INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第87 回 「美しい中国」の建設
2024年12月16日グローバルネット2024年12月号
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
最近の中国の政治文書や政策文書には「美しい中国」(中国語では「美麗中国」)とか「美しい中国の建設」というスローガン(理念)が頻繁に出てくる。10年以上前に私が最初にこの言葉を目にした時の印象は、何か叙情的な憧憬を描く文学的表現のように感じた。川にはごみが浮かび、水も臭く黒く汚れ、大気汚染もひどかった当時の中国の実態とかけ離れていたからであろうか。読者の皆様はこの「美しい中国」という言葉を聞いてどのような印象を持つだろうか。
日本でもかつて当時の安倍晋三首相が「美しい国、日本」をスローガンに掲げ、「美しい国づくり」プロジェクトを立ち上げたこともあった。しかし、首相の交代や政権交代もあり、いつの間にかフェードアウトしていった。日中の政治体制は根本的に異なるので単純に比較することはできないが、「美しい中国」のスローガンは息が長く、かつ深化、昇華してきている。今回はこのスローガンの登場から現在に至るまでの美しい中国の建設の進展についてレビューしてみたい。
1.政治文書での初登場
美しい中国というスローガン(理念)が重要な政治文書の中で初めて登場したのは、2012年11月に開催された中国共産党第18回全国代表大会(「十八大」)で胡錦涛総書記(当時)が読み上げた政治活動報告の中である。この報告では、5年前の第17回全国代表大会(「十七大」)で初めて登場した「生態文明」の理念をさらに深化させ、また、この大会で中国共産党の党規約の改正を行って「生態文明の建設」を党規約に盛り込んだ。美しい中国はこの生態文明の建設との絡みの中で執政理念として登場する。報告から関係部分を引用すると次のとおりである。
「我々は自然を尊重し、自然に順応し、自然を保護する生態文明の理念を樹立し、生態文明の建設を際だった地位に置き、さらにそれを経済建設・政治建設・文化建設・社会建設の諸方面と全過程に組み込み、美しい中国を築き上げることに努め、中華民族の永続的な発展を実現しなければならない。」
2.社会主義現代化強国目標への組み込み
2017年10月に開催された中国共産党第19回全国代表大会(「十九大」)で、習近平総書記は政治活動報告の中で、今世紀半ばまでの社会主義現代化国家の全面的な建設に向けての目標、タイムテーブルおよびロードマップを明確にした。今世紀半ばは中華人民共和国成立(1949年)から数えてちょうど百年になる。
具体的には、まず現在から2020年までは小康社会(ややゆとりのある社会)の全面的完成を目指し、次に2020年からは2つの段階に分けて計画することを提案した。第一段階の2020年から2035年までは小康社会の全面的完成を土台に、さらに15年奮闘して社会主義現代化を基本的に実現することとし、第二段階の2035年から今世紀半ばまでは現代化の基本的実現を土台に、さらに15年奮闘して富強・民主・文明・調和の美しい社会主義現代化強国に築き上げることを提案した。この第一段階の達成目標(2035年目標)の一つとして「生態環境が根本的に改善をみせ、美しい中国の目標が基本的に達成される」ことを挙げている。
3.全国生態環境保護大会での習近平の重要講話
2018年5月に習近平総書記・国家主席が出席して開催された実質第1回と位置付けられる全国生態環境保護大会は、後に非常に重要な大会として再認識されることになる。この大会で習近平総書記が話した重要講話は、後になって「習近平の生態文明思想」に昇華されるからである。この重要講話では、美しい中国に関連して次のように述べている。「生態文明体系を急ぎ構築することを通じて、2035年時点で生態環境質の根本的な好転および美しい中国に関する目標の基本的な実現を確保する。今世紀半ば時点で、物質文明、政治文明、精神文明、社会文明、生態文明を全面的に向上させ、グリーン発展方式とグリーンライフスタイルを全面的に形成し、人と自然が調和共生し、生態環境分野の国家整備体系および整備能力の現代化を全面的に実現し、美しい中国を建設する。」
4.第14次5ヵ年計画と2035年長期目標
2021年3月に開催された全国人民代表大会では国民経済と社会発展第14次5ヵ年計画と2035年長期目標について審議、採択されたが、2017年10月の「十九大」の決定を受ける形で、2035年長期目標の中に「グリーン生産生活方式を広く形成し、二酸化炭素排出がピークに達した後安定的に低下し、生態環境は根本的に好転し、美しい中国を建設するという目標を基本的に実現する。」と記載され、「十九大」の決定を踏襲した。
5.第三の「歴史決議」の中での位置付け
2021年11月に開催された中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議(六中全会)では、「党の100年にわたる奮闘の重大な成果と歴史経験に関する決議」(注:いわゆる第三の「歴史決議」。1945年毛沢東時代の「若干の歴史的問題に関する決議」、1981年鄧小平時代の「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」に続く中国共産党の歴史的問題に関する重要決議文書)を審議・採択した。この決議の中で美しい中国の建設に関して、「第18回党大会以来、党中央はこれまでにない力で生態文明の建設に力を入れており、全党・全国でグリーン発展を推進する自覚と主導性が著しく高まった。美しい中国の建設は重大な一歩を踏み出し、我が国の生態環境保護は歴史的、転換的、全体的な変化が生じた。」と評価した。
6.第20回全国代表大会(「二十大」)での進展
2022年10月に開催された中国共産党第20回全国代表大会(「二十大」)は、習近平総書記の第3期目続投を決めた大会として注目されたが、習近平総書記は政治活動報告の中で、2035年までの中国の発展の全般的目標の一つとして、「グリーンな生産方式・生活様式を幅広く形成し、二酸化炭素排出量をピークアウト後に安定の中で減少させて、生態環境を根本的に改善し、美しい中国の目標を基本的に達成する。」を挙げた。
7.2023年全国生態環境保護大会
2023年7月に開催された全国生態環境保護大会では、習近平総書記が今後5年間は美しい中国の建設における重要な時期であると強調した上で、「美しい中国の建設は社会主義現代化国家の全面的な建設における重要な目標であり、必ずや党の全面的指導を堅持・強化しなければならない。党中央と国務院は近い将来、美しい中国の建設の全面的な推進について系統的な任務配分を行う」ことを予告した。
8.美しい中国の建設の全面的推進に関する意見
予告どおりに2023年12月、中国共産党中央委員会と国務院の連名による「美しい中国の建設の全面的推進に関する意見」が提出され、2024年1月に公表された。この「意見」では2027年目標(美しい中国の建設に著しい成果を上げる)、2035年目標(美しい中国の目標を基本的に達成する)、さらには今世紀半ばを展望しての目標(美しい中国の全面完成)を提示するとともに、美しい中国の建設に向けた全体的要求、この目標を達成するために取るべき措置や行動等について33項目にわたり詳細に述べている。全体的要求では、質の高い生態環境をもって質の高い発展を支え、人と自然が調和、共生する現代化の実現に向けた美しい中国の建設の新たな構造の形成を加速させるとし、具体的には①全分野における転換、②全方位における改善、③全地域における建設、④全社会における行動を挙げている。
この政治的にハイレベルな「意見」が提出されたことにより美しい中国の建設は、理念から実践の段階に完全に移行したといえる。今後の動向に引き続き注目していきたい。