USA発サステナブル社会への道 ~NYからみたアメリカ最新事情第9回/トランプ政権による米連邦気候変動対策への影響
2017年01月15日グローバルネット2017年1月号
FBCサステナブルソリューションズ代表 田中 めぐみ(たなか めぐみ)
1月20日、トランプ政権が発足する。ブッシュ(子)政権時代の2007年以来、10年ぶりにホワイトハウスと上下両院すべてが共和党となる。これにより、現在欠員のある最高裁判事には保守派の人物が就任するとみられ、化石燃料業界の支持を得た共和党が行政・立法・司法のすべてを治めることで、今後4年ないし議員選のある2年後まで、連邦政府の気候変動対策は後ろ向きになることが予想される。
トランプ次期大統領は当選前、気候変動は作り話だと公言していたが、当選後はオープンマインド(先入観を抱かず学ぶ姿勢)であり人為起源の側面もあると大きく意見を変えている。当選前のもろもろの発言は選挙対策に過ぎず、就任までに改めて国内外の問題を学び、政策を決めていくことになるとみられる。今後の動向は依然不透明だが、主要閣僚候補の顔ぶれなどから、ある程度方向性が見えてきた感がある。
指名された候補は、各領域の専門外もしくは敵対する人物が多く、既存の仕組みを覆したい思惑が見て取れる。気候変動対策に関わるポストには、化石燃料業界につながりのある人物が指名されている。
外交を担当する国務長官には石油大手エクソン・モービルCEOのレックス・ティラーソン氏、環境政策を担当する環境保護庁長官には、同庁に対して度々訴訟を起こしているオクラホマ州司法長官のスコット・プルーイット氏、核安全保障・先端科学技術・エネルギー政策などを担当するエネルギー長官には、テキサス州で石油・ガス・風力発電を促進した経験のある元知事リック・ペリー氏、国有地の管理を担当する内務長官には、国有地の売却に反対し、油井・ガス井のメタン排出規制にも反対するモンタナ州選出の共和党下院議員ライアン・ジンキ氏が指名されている。
閣僚候補の気候変動への姿勢
ティラーソン氏は、エクソン・モービルに40年以上勤務しCEOに上り詰めたたたき上げだが、気候変動には比較的柔和な姿勢を見せている。2006年のCEO就任後、同社はそれまでの態度を一変して気候変動によるビジネスリスクを認め、パリ協定への支持も表明している。しかしながら、競合のBPやシェルなどのように低炭素エネルギーへの転換を積極的に推し進めているわけではなく、動きは遅い。外部からの圧力を緩和するための表向きの対策に過ぎないとの見方もある。指名時の声明では「気候変動による社会や生態系へのリスクが重要であることは明らかだが、このリスクに対処する一方、経済発展や貧困撲滅、公衆衛生といった世界的な重要事項の進歩を止めない戦略を開発・実装するのが賢明だ」としている。国務長官として気候変動対策に一定の理解を示すとみられるが、石油産業に有利な外交を行うことは間違いないだろう。
環境保護庁長官に指名されたプルーイット氏は、パリ協定の遵守に不可欠な国内発電所のCO2排出削減規制策クリーンパワープランを違法として、他26州とともに同庁に訴訟を起こしている。メタンや窒素酸化物の排出規制などに対しても同庁を訴えており、大気や水の保護は必要だが連邦政府ではなく各州が規制すべきだと主張している。同氏はエネルギー業界とのつながりが深く、業界から多額の寄付を得ているほか、石油・ガス会社の弁護士が用意した規制への抗議文をほとんど手を加えずに州の意見として環境保護庁に提出し、メディアから非難されたこともある。指名時には、「アメリカ国民は、不必要な環境保護庁の規制によって数十億ドルもの経済損失を垂れ流してきたことにうんざりしている。責任ある環境保護とアメリカ産業界の自由の両者を促進すべく、当庁を運営していく」と述べているが、産業界の自由を優先するとどうなるかは自明だろう。同氏の地場であるオクラホマ州では近年地震が頻発し、石油・ガス掘削後の排水注入との因果関係が指摘され、州が規制を強化している。同庁は、私利を優先しがちな産業界から環境と市民の健康を守るために存在する。長官として両者のバランスをどう取るのか、手腕が問われる。
エネルギー長官に指名されたペリー氏は、2000年から3期14年にわたるテキサス州知事時代、シェール革命と風力発電ブームを後押しした実績がある。税控除などにより州内の石油・ガスの掘削事業を急増させるとともに、風力送電インフラの建設に70億ドルの州税を投じ、風力発電容量で全米一の州となるべく助力した。就任初期は石炭火力の促進や原発の新設を支援していたが、シェール革命後は勢いを弱め、昨今は二酸化炭素(CO2)回収技術の開発を支持するなど気候変動対策に理解を示している。特定の業界と強いつながりがあるというよりも、エネルギー価格の安定と経済発展に貢献するのであれば資源の種類は問わない姿勢がうかがえる。ただし、エネルギー省の業務は、エネルギー政策よりも核安全保障や先端科学技術研究が中心であり、オバマ政権では科学者が長官を務めていた。政治家のペリー氏が米国の科学技術分野をけん引できるのか懸念される。
内務長官に指名されたジンキ氏は、オバマ政権が棄却したキーストーンXL原油パイプライン敷設計画をはじめとする国有地での石油・ガス掘削や石炭採取を支持する一方、国有地の売却には強く反対している。共和党が国有地売却を党綱領に入れることが決まると、反意を示すために綱領策定委員を辞任し、共和党議員としては珍しく土地・水保全基金への投資も支持している。環境保全には肩入れするが、オバマ政権の規制は行き過ぎとして規制緩和の必要性を主張している。
環境団体はこれらの人事に反意を唱えているが、気候変動対策に理解のある人物も選ばれており、当初懸念されていたほどひどい人選ではないとの見方もある。
懸念される連邦政策の行方
連邦気候変動対策でとくに懸念されるのは、パリ協定離脱の可能性、クリーンパワープランの行方、再生エネルギーの税控除策廃止の可能性だが、昨年末の国会で3~5年の延期が可決された再生エネルギー支援策さえ維持できれば、最悪の事態は免れるとみられる。次期大統領は政治経験がないゆえに化石燃料業界との強い癒着がなく、議会を通していないパリ協定の批准を大統領権限で離脱する可能性は低い。たとえ離脱を表明しても、批准後3年とその後1年の計4年間は離脱できないよう抑制措置が設けられている。クリーンパワープランは、最高裁で違憲の判決が出ることが予想されるが、エネルギー情報局の試算では、同政策がないシナリオでも排出量の削減は進むとしている。すでに天然ガスと風力発電に対する石炭火力の価格競争力はなくなっており、市場原理として石炭産業の衰退は免れない。排出規制を強化する州や再生エネルギー比率100%の目標を掲げる企業も増えており、米国社会が低炭素化に向かっていることは明らかである。共和党政権ゆえに排出規制の緩和は避けられないだろうが、市場動向として脱炭素の道筋がそれることはないとみられる。クリーンエネルギーの促進により遅れを取り戻すことも不可能ではないだろう。
選挙後、マイクロソフト創始者のビル・ゲイツ氏をはじめ世界の富豪が名を連ねる投資家集団ブレークスルー・エネルギー連合が、次世代クリーンエネルギーを開発するベンチャー企業に対し、新たに10億ドル投資することを発表した。短期利益を重視しない良識ある投資家が増え、市場がクリーンエネルギーへの移行を望んでいることがうかがえる。
新政権への反対勢力の動きも活発になってきている。選挙後、環境団体は寄付集めに奔走しており、今後ロビイングが強化されることが予想される。リベラル派メディアは、躍起になって気候変動対策の重要性を報道している。気候変動対策を支持するニューヨーク州司法長官は、環境保護庁長官の指名にあたり「同氏の下で環境保護庁が環境法の維持を怠れば、司法局の全権力を使い強制的に施行させる」と声明を出している。
連邦規制に期待できないからこそ、企業や自治体や市民の力で気候変動対策を盛り上げようとする機運が高まるのだろう。化石燃料業界を批判するのは簡単だが、化石燃料を使わずに生活することは難しい。目指す社会を明確にし、各人が行動を起こすためにも、トランプ政権は必要だったのかもしれない。