特集/シンポジウム 地域から考える気候変動問題 in 三重 ~伊勢志摩サミットに向けてパネルディスカッション

2016年05月15日グローバルネット2016年5月号

<コーディネーター>
三重大学大学院生物資源学研究科 教授 立花 義裕さん

<パネリスト>
淑徳大学人文学部 教授 北野 大さん
地球環境戦略研究機関参与/前IPCCインベントリータスクフォース共同議長 平石 尹彦さん
辻精油株式会社 代表取締役会長 辻 保彦さん
気象予報士 多森 成子さん
梅村学園三重高等学校2年生 山本 洋輝さん
環境省地球環境局気候変動適応室 室長補佐 藤井 進太郎さん

特集/シンポジウム 地域から考える気候変動問題 in 三重 ~伊勢志摩サミットに向けて

近年、世界中で気候変動の影響が現れています。しかし今後どのような温暖化対策を取ったとしても温暖化は進み、それにつれて、自然災害、農業、自然生態系、健康などさまざまな面で深刻な影響が生じる恐れがあります。気候変動問題に関する最新の動向を紹介し、これらの情報をいかに伝え、今後どのような対策を進めていくべきかを考えるシンポジウムが、伊勢島サミットを5月末に控える三重県鳥羽市で3月18日に開催されました(主催:環境省、共催:三重県)。講演とパネルディスカッションの内容を紹介します。

メディアに取り上げられにくい温暖化問題、ローカルの視点で

立花 温暖化問題というのはメディアでは取り上げづらい問題のようですが、なぜでしょう?

多森 私自身は番組で「ゲリラ豪雨」という言葉を使ったことは一度もありません。よく質問されるのですが、実は気象学ではゲリラ豪雨の定義はありません。マスコミが作った言葉です。正常でない現象を何でも温暖化のせいにするのは間違いですが、メディアはもう少し表現の仕方を考えて丁寧に説明しなければいけないと感じています。

北野 一般の人びとにとって温暖化というのはなかなか身近に感じることができず、災害とも結び付きません。

北野 大さん

しかし、いざ災害が発生したとなると、これは大変だ、と皆大騒ぎするのです。

温暖化問題がメディアで取り上げられるようになったのは最近20~30年でしょうか。異常気象による災害の増加など被害が目に見えてきて、世界のリーダーたちもやっと目を向けるようになったからでしょう。

温暖化問題は誰もが自分自身の問題として捉え、いかに深刻かということを理解する必要があります。しかし、視聴率を気にしてインパクトのある話題ばかりを求める商業マスコミにも問題があります。メディアに出る私も短い時間の中で科学的に正しいことをわかりやすく話すことを心掛けたいと思います。

多森 普段私が担当している気象情報は長くて3分、時間の制約が大きいです。その中でお伝えするのはまず皆さんの生命や財産を守るということ、その次に生活に密着した情報などで、地球温暖化については一言で伝え切れません。しかし、私たちの生活に着実に歩み寄っている大きな影響についても伝え、関心を持ってもらえるような企画を考えなければいけないと思います。

立花 例えば大型の台風が来たら、専門家を呼び、単なる状況説明だけではなく、ローカルの視点で解説すると関心を引くと思います。

多森 確かにローカルの視点というのは大事だと思います。地元ならではの伝え方であれば、視聴者も温暖化を身近に感じることができるのではないかと思います。

干潟の保全活動を通じて気候変動への取り組みを考える

立花 山本君の高校での環境問題への取り組みを紹介して下さい。

山本 私の所属する科学技術部は、三重県松阪市、櫛田川の河口に広がる松名瀬干潟で約5年間、生物相調査を続けています。

調査を始めた2011年、この干潟にはフトヘナタリという貝がたくさん確認できたのですが、2012年にはヘナタリという貝の個体数に入れ替わるという結果が見られました。その年の2月に堤防の改修工事があり、調査区域が影響を受け、フトヘナタリの生息環境がヘナタリにとって適した環境に変わってしまったのではないかと考察しています。

そのような調査結果は、イベントや専門的な学会などに参加して、発表しています。また、部員たちが講師となって現地での観察会も実施しています。

今回のシンポジウムを機会に、松名瀬干潟の環境が気候変動によってどうなるのか、皆で考えました。2100年までに海面が82㎝上昇するという予測がありますが、そうなると松名瀬干潟は湾になり、干潟でしか見られない貴重な生物も見られなくなるでしょう。

それは残念なことです。高校生が主体となって何かできないか、部員同志で話し合ったところ、気候変動防止のためのボランティア活動を行えば、それが学校全体や地域、最終的には県や国に意識が広まり、大きな力になるのではないかという結論に達しました。

立花 干潟というのは、生物も大事なのですが、干潟の中には温室効果ガスの一つのメタンがたくさんあって、干潟が乾くとメタンが発生するのです。そういう意味でも干潟の保護は重要ですね。

藤井 気候変動対策を考える上で、自然生態系への影響のモニタリングが重要です。モニタリングは地道な活動であり、長期間継続的に続けることが必要です。こうした高校生の活動は素晴らしいと感心しました。

平石 生物モニタリングというのは継続性が非常に重要です。CO2モニタリングも手間が掛かる上に長期間続けなければいけないので、大学などで継続してやってもらうことが重要です。学生はいずれ卒業してしまいますから、後輩たちに活動をつないでいってもらいたいと思います。

平石 尹彦(ひらいし たかひこ)さん

異常現象の原因をそう簡単に温暖化と結び付けてはいけません。山本君たちの考察のように堤防の改修が原因かもしれない。また、風向きが変わったとか、雨量が多かったとか、そういう面も関係あるかもしれない。いずれにしても原因を追究するためにはモニタリングをしないと始まらないので、モニタリングというのはとても重要な活動です。

 いろいろな会合で漁師さんの話を聞くことがあります。彼らがよく言う言葉に「困ったら現場に行け」という言葉があるんです。現場に行って自分の目で、耳で確かめろということです。

若い人たちも、海や川、陸をきれいにしようと思うのなら、まず川上にある山をきちんと管理しなければいけません。それが日本の国土を守る原点だと思っています。

わが社のある松阪市には海で生活している人たちがたくさんいます。しかし近年は特産のアサリや養殖ノリの収獲量が急減し、漁師さんたちの生活が苦しくなっているのが現状です。そのような地元の現状をぜひ自分たちの目で確かめてほしいと思います。

気候変動の今を伝えるIPCC 緊急な対策が必要と報告

立花 気候変動に関する科学的、社会経済学的な知見について、IPCCが2014年に「第5次評価報告書」を発表していますが、本来は学校教育で取り上げていい内容だと思っています。英語の勉強と地学の勉強が一緒にできる絶好の教材です。

そこで、IPCCで長く活躍され、組織についてもよくご存知の平石さん、IPCCや温暖化の現状などについてご紹介ください。

平石 IPCCで15年くらい温暖化問題に関わり、多くの会議に参加してきました。

IPCCというのは、学術雑誌などに掲載されている文献のサマリーを作り、それをわかりやすい言葉で提供することを主な任務としています。政策的に意義のある活動を目指していますが、各国政府に対して政策などについて勧告したり、自ら研究したりすることはありません。

報告書の作成には世界中の多くの学者が参画し、できた草案はインターネット上で公開してコメントを受け付け、大規模な査読のステップを経て作り上げていきます。人為的な気候変動に関する知識を確立・普及し、気候変動への対策の基盤を確立したその努力に対し、2007年12月にはノーベル平和賞が授与されました。

約1,000ページにわたる報告書には観測された温暖化の最新報告が数多く挙げられています。20世紀初頭から海面水位が約20㎝上昇したといわれており、将来も継続することが予測されます。

また、気温の上昇に伴い、例えばグリーンランドの氷が解けて大崩壊すると、海面が約7m上昇することも予測されています。

さらに、海洋酸性化も深刻な問題です。これまでに海水の水素イオン濃度指数は0.1pH減少しており、サンゴや貝類、甲殻類など、さまざまな海洋生物の成長や繁殖に影響が及び、海洋の生態系に大きな変化が起こる恐れがあります。

また、将来の地球の平均温度の上昇は、CO2の累積排出量に関連することが報告されています。将来の温度上昇をパリ協定で目標とされた2℃に抑えるためには、CO2の累積排出量を3,000Gtまでにする必要がありますが、これまですでに1,890Gtが排出されており、今のペースでは、今後30年程度でその量に達してしまうことになります。つまり、相当に緊急な対策が必要な状態になっているということなのです。

三重から、地方から、世界へ

立花 最後にコメントがある方、お願いします。

藤井 地域に根差して低炭素社会を実践し、その成功例としてビジネスモデルを確立し、経済的効果も上げている辻さんの事業は素晴らしいと思いました。地域でエネルギーを作ることによって地域にお金が落ちれば、地域の経済にとっても活性化につながります。国だけですべてを実現させるのは難しい面もあります。しかし地方は自然資源が豊かでもあり、その資源を生かして地域ごとに成功事例を積み上げていけば、それが他の地域にも広がって効果に結び付くと思います。

平石 久しぶりに環境先進県の三重県に来て、素晴らしい活動のご紹介を聞き、元気が出た気がしました。

 CO2削減のために皆、いろいろな努力をしています。民間企業もいかにエネルギーを削減するか、乾いた雑巾を絞るように考えています。企業努力というものもある程度評価していただければ、と思います。

北野 今まで私たちはモノの豊かさを追求してきました。これからは価値観を変えなければいけません。モノから心の豊かさにシフトしていく時代だと思います。

立花 今年5月には伊勢志摩サミットが開催され、三重から世界へ、先進的な地域の取り組みを発信するいいチャンスだと思います。今日のシンポジウムに参加して日本の未来は明るいと感じました。とくに高校生の皆さんには地球環境についてもっと勉強し、地球のために三重から羽ばたいていってほしいと思います。

シンポジウムに参加した生徒、先生とパネリスト

(2016年3月18日 三重県内にて)

北野 大(きたの まさる)さん
淑徳大学人文学部教授(工学博士)。明治大学工学部卒業後、東京都立大学大学院博士課程修了。分析化学で博士号を取得する。専門は環境化学・安全学。淑徳大学教授、明治大学理工学部応用化学科教授を経て、平成25年4月より現職。経済産業省・化学物質審議会委員、環境省・中央環境審議会委員を歴任。タレント・ビートたけしさん(映画監督・北野武氏)の実兄。
平石 尹彦(ひらいし たかひこ)さん
地球環境戦略研究機関参与。東京大学工学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。環境庁にて有害化学物質、水質汚濁など、さまざまな分野の公害対策に従事。ケニア大使館、経済協力開発機構(OECD)を経て、国連環境計画(UNEP)事務局にて環境アセスメント・情報局長などを歴任。1999年より2015年10月まで気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に参画。IPCC国別温室効果ガスインベントリータスクフォース共同議長を務めるなど、日本人で唯一のビューロー委員として活躍した。
梅村学園三重中学校・高等学校
科学技術部は、地元の方々と協力しながら、地元の松名瀬干潟にて生物相調査を毎月行い、その結果を学内外で発表している。また、そこで得た知識と経験を活用して、干潟の観察会のプログラムを作成し、自ら講師も務めている。県内における環境活動を促進し、持続可能な社会の構築につなげていくことを目的とした「第3回みえ環境大賞」を2014年に受賞。

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