そんなに急いで どこへ行く?〜”夢の超特急”リニア沿線からの報告〜第5回 旧宿場町で水枯れ、水位低下(岐阜県)
2024年07月16日グローバルネット2024年7月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
●「天王様の井戸」が枯れた
閑静な山あいの盆地が揺れている。「リニア工事水位低下 瑞浪、共同水源など14ヵ所」――。リニア中央新幹線の地下トンネル掘削工事によって岐阜県瑞浪市大湫町の共同水源や井戸、ため池で水枯れや水位低下が起きていることが今年5月15日、中日新聞や岐阜新聞で報じられた。この報道を受けて、川勝平太知事辞職後の知事選の真っただ中だった静岡県や東京のキー局からも取材が押し寄せ、住民の不安や憤りが全国に伝えられた。
大湫町は中山道の宿場町として栄えた300人余りが暮らす小さな集落だ。被害が起きた当時、旧宿場町西側の地下110~150mで「日吉トンネル」(全長約14.5㎞)の掘削が進んでいた。JR東海や県の説明によると、被害は次のような経過をたどった。
今年2月20日、JR東海が設置した3つの観測用井戸で水位低下を確認。同月26日には5つの共同水源のうち「清水水源」が枯れていることがわかり、瑞浪市に報告した。住民へのアンケートや聞き取り調査の結果、4月下旬には計14ヵ所(井戸9、共同水源3、ため池2)の水が枯れたり減ったりしていることを確認し、応急措置として上水道への接続工事を開始。県に報告したのは5月1日。最初の確認から2ヵ月以上たっていた。同月13日には住民説明会が行われた。
枯れた井戸には、300年以上の歴史を持つといわれる「天王様の井戸」もあった。JR東海は「周辺で本工事以外に地下水に影響するような工事が行われていないことから、本工事による影響の可能性が高いと考えている」と工事と被害との因果関係を認めている。
リニア工事ではこれまで、1990年代からの山梨実験線(42.8km)建設工事で簡易水道の水源やモモなどの果樹の水やり、農薬散布に使っていた沢の水が枯れる被害が続発。実験線以外でも、長野県豊丘村の伊那山地トンネル掘削現場周辺で井戸の水が出なくなった例が少なくとも3件あることを、信濃毎日新聞が2022年8月に報じている。23年6月には同トンネル掘削の影響で同県大鹿村で2つの井戸の水位が2~5m低下したことをJR東海が公表した。しかし、今回のような大規模な被害が明らかになるのは初めてだ。
●「カエルの鳴き声が消えた」
筆者が5月16日に大湫町を訪れると、辛うじて水のたまっているため池の底にハッキリとひび割れの跡が見えた。近所の女性によると、いったん枯れた後、雨水がたまったという。この女性は「ウシガエルの季節なのに鳴き声が聞こえなかったので、池をのぞきに行ったらカラカラに乾いていて、オタマジャクシがカピカピになっていた。枯れたのは初めて」と驚いていた。池の端には「あぶない!ここであそばない」と溺れる子どもを描いた看板が掲げられていた。
母親の介護のため里帰りしている三輪均さん(72)宅を訪ねると、半世紀以上一度も枯れたことのない井戸が枯れたという。井戸水は生活用水に使ってきた。「水枯れの話が出たので見てみたら、1m10cmの深さまで水面が見えたが、今は5m20cmの底までなくなってしまった」と嘆く。トイレに使っている水道「東濃用水」を井戸水の管につなぐJR東海側の応急工事で急場をしのいだが、「井戸水は年中、一定の温度なので夏場は冷たく感じる。使えるようになったら使いたいけど、何年先になるかわからない」とこぼす。
田の見回り作業をしていた男性に声をかけると「田んぼの水の引きが早い気がする。まだ田植え前だが、これから田植えが終わって、何度も水を出し入れする時期にどうなるのか」と不安の色を隠せない様子だ。
日吉トンネル掘削工事現場では昨年12月上旬、湧水量の増加を確認。同月中には収まったものの、今年2月中旬には別の場所から湧水が発生し、7月に入っても止まっていない。湧水量は毎秒20ℓ、1日1,728t、25mプール約4杯分にも及ぶ。ところが、JR東海は湧水を止める作業を2月の湧水から3ヵ月間、一切行ってこなかった。減水効果があるとされる「薬液注入」を始めたのは、工事中断を公表した5月20日だ。
同月29日に開かれた岐阜県環境影響評価審査会地盤委員会では、委員長の神谷浩二・岐阜大教授(地盤工学)が、水位の低下が拡大してしまってから減水対策を始めたJR東海の対応について苦言を呈した。
「5月に入ってから減水対策するという対応が、ちょっと遅れている気がする。3月に減水対策するのと、今の状況から減水対策するのとでは、回復への時間軸がずいぶん変わってしまう。環境をいかに修復するかという視点が少し欠けているのではないか」。これに対してJR東海は「まずは地域の方の生活にご不便をおかけしないように応急対応ということで、上水道への接続などの対応をさせていただいた」と答えた。
JR東海の対応の不可解さはこれだけではない。被害が次々に広がり、住民に工事の中断を求められても、工事を続行したのだ。5月16日になって、丹羽俊介社長が記者会見で「中断」を発表したが、すぐにではなく集落の手前まで200m掘り進めてからだという。翌17日に瑞浪市の水野光二市長から「即時中断」を文書で求められ、その日にようやく中断するドタバタぶりだった。
工事を続けたことについてJR東海は「2月20日、観測井戸の水位の低下の傾向が見られた頃は、トンネルの地質が非常にぜい弱だったので、前方に掘り進んでからと考えた」と釈明しているが、ゴールデンウィーク明けにはぜい弱な区間は終わっていたという。
●「山全体が枯れている」
「工事を続けたために、被害が拡大したのでは」。5月29日の県審査会終了後、岐阜県内のリニア工事のトップ、梅村哲男・担当部長に質問を投げかけると「何とも言い難い」と答えに窮した様子。さらに問い詰めると「水位が低下したのは事実。工事は確かに続けておりました」とかたくなに認めようとしなかった。
薬液注入の効果が表れたとしても、地下水が回復するかどうかは未知数だ。県審査会で瑞浪市の正木英二・みずなみ未来部長は「地域を育んできた大切な資源や歴史を破壊しかねない重大な事態であり、元の環境に戻してということが住民の思い」と訴えたが、この席でJR東海は「湧水を止めることで地下水が少しでも回復することを期待しているが、必ずしもそうならない可能性があると考えている」と明言している。
トンネル掘削による地下水への影響を、JR東海もまったく予測していなかったわけではない。2014年8月に公表した環境影響評価書(岐阜県)では「トンネル工事及び鉄道施設(トンネル)の存在による地下水の水位ヘの影響は、(中略)断層付近の破砕帯※を通過する区間や洪積層の浅層部を通過する場合においては、一部の地下水の水位へ影響を及ぼす可能性があるものと予測する」としている。日吉トンネル着工前の16年10月に公表した「工事における環境保全について」には「事前に先進ボーリング等、最先端の探査技術を用いて地質や地下水の状況を把握したうえで、必要に応じて薬液注入を実施(中略)することにより、地下水への影響を低減できる」と記している。しかし、「公約」は果たされず、今回の被害を防げなかった。
※断層によって岩石が細かく砕かれた部分。浸透した雨水がたまるので、トンネル掘削により突発湧水が発生しやすい。
6月10日夜、一連の報道後初めての住民説明会が大湫町で開かれた。同月4日に長野県大鹿村で開かれたJR東海の住民説明会ではマスコミ取材が許されたが、こちらは報道陣をシャットアウトする厳戒ぶりだ。
「山全体が枯れている」。会場からは、JR東海が把握している以上に被害が拡大していることへの危機感を訴える男性の声が漏れ聞こえた。この男性が続けて「大湫の水は一番おいしいので、絶対に取り戻してください」と呼びかけると、住民から大きな拍手が沸いた。