フォーラム随想トランプ米大統領パリ協定離脱 デジャビュ
2025年03月14日グローバルネット2025年3月号
千葉商科大学名誉教授、「八ヶ岳自給圏をつくる会」代表
鮎川 ゆりか(あゆかわ ゆりか)
トランプ米大統領は、就任後即座にパリ協定から離脱する大統領令に署名した。2001年に米大統領に就任した共和党のブッシュが就任早々、京都議定書から離脱したあの当時のことが、よみがえってきた。あぁ、デジャビュ。
京都議定書の時はパリ協定と異なり、まだきちんとした形ができておらず、ルールの詳細部分を交渉していたため、混乱を極めた。特に議定書の発効は、55ヵ国以上が批准し、先進国の1990年におけるCO2排出量の55%を占める国々が批准書などを国連に寄託してから90日目に効力を持つ、というものであった。米国はその当時も今も、先進国では最大排出国で、日本はそれに次ぐ。
日本経団連をはじめとする産業界は、そもそも最大排出国の米国が抜けたら、京都議定書の実質的効力はなくなり、エネルギーや経済競争力の観点からも米国より不利になると主張し、米国が参加しないなら、日本も参加すべきではないと論を張った。
もし日本も米国に倣って離脱してしまっては、初めて先進国に法的拘束力を持つ削減目標を掲げた京都議定書が崩壊してしまう。EUは日本も離脱しかねない状況に危機感を募らせた。
私は当時、WWF(世界自然保護基金)ジャパンで気候変動担当をしていた。WWFは「アメリカ抜きでも発効を」という立場で、それにのっとった政策を取るよう、本部から指示が出た。また資金も送ってきて、日本で京都議定書発効への機運をつくるのが私の任務となった。
WWFはCAN(気候変動アクションネットワーク)という世界の環境NGOから成るグループに属しており、まずCANとして日経新聞に「アメリカ抜きでも京都議定書発効を」という意見広告を載せた。また、京都議定書に加わって気候変動対策に取り組んだ方が経済的にも「得をする」という委託研究を行い、『京都議定書の経済的効果』を発表した。さらに1997年の京都会議に向けて出した『日本におけるCO2削減のためのキーテクノロジー政策』のアップデート版も発表した。
産業界からは、京都議定書発効に前向きな企業に名乗り出てもらい、それらの企業名を発表した。第一に名乗り出たのは、エプソンで、次はリコー株式会社だった。グローバルに活動している企業は、こうしたことに敏感だ。
日本の国会議員も総じて前向きで、2001年4月には衆議院も参議院も、「京都議定書発効のための国際合意の実現に関する決議」を全会一致で採択した。
こうして7月、「COP6再開会合」へ臨んだが、なぜ「再開会合」なのか。前年の2000年11月にオランダ、ハーグで開かれたCOP6は、吸収源をどこまで認めるかなど細部でもめ、結局合意文書ができなかったからである。折しも米国は大統領選挙の最中で、共和党のブッシュに対し、民主党はアル・ゴアが立候補していたが、なかなか結論が出ず、会議の終盤、ブッシュの当選が確実となった。
COPの「失敗」を目の当たりにした政府代表団、環境NGO、ビジネス関係者など、暗たんたる気分で、どんよりと曇ったハーグの海岸の寂しげな風景を思い出す。
パリ協定は今後どうなるのか。京都議定書の場合、アメリカでは国が抜けても、州や市長など自治体レベルで、首長を中心に「京都議定書を実行しよう」という運動が起き、その輪が全国に広がった。企業も世界市場を意識して独自の対策を取り、政府に排出量取引制度を作るよう迫り、日本国以上の活動が展開された。
こうした動きを受け、オバマ政権は、世界のすべての国が参加できる枠組みを作ろうと中国と交渉し、2015年にできたのが「パリ協定」である。
アメリカがどうなるかはわからないが、気候危機は迫っている。黙々と独自の努力を積み重ねるのが、締約国の義務だろう。