Hot ReportCOP21が変えるビジネス~経済モデルの新たな方向性~

2016年04月16日グローバルネット2016年4月号

国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)特別顧問
末吉 竹二郎(すえよし たけじろう)さん

パリ協定の成功にビジネス界が大きな貢献

パリ協定の成功を下支えしたのは、実はビジネス界だったのです。あるいは機関投資家です。そういった視点でパリ協定を見ないと、その持つ意味、可能性が理解できないのだと思います。

すべてのバックグラウンドにあるのは地球温暖化の現実です。2015年は世界の平均気温が観測史上最も高くなりました。理由は明快で、温室効果ガスである大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度が2015年、世界レベルで400ppmを超えてしまったということです。これは米国海洋大気局(NOAA)が発表しています。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書によると、温室効果ガスの排出を成り行きに任せておくと、世界の平均気温は今世紀末までに4℃前後上がってしまいます。今の仙台の年間平均気温より4℃高い所は福岡です。ということは将来、福岡は多分沖縄を通りすぎて、台湾に近い気温になるのではないでしょうか。

気候変動枠組条約の締約国は、温暖化による悪影響を避けるため、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えるとの合意(編集部注=メキシコのカンクンで開かれたCOP16の合意)に達していましたが、IPCCは、その「2℃目標」を守るためには2050年までに温室効果ガスの排出量を40%~70%削減し、2100年にはゼロかマイナスにする必要があると言っています。

パリ協定は気温上昇の目標を2℃未満に抑えることで合意しました。交渉の中ではさらに「2℃を十分に下回る水準」という文言が入り、努力目標ながら1.5℃を目指すことになりました。これは世界の非常に重い決意だと思います。さらに驚いたのは、IPCCの言うように21世紀の後半とはいえ、人為的排出を人為的吸収の中に納めるということにも合意したのです。つまり人為的にはCO2を増やさないということです。

強い危機感を持つ世界のビジネスリーダー、機関投資家

パリ協定に向けて、会議の成功に大きな貢献をしたのはビジネス界の動きでした。ビジネス界の代表が、CO2の排出をネット(正味)でゼロ、つまり事実上の排出ゼロにする、5年ごとに削減目標を見直し、カーボン・プライシング(炭素価格制度)も当然やるべきだと表明したのです。これまでビジネス界は厳しい炭素規制に対してネガティブでした。コストがかかる、自分たちの利権を守りたいなどさまざまな理由からです。

しかし世界のビジネスリーダーたちは、早く温暖化問題の解決の糸口を見つけないとビジネスそのものができなくなるという強い危機感を持ったのです。しかも彼らと手を携えたのが機関投資家です。年金基金などの多くの機関投資家がビジネスリーダーたちと一緒になってパリ会議の交渉官をバックアップしました。

パリ協定を受けて世界観が本当に変わるのではないか。低炭素化から脱炭素化。CO2の排出削減でなく最初から出さない社会。これは思想、ビジョンが全く違うのではないでしょうか。

新しい価値観として、CO2を出すのは悪いこと、減らすのは良いことという考えが社会の中に広がっていくと思います。当然これはビジネスの倫理観としても求められます。そのうちの一つが炭素価格だと思います。炭素に価格を付けて、コストをきちんと払ってもらうことです。足りない人はそれを買ってくる。たくさん減らせる人はそれを売って収益とする。こういったことが社会の制度として、企業の中においても投資判断の重要な情報、要素として入ってきます。BP、Shellなど石油メジャーも賛成しています。

2015年の秋に英国のエネルギー気候変動大臣が、10年後までに石炭火力発電所を全廃すると発表しました。オランダの議会も石炭火力発電所の閉鎖を可決しました。一方、日本は石炭火力発電所の増設を進めています。エネルギー選択の順番が日本は世界と逆転しているのです。世界では省エネや自然エネルギーが優先されている一方、日本ではトラディショナルなエネルギーが最優先されているのです。これは今後大きな問題になると思っています。

デンマークは2014年の1年間通して39.1%が再生可能エネルギーでしたが、2035年までに電力と熱を100%再生可能エネルギーにするということです。そして、2050年には輸送部門を含むすべてのエネルギーを再生可能エネルギーで賄うとしています。

金融機関が気候変動のリスクを投融資判断に反映させる必要

2015年5月にパリの経済協力開発機構(OECD)本部で、再生可能エネルギーなどのグリーン産業にもっとお金を流そうというテーマのGreen Investment Financial Forum(GIFF)が開かれました。英国のGreen Investment Bankをはじめ、グリーンファイナンスを専門とする金融機関が世界に13あります。既存の金融機関があるのに、わざわざ新しい金融機関をつくり、グリーンな産業に資本を提供するグリーンキャピタルの流れを明確にしようという議論が始まっています。

金融界においてもこれから大きな変化が生まれると思います。国際決済銀行(編集部注=スイス・バーゼルにある各国の中央銀行が株主の組織)では、適正資本を計算する際に気候変動リスクを取り入れる、いわゆるバーゼル規制の議論が始まっています。これと呼応して、より上部構造である金融安定理事会では、G20と協力する形で金融機関に気候変動リスクに関わる情報開示を求める議論を進めています。

今年の1月には、ニューヨークの国連本部に500を超える世界の機関投資家が集まりました。パリ協定を実現するために機関投資家は何をしなければいけないのか議論をしたということです。早速、具体的な議論が始まっているのです。このような行動の速さを私たちも見習わないと、世界と日本の温暖化リスクに対する格差が広がってしまうのではないかと思っています。

脱炭素化の競争でCO2本位制の経済モデルを築く必要

これからの世界は脱炭素化の競争になります。国や社会、産業、経済、ビジネスの競争の中で脱炭素化をいかに進めていくか、脱炭素化でいかにして他に抜きん出るか、これが競争力の源泉になると思います。

OECDは2011年6月に発表した「グリーン成長に向けて(Towards Green Growth)」というレポートの中で20世紀型の成長至上主義を維持する経済モデル、環境に配慮しないままのモデルでは地球温暖化の解決は図れない、経済のあり方を変えないで今までのモデルをキープしたら、地球環境が壊れてしまう、としています。

2007年2月28日の日本経済新聞の「経済教室」という欄に、私の文章が掲載されています。これからは地球社会が出せるCO2の量が決まる。日本に対してどれだけのCO2を出していいか、例えば10億tしか出せません、5億tしか出せません、とCO2が配分されるようになり、そうなると、そのCO2排出枠の中でいかにGDPを増やし国民の豊かさを追求するのか、そういう時代に入る。金本位制のように、CO2の量で経済の大きさが決まるような時代が来ますよ、という趣旨でした。

日本が許されるCO2の排出量の中で日本国民の幸せをどれほど高めるか。そのことが21世紀の国際社会で日本が生き残っていくカギになると思います。新しい気候経済というものが始まるのです。脱炭素化に成功した者だけが生き残れる経済になっていくのではないでしょうか。

(2016年2月に東京で開かれた「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則シンポジウム」での講演要旨)

末吉 竹二郎 氏

三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入社。三菱銀行ニューヨーク支店長、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。退職後、2003年にUNEP FI特別顧問に就任。金融機関によるESG(環境、社会、ガバナンス)に配慮した金融行動を推進するため、中央環境審議会の「環境と金融に関する専門委員会」の委員長を務め、「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」をまとめる。(一社)グリーンファイナンス推進機構の代表理事も務めている。