特集/シンポジウム報告 人間と地球のための経済 ~経済学は救いとなるか?~<基調講演>
グローバリゼーションと地球の限界下における持続可能な経済と社会

2016年06月15日グローバルネット2016年6月号

コロンビア大学教授
ジョセフ・スティグリッツさん

特集/シンポジウム報告
 人間と地球のための経済 ~経済学は救いとなるか?

宇沢弘文教授 メモリアル・シンポジウム

故・宇沢弘文東京大学名誉教授の追悼シンポジウムが3月16日、国連大学で開かれました(主催:宇沢国際学館)。宇沢氏の教え子で、2001年にノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授の基調講演、ゆかりの人たちによる講演やパネルディスカッションの要旨を紹介します。要旨の作成にあたっては(株)東洋経済新報社のご協力をいただきました。

今から51年前、当時シカゴ大学の教授を務められていた宇沢弘文先生から、後に一緒にノーベル賞を受賞することになるジョージ・アカロフ教授(カリフォルニア大学バークレー校)と私はシカゴ大学に招かれました。先生は若い経済学者を全米からシカゴに集め、シカゴを世界の数理経済学の知の集積地にしようと考えられたのです。私たちは先生の門下生として、経済学の話だけでなく、環境問題、人生観、日本の復興、日本が進むべき将来の道筋などについて伺いました。私は後の人生で環境問題に深く関わるようになるにつれ、宇沢先生が果たされた役割や人生をかけた研究について考えました。今日はそのテーマについてお話したいと思います。

現在、私たちはプラネタリーバウンダリー(人類が生存できる範囲の限界)を越えて生きています。グローバリゼーションが進む中で、持続可能な経済と社会をプラネタリーバウンダリー内でどのように実現するか、という課題に直面しています。

各国の温室効果ガスの抑制気運を高めたパリ会議

2015年12月にパリで開催された国連の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、温室効果ガスの排出量を、産業革命以後の気温上昇が2℃に収まるレベルに制限するとの合意が得られましたが、自主的な取り組みに委ねられているので、その実現の保証はありません。法的義務のある合意を得られなかった最大の障害は米国とその議会、気候変動を否定する共和党です。

しかし、重要な成果も得られました。それは温室効果ガスの排出量制限に向けて各国が動き出す機運が高まったことです。二酸化炭素排出への価格付け(炭素価格)がやがて導入されることが明らかになりました。炭素価格の導入によってより多くの企業が排出量の削減に向けて行動を起こさざるを得なくなるでしょう。

スティグリッツ教授

真の課題は、気候変動の問題に世界的に公平な方法で取り組み、プラネタリーバウンダリーの範囲内で成長を持続できるのか、ということです。それは疑う余地なく可能だと思います。問題は現在の世界を取り巻く政治情勢がそれを許すかどうかという点です。

これ以上の成長は必要ないという人もいますが、あえて言うと継続的な成長は必要です。世界人口の半分に当たる貧困層の人たちが必要最低限の生活水準に達するまでの成長が必要です。その成長が現在よりはるかに小さな環境負荷で成し遂げられるよう、今後の経済成長は今の構造とはまったく異なるものにする必要があります。

炭素価格の導入が低炭素社会実現への道

広い視野で見た場合、世界が直面している最大の課題は気候変動です。この課題について世界を取り巻く雰囲気は、誰もが大気という地球公共財の恩恵を受けたいと思ってはいても、誰もそれを保護するための対価は支払いたくない、というものです。どうやって負担を分配するのかが経済学上問題となっており、貧しい国に成長をあきらめさせ、一方で豊かな国がぜいたくを続けるのは道徳的に間違っています。

世界的公共財の利用に関しての基本原理として、自主参加方式というのはこれまで機能してこなかったことは明らかで、パリ会議で合意された温室効果ガス削減の自主参加方式も機能しないでしょう。選択肢として炭素価格があり、大多数の経済学者が炭素価格の設定が温室効果ガスを抑制する最善の方法であることに合意しています。この課金によって税収は大幅に増え、所得税などの他の税金の削減も実現できます。

経済学の基本原理は単純で、良いものに課税するより悪いものに課税するべき、ということです。今日、日本は税収をいかに増やすか悩んでいますが、本格的な炭素税の導入は税収を増やし、経済効率も全体的に向上し、企業が炭素価格の導入のために新たな設備投資を行うことで、雇用も増えるでしょう。環境改善、税収増、総需要拡大という三つの問題を一度に解決できる方法です。

炭素価格を導入していない国からの輸入に対しては国境で課税(国境調整税)することにより、炭素価格を導入していない国にも炭素排出の削減に貢献させることができます。このような税制は世界貿易機関(WTO)でも法的に認められています。

一方本当に危険なことには、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が発効すると、各国での炭素関連の規制や炭素価格導入が、多国籍企業の反対で困難になるかもしれない、ということです。

低炭素社会への願望が世界で共有されれば実現は可能

世界規模で気候変動に取り組む効果的で公平な手法にグリーンファンドがあります。先進国が炭素価格の導入によって得た収入の、例えば20%をグリーンファンドとして拠出し、発展途上国が気候変動に取り組むための融資に回せば、差異ある責任分担といわれる制度の実行に使うことができます。

炭素価格を導入した豊かな国々の有志国連合は、貧しい国々が連合に加盟し、炭素の価格を他の国々と同等に設定した場合にのみ、資金を提供することとします。この仕組みは経済成長と矛盾していないばかりでなく、経済危機の後遺症のため総需要が不足している場合でもさらに大きな効果を発揮します。

GDPの成長とグローバリゼーションによって現在の経済成長が計測されていますが、同時に前例のない環境破壊を引き起こし、私たちは地球の限界を超えた生活をしています。貿易協定、とくに新たに導入されようとしているTPPは、環境保護対策を制限し、状況をさらに悪化させるでしょう。しかし、グローバリゼーションと技術の発展は私たちがプラネタリーバウンダリーの範囲内で生きていく新しい世界を切り開くものでもあるのです。

世界中で持続可能な未来世界への強い願望が共有されれば必ずそれは実現可能です。しかし新しい世界を実現するために必要な変化は単独で起こることはありません。私たちがこれまで起きてきたことを振り返り、将来への選択肢があることを理解して初めて実現するのです。

ここに研究者の重要な役割があります。研究者はこれまで起きてきたことの具体的理解を助け、政治的制約に影響されることなく考察できるからです。われわれ研究者の関心事は、社会において善なる存在でありたいということです。その観点から研究者は社会の中でも数少ない貴重な存在であり、共通の目的に向かって協力して取り組んで初めて新しい世界は作られるのです。

宇沢弘文という研究者の一生は、いかにこれを成し遂げたかの証左といえます。研究者の役割がどうあるべきか、そしてどのように演じられたかを教えてくれています。先生は私自身、そしてこれから何世代も続く後進の研究者たちに模範を示して下さったのです。

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