新連載 2020東京大会とサステナビリティ ~ロンドン、リオを超えてキーパーソンに聞く第1回 ゲスト 大津 克哉さん聞き手:羽仁カンタさん(SUSPON代表)
2017年01月15日グローバルネット2017年1月号
東海大学体育学部スポーツ・レジャーマネジメント学科准教授
グローバル・スポーツ・アライアンス(GSA)プロジェクトマネージャー
大津 克哉(おおつ かつや)さん
2020年東京オリンピック・パラリンピックは、その先の日本と世界に持続可能な社会というレガシーを残せるのか――。2020年の先の持続可能な社会の実現を目指した「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPO連絡会」通称SUSPON代表の羽仁カンタさんが、スポーツ、環境、人権などサステナビリティに関わるキーパーソンにインタビューする新連載です。
スポーツと環境問題
羽仁 僕は30年ほど前にアメリカの大学で勉強して日本へ戻り、1992年のブラジルで開催された地球サミットに向けた国際青年環境協力キャンペーンの日本窓口としてA SEED Japanを立ち上げ、現在はとくにごみ問題に注目しiPledgeという団体で活動しています。そしていま東京オリンピックを前に、SUSPONを立ち上げ、メンバー団体が定期的に組織委員会や東京都などと議論をしています。
大津先生は、スポーツと地球環境問題に関する意識調査結果をまとめた「スポーツを愛するものとして知っておきたいこと」で、アスリートやスポーツ愛好者がもっと積極的に環境に関わるべきだという提案をされています。この調査結果を見て、僕はブラジルのサッカー選手のペレは「世界中にはスポーツ愛好家が10億人もいるんだから、その人たちが皆環境を大事にしようと言えば、地球環境はすごく良くなるだろう」と言ったということを思い出しました。オリンピックがレガシーを残すために、日本のアスリートやスポーツ界がこの先どうなるべきだと思いますか。
大津 調査の目的は多くの人にスポーツと環境の関係性を認識してもらうことでした(図)。地球環境の悪化はスポーツの存在自体に関わる重要な問題であるにもかかわらず、日本のスポーツ研究の分野においては「スポーツと地球環境」の問題に関する研究がほとんどなされていません。例えば、スポーツを専門に学ぶ体育学部の学生にスポーツと環境にどんな接点があるかと質問を投げかけても、温暖化が進むと雪が降らなくなり、ウィンタースポーツが制限される、大規模なスポーツ施設の開発が自然破壊につながる、という程度。自分の専門種目や好きなスポーツに落とし込んでどう接点があるのかというところが、ぴんとこない。
羽仁 スキー場やスタジアムを建設するときに環境破壊が起きるというのはわかりやすいと思うんですが、スポーツ選手自身がスポーツをするときにどんな環境破壊を起こすことがあるのかというと、あまりぴんとこない。そういうのもふくめて考えなきゃいけないという問題提起ですね。
オリンピックでなぜ環境に取り組むのか?
羽仁 最近のオリンピック大会では環境への取り組みも重視され、開催の目的の一つに「環境」が入っていますよね。理由は何ですか?
大津 1976年にアメリカ・デンバーで予定されていたオリンピック冬季競技大会が返上されました。経済的な問題もありましたが、環境破壊の点で、環境保護団体から批判を受けたのです。この事例から学ぶことは、スポーツは何でも許されるんだというスポーツ活動の優位性を改めなければならないということ。スポーツに伴う一連の行動が他者に不快感を与えていることを自覚して、マイノリティーの存在にも配慮しなければなりません。環境への配慮についてはようやく一般社会の変化に伴ってスポーツ界も追随したのだと思います。
羽仁 国際オリンピック委員会(IOC)がオリンピックを開催するにあたって環境に配慮せよと言っているのは素晴らしいことです。他にはそういう競技大会はありませんので、僕らNGOにとっては追い風になります。
大津 オリンピアン(オリンピック出場経験者)をはじめ、スポーツ選手には、ロールモデルとしての立場を担う役割が求められます。とくにアスリートは、技術的、商業的成功がもたらす社会的影響力を使って、自らが手本となりファンの人たちに環境メッセージを発信し、環境の大切さを伝えることが重要になります。
また、スポーツ競技団体もイベント開催による商業的な成功だけでなく、スポーツの社会的価値を高めるためにも、競技における環境負荷を低減させる役割が求められます。中でも典型的なのが、IOCの取り組みですね。IOCは1990 年代初頭から「スポーツ」、「文化」に続いて「環境」をオリンピズム(オリンピック精神)の3本柱として、地球環境への最大限の配慮の下でオリンピック競技大会を行うことを公表しました。オリンピズムの根本原則などを成文化した「オリンピック憲章」では、IOCの役割について、「環境問題に対し責任ある関心を持つことを奨励し支援する。またスポーツにおける持続可能な発展を奨励する。そのような観点でオリンピック競技大会が開催されることを要請する」と示されており、持続可能性に対する責任が明確化されています。このように、自然の保全や環境保護の義務は一般社会だけでなくスポーツ界も例外じゃないことがわかります。
羽仁 オリンピックをきっかけにして、スポーツをする人たちや関連する人たちがもっと環境を意識する。それもレガシーの一つにしたいですよね。
オリンピズムに込められた平和への思い
大津 さまざまな競技の世界一を決める世界選手権とオリンピック競技大会には大きな違いがあるんです。オリンピズムを解釈すると、オリンピック大会はスポーツを通じた教育活動の場であり、平和の希求が目的です。オリンピックの理念を世界中の人々と共有するために開会式や閉会式が開かれているのも特徴です。
サッカーワールドカップなどの大会では初戦のチケットを持っている人は試合前に行われるセレモニーも見ることができます。でも、オリンピック大会は開会式と閉会式のチケットを観戦チケットとは別に販売しています。開会式や閉会式はその国の文化を知ってもらうという意味があるんです。選手村で世界各国の選手が寝食を共にするのも平和への希求が目的です。2016年8月のリオデジャネイロ大会では北朝鮮と韓国の女子体操選手が一緒に写真を撮り、世界に協調と融和の形を披露した場面がありました。
羽仁 普通ではあり得ないことがオリンピックの場では起こるということですね。
大津 はい。それがオリンピック大会の目指すところです。そもそもフランスのクーベルタン男爵が近代オリンピックを1896年にスタートさせました。19世紀の古代遺跡の発掘ブームでオリンピアの発掘が始まり、4年に一度祭典(競技大会)が開かれていたらしいとわかった。祭典の期間は、主催する地域に武器を持って入ることや、死刑執行や争い事も禁じました。エケケイリア(聖なる休戦)と呼ばれています。平和への祈り、戦争状態の中で求めたひとときの平和なのでしょうね。
さて、古代オリンピックの歴史は、紀元前776年にスタートして、4年に一度の開催がどれくらいの期間続いたと思いますか?
羽仁 1,000年くらいかな。でも人間は争い事が好きだからそんなに続いていないかな。
大津 じつは古代オリンピックは、紀元前776年から紀元後393年まで約1,200年続いていました。近代オリンピックの祖クーベルタンは、教育に関心を持ち、留学先の英国で、スポーツを通じた人間形成を目指すという体育の授業を目の当たりにしました。そこで、「古代ギリシャで行われていたオリンピックの制度を復活させて、スポーツによる教育の改革を世界に広めてはどうだろうか。これは世界の平和に貢献するに違いない」と現代への復活を考えたのです。
他の競技団体とIOCが決定的に違うのは、クーベルタンの思想に基づくオリンピズムという理念があることです。「スポーツで教育することによる世界規模での教育改革」を目指した彼の教育的ビジョンは、2020年に向けた「国民の教養」という無形のレガシーとして継承し、今後の教育現場での実践にも大きな期待が持たれることでしょう。
環境問題の解決に貢献するスポーツのあり方
羽仁 大津先生が所属する学科では何を教えているのですか?
大津 私が所属している「スポーツ・レジャーマネジメント学科」は、日本で唯一の学科です。スポーツのマネジメントにおいては、近年、他の大学などでも新設されていますが、当学科はその守備範囲がスポーツのマネジメントのみならず、登山や祭り、さらには家庭菜園や日曜大工に至るまでのさまざまな人間の活動を取り込んで「スポーツ&レジャー」と呼んで考えていこうという試みです。
スポーツには、自らするスポーツもあれば、見るスポーツ、学ぶスポーツ、支えるスポーツもあります。例えばスポーツチームに就職してチームのファンを増やす方策を考える、広告代理店や新聞・雑誌などでスポーツを広めることに関心を持つ学生など多様ですが、縁の下の力持ち、下支えが共通のキーワードになっていますね。人間に充実した時間をもたらし、生きているということが実感できるような「生き方」を学生とともに考えるユニークな学科です。
羽仁 大津先生のところにいる学生さんは必ずしもスポーツと環境の関わりを学びに来ているわけではないですよね?
大津 そうですね。体育学部には中学・高校の保健体育科の教員を目指している学生も多く在籍していますが、彼らにしてみても、まさか体育の時間に環境の話が出てくるとは思わなかった、という感じです。理科や社会の先生ではなく保健体育科の先生も環境問題にアプローチできる。むしろ身体を動かしているときに環境との関わりを肌で感じていると思うので、そういう先生になってね、と話しています。
羽仁 そんな先生に会いたいですね。スポーツを教える先生がそういうことを言い始めたら子どもたちの意識も変わっていきますね。
大津 私が学生によく言うのは、スポーツを通じて環境問題に取り組む新しい社会づくりの力は「人数×意識×行動」だということです。学生は地球環境問題について知識は持っているんです。「スポーツと環境」の「スポーツ」はひとまず置いておいて環境問題を整理しようかと投げかけると、環境問題をたくさん書き出してくれる。しかし、それとスポーツとがリンクしない。けれど授業を展開していくと、持っている「知識」が「意識」に変わる。そして、自分にできることはなんだろうかと、自分のアクションに落とし込んだり、それを周りの人に伝えていくと、その社会づくりの力、変えていく力になるんじゃないかと思います。ですから自然環境や社会環境、マイノリティーの存在、動植物も含めて他者への配慮が私たちスポーツ界の規範になるとき、スポーツ界は世界を救える役割モデルになるんじゃないかと私は思っています。
そのきっかけは私が大学院のときに、国連環境計画(UNEP)が発刊したD・チェルナシェンコが書いた『Sustainable Sports Management』と出会ったことでした。彼は、もはやスポーツは、ある種の倫理観やモラルがなければ、参加者の健康や地球環境に対して悪影響を及ぼすとまで言っています。小さな頃からスポーツをしていた私をギクッとさせたんです。それでこういった領域に興味を持ったんです。
東京大会にリユース食器導入を
羽仁 僕は1998年ごろから、洗って繰り返し使えて落としても割れないプラスチック製カップ、リユースカップをイベントに導入しごみを減らそうという活動をしています。iPledgeが手がけたこれまでで一番大きなイベントは、2005~2012年まで8年間続いたap bank fesという野外音楽イベントです。リユース食器は他にも2014年から京都の祇園祭で使われていますが、爆発的な広まりはあまり日本では起きていないんです。そんなとき、フランスのエコカップ社という会社の取り組みを聞きました。2015年パリの気候変動枠組条約会議やサッカーのUEFA欧州選手権でリユースカップの導入を請け負っている会社です。昨年11月、ベルギーにある洗浄工場と倉庫の見学、ラグビーの試合で実際に8万個のリユースカップがスタジアムで運用されるのを見てきました。このフランスでの運用には、日本の私たちの運用と違うところがありました。日本の場合は、使用したカップをできるだけ回収するようにしています。エコカップ社の場合は導入したカップの80%くらいが戻ってこないんです。
大津 それはカップに記念になるような絵が描かれていたりするからですか?
羽仁 そうです。選手の顔写真やオフィシャルロゴ入りのノベルティ的な位置付けがされています。デポジット代は、日本では1個100円に対して2~3ユーロ(約230?360円)と高いので、カップを回収しなくても金銭的には損失が出ないんです。その仕組みでフランスからベルギー、オランダ、スペインでも少しずつ普及し始めているんです。
僕自身は欧州式と日本式の良いところを取るのがいいと考え、皆さんと議論していこうと思っています。国内外から多くの人が来場する東京大会の場合を考えると、大会のオフィシャルロゴが使えるのであれば、「これは記念に持ち帰りたいな!」と思うような格好いいカップが作れればと思ったりします。私たちSUSPONも、スタジアムでのごみを減らすことだけでなく、未来につながるスポーツと環境の取り組みと位置付けてレガシーを残していきたいと思います。
大津 平和と環境を掲げるオリンピックはまさにそういった場にふさわしいです。
羽仁 戦争していたらスポーツはできません。そういう意味でもスポーツは戦争を止める平和の活動であり、環境を守る活動でもあるんだ、スポーツをするということは環境活動家でもあることなんだ、と5年後くらいには言っていてもいいかもしれないですね。
大津 ええ、今すぐ言いたいです(笑)。
(2016年12月2日 東海大学湘南キャンパスにて)
持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPO 連絡会(SUSPON)
2020 年の東京オリンピック・パラリンピックを持続可能な大会とすることをきっかけに、その後の東京、ひいては日本や世界の持続可能な社会づくりにつなげていくことを目指し、関心を寄せるNGO/NPO がお互いに情報交換をしつつ、自ら当事者として活動し、関係団体や企業に働きかけていくことを趣旨としたNGO/NPO ネットワーク。1 つにまとまることでNGO/NPO が持つネットワークや横のつながりを活かして、分野を超えて幅広い視野で問題を捕らえ、解決していきたいという想いで発足した。2017 年1 月現在14団体(2016 年12 月末現在)だが、今後参加団体を増やし、多くの課題解決ができるネットワークに成長させていこうとしている。詳しくはhttp://suspon.net/。