環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ『64歳で生まれた』カーリさんの訴え

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

海象社
岸上 祐子(きしかみ ゆうこ )

ナチスのゆがんだ人種政策の犠牲

今年4月、ノンフィクション『私はカーリ、64歳で生まれた』(2021年、海象社刊)の著者、カーリ・ロースヴァルさんをアイルランドから招聘、講演に同行した。

彼女は79歳になるが、“出生の秘密”を知ったのは64歳の時だった。スウェーデンの孤児院から養父母に引き取られたが、就職の際に実はノルウェー生まれだと知らされた。赤十字を通じて実の母に会いに行ったものの、実母は事実を話すどころか一緒に親類に会いに行った時には、「あなたを知人として紹介する、娘と言ってはダメ」と念を押された。アイルランドに移住後、歴史の研究者に偶然出会い、ナチス・ドイツの育児施設「レーベンスボルン(命の泉)」生まれと知った。戦後の占領解放に伴うドイツへの憎しみから、協力者としてひどい迫害を受けた実母が真実を話せなかったことも理解できた。

ナチスはユダヤ人虐殺のホロコーストの一方でドイツ民族、特に優秀と信じ込んだアーリア人を増殖しようとした。レーベンスボルンは、親衛隊員(SS)と金髪・青い目などで選抜した女性との間の子どもを産み・育てる施設で、国内だけでなくノルウェーなど占領した国々にも設けられた。

ロシアによるウクライナ侵攻、パレスチナでのイスラエルの軍事行動など世界各地で人権が無視され、多くの人命が失われている。コロナ禍が一段落し、書籍発行から時間がたっていたが、カーリさんを招いたのは、ナチスのゆがんだ人種政策を知ってもらい、他民族への偏見や憎しみが悲劇につながることを知ってほしかったからだ。

環境を守ることは人権を守ること

環境問題に対処しないことも、後世の人権・生存権を奪うことになる。ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った言葉で、この三つの観点から企業に投資する「サステナブル(ESG)投資」が注目されている。

自然環境へ悪影響を与えることは大きな企業リスクとなるとの認識は定着しつつある。GSIA(世界持続的投資連合)によると、ポートフォリオの選択やマネジメントにおいて、ESGを考慮するサステナブル投資の総額は約4,660兆円で(2020年)、毎年10%程度の成長率となっている。

各国でESG関連のガイドラインや規制の整備が進む中、特に着目すべきはサプライチェーンにおけるESGマネジメントに関する各国の規制強化の動向だ。医薬・医療機器、農業・食品、半導体・デジタル技術、インフラ、エネルギー転換関連技術など、重要物資や基幹インフラ等に関連する部門でのサプライチェーンに関してESGマネジメントの介入が広がっている。

22年2月、EUで企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令案が採択された。バリューチェーンを通じ企業の持続可能で責任ある行動を促進することが目的だ。対象は環境の他に人権なども入り、企業のガバナンスが問われることになる。さらに、23年5月には森林や生態系の破壊に影響する製品に対する規制も採択された。パーム油、木材(紙パルプ含む)、コーヒー、カカオなどの製品あるいは原材料として扱う事業者が対処を求められることになる。自然環境だけではなく、森林伐採で影響を受ける先住民の人権の保護も入る。

次の世代に教訓を

カーリさんには、各地での一般の人への講演会のほか、首都圏の中学校や高校でも話してもらう機会を設けた。東京都港区立御成門中学校では、子どもの頃、教師からスウェーデン人ではないといじめられた自らの体験を基に「いじめは良くない。戦争も同じ。いじめや戦争のない世界を」と訴えた。生徒からの「暗い過去と向き合うのはつらいはずなのに、話すのはどうしてですか」との質問には、「あなたたちのような次の世代に伝え、間違ったことをしてほしくないためです」とにこやかに答えていた。

戦争、紛争、侵略……。当地はもちろん、他の地域でも将来世代まであらゆる生命を破壊し脅かし続ける最大の環境問題だ。

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