化していると思います。

さらに、気温上昇は地球規模の問題であるのに対し、ヒートアイランド現象は、現象が起きている地域で対策を行うことができる地域の問題であるのではないかと考えました。そのため、ヒートアイランド現象を防ぐことができれば気温上昇も軽減できると思います。

住みやすい地球、美しい地球を未来世代へ残していくことは私たちの果たすべき責務です。地球はかけがえのないもの、という認識があるからこそ、一人ひとりが持続可能な行動を起こしていく必要があるのではないでしょうか。今日から行動を起こし、継続していきましょう。

平石 温暖化が顕在化しつつある今、どんな適応策が良いのか、それぞれがどんな役割を果たせるのか、考えていく必要がありますね。

小松利光(こまつ・としみつ)
環境水利学、河川工学、海岸工学、防災工学を専門とし、1980年より九州大学工学部助教授、教授、九州大学名誉教授・特命教授を務め、土木学会で理事、西部支部長、水工学委員会委員長、国交省河川審議会専門委員等を歴任。現在、九州大学名誉教授、日本学術会議会員、世界工学団体連盟(WFEO)副会長、災害リスク管理委員会(CDRM)委員長等。

藤井 ヒートアイランド現象の対策として挙げられる都市緑化は気候変動の緩和策、打ち水などは適応策ですね。

平石 最後に、これだけは言っておきたいという点がありましたらお話しください。

田邉 都市部か地方かによって温暖化に対する対策は違います。今後は地域性を考えてさらに活動を進めていきたいと思っています。

また、来年度はサーモグラフィーを使った快適な省エネの生活の診断や、エコドライブ診断などもやりたいと思っています。

小松 災害はいつ来るかわからない、だから防災というものはもともと難しいのです。うまくいっても現状維持、だからモチベーションもなかなか出てこないのです。

しかし、今日は高校生の方も来ているので、ぜひ言いたいのですが、災害で命を落とすのは本当にもったいないです。しかし、命を落とさなくて済むのに災害で命を落としてしまう例がたくさんあるのです。その原因は「備え」のないことです。私は小さいLEDの懐中電灯と透明ポリ袋をいつも持ち歩いています。懐中電灯は点けっ放しでも約40時間もちます。また、火事が発生してもポリ袋をかぶって首のところで締めれば2~3分は呼吸でき、その間に逃げれば煙に巻かれて死ぬことはありません。

こういうものを備えることによって防災意識は高まるのです。自分の命を守ってください、そうすると地球環境に対しても思いやりの視点が出てくるはずです。

藤井 一人ひとりの意識改革が重要です。とくに高校生の皆さん、気候変動の科学について正しく知り、これからも視野を広げて研究や勉強をしていただければ、と思います。

平石 若い方々は、野次馬根性のようなものを持って勉強していってほしいと思います。温暖化を知った時、温暖化だけでなく、例えば灌漑の話なども含めた農業政策の研究もしなければいけないとか、水害の話なら防災のことについて調べるなど、勉強する課題はたくさんあるのです。狭い研究テーマだけでなく、いろいろ勉強していただきたいと思います。常に考え続けていくことが重要だと思います。

(2016年1月22日熊本市内にて)

〈 高校生が考える地球温暖化問題 〉

今回のシンポジウムには、若い世代にも今の気候変動問題に関する理解を深めてもらおうと、熊本県立済々黌高等学校の2年4組の生徒40名がシンポジウムに参加し、パネルディスカッションでは河野ひかりさんが代表して「すべては気温上昇から」というテーマの研究内容を発表してくださいました(パネルディスカッション参照)。

済々黌高等学校は、スーパーグローバルハイスクールに指定されており、生徒たちは「持続可能性を確保する開発と地球環境保全のあり方」をテーマに、気候変動、水質汚染、生物多様性の喪失、大気汚染、化学物質、生態系、森林伐採など、地球環境の開発と保全などについて研究しています。

シンポジウムに先立ち、生徒の皆さんから地球温暖化に関する質問を募集し、当日は会場からの質問も加え、パネルディスカッションで登壇者が回答・解説しました。

※ 高等学校などにおいて、グローバル・リーダー育成に資する教育を通し、生徒の社会課題に対する関心と深い教養、コミュニケーション能力、問題解決力などの国際的素養を身に付け、将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を図るため、平成26年度から開始した文部科学省による事業。平成27年度は全国で56校が指定された。

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