特集/ネイチャーポジティブ経済の実現を目指してネイチャーポジティブ経済移行戦略について~自然資本に立脚した企業価値の創造

2024年06月17日グローバルネット2024年6月号

環境省自然環境局生物多様性主流化室 室長
浜島 直子(はましま なおこ)

 今年3月29日、「生物多様性国家戦略」における2030年目標達成のための基本戦略の一つである「ネイチャーポジティブ経済の実現」の重点施策として「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で策定・公表されました。この戦略では、企業や金融機関、消費者の行動を変えて自然を保全する経済に移行するビジョンと道筋、そしてネイチャーポジティブの取り組みが企業にとって、単なるコストアップではなく新たな成長につながるチャンスであることを示し、実践を促しています。
 ネイチャーポジティブ経営の重要性がますます高まる中で、自然資本に立脚した企業価値をいかに評価し生み出すか、そしてどのような対応が企業に求められているのか、考えます。

 

2022年12月の生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)において、新たな世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。その中では、2050年ビジョンとして「自然と共生する世界」が、2030年ミッションとして「生物多様性の損失を止め反転させる」(いわゆる「ネイチャーポジティブ」)が、それぞれ掲げられました。

この新たな国際約束達成のための国内枠組みとして2023年3月に改定された「生物多様性国家戦略」の基本戦略3が「ネイチャーポジティブ経済の実現」です。基本戦略3の重点施策が「ネイチャーポジティブ経済移行戦略の策定」であり、環境省で設置した「ネイチャーポジティブ経済研究会」(竹ヶ原啓介座長〔株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所エグゼクティブフェロー〕)において議論を重ね、2024年3月、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で本戦略を公表しました。

本稿では、環境省がネイチャーポジティブ経済に取り組む狙いや移行戦略の概略をご紹介します。

なお、戦略策定に当たっては、「ネイチャーポジティブ経済研究会」やその下にテーマごとに設けた5つのコアメンバー会議において熱心にご議論・ご助言いただいたほか、多くの有識者・経済界の方々に個別にヒアリングに応じていただきました。

ネイチャーポジティブ経済の意義

豊かな生物多様性に支えられた自然資本は、人間が生存するために欠かせない安全な水や食料の安定的な供給に寄与するとともに、防災減災など暮らしの安全・安心を支え、さらには地域独自の文化を育む基盤となる恵みをもたらすなど、豊かな社会の礎となっています。一方、多くの経済活動が自然資本に依存しており、かつ自然資本は継続的に劣化しています。これはすなわち、経済活動の持続可能性が危機にさらされていることを意味します。

したがって環境省としては、ネイチャーポジティブ経済の実現が急務と考えています。ここで「ネイチャーポジティブ経済」とは、個々の企業が自社の価値創造プロセスに自然資本の保全の概念を取り込み(ネイチャーポジティブ経営)、そうした企業の取り組みを消費者や市場等が評価すること等を通じ、資金の流れの変革等がなされた経済を意味します。

国際統合報告フレームワーク(IIRC)でも示されているように、企業は自然資本を含む6つの資本を持ちます。自然も資本=“元手”となるものですから、その保全の概念を自社の価値創造プロセスに組み込まないと危ない(リスク)、あるいはもったいない(機会)といえます。本戦略では、BloombergNEFがまとめた海外で実際に起きている財務損失事例を引用した上で、以下の3点を示しました。

  1. 企業の価値創造プロセスとビジネス機会の具体例
  2. ネイチャーポジティブ経営への移行に当たって企業が押さえるべき要素
  3. 国の施策によるバックアップ

企業の価値創造プロセス

多くの企業は既にサステナビリティ経営、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資等の文脈で、自社にとってマテリアル(重要)な非財務的価値を価値創造プロセスに取り入れる努力をしています。自然資本についても、マテリアルと判断したものを価値創造プロセスに取り込む過程で、バリューチェーンにおける自然資本への負荷の把握のためのトレーサビリティの確保や自然資本の損失回避等の対応がなされ、そのことは調達リスクや災害リスクに対する企業のレジリエンスや事業の持続可能性の向上につながります。自社のリスクへの対応の過程で培った経験・技術は、製品・サービスとして提供することで他者のリスク対応に転用することで新たな事業領域となる可能性もあるでしょう。また、機会に着目した新規事業開発等も新しい価値創造につながり得ます。

世界では、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のフレームワーク等を通じた情報開示により民間資金の流れの変革を目指す動きが生じており、ネイチャーポジティブ経営に係る情報開示を通じ、資金の呼び込みや顧客獲得等が期待できます。また、地域住民との対話によって、地域における継続的・安定的な事業運営・市場獲得等も期待できるでしょう。

こうした価値創造プロセスの実現を支える基盤として、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の進展、科学的知見の充実、国際社会における適切な評価、消費者を含む取り組み機運の醸成・維持を位置付けています。

なお、ビジネス機会の具体例については、戦略の参考資料集(https://www.env.go.jp/press/press_03041.html)において、可能な限り定量的な市場規模推計とともに掲載していますので、是非ご覧ください。

企業が押さえるべき要素

本戦略では、経済界の皆さまのご意見を踏まえ、ネイチャーポジティブ経営に当たって企業が押さえるべき要素も示しました。

例えば「ミティゲーション・ヒエラルキー」(生物多様性に対する影響の回避・低減・相殺)の厳守です。すなわち自然を増大させる、いわばポジティブな取り組みのみでなく、優先順位としては日頃の事業活動で自然に与えている負荷の削減から試みるべきことです。これにより、せっかくの取り組みが「グリーンウォッシング」だとして批判されるリスクを減らすことができます。TNFDにおいてもミティゲーション・ヒエラルキーに当たる概念が掲げられています。

国の施策によるバックアップ

本戦略では、関係省庁の施策を、価値創造プロセスのステップごとに整理しました。

主なものとしては、2024年4月に成立した生物多様性増進活動促進法に基づく民間企業等の活動の推進、自ら土地を持たない者も活動に参加できる「支援証明書」制度の創設、TNFD等の情報開示やSBTs(Science Based Targets)for Nature等の目標設定に向けた支援、消費者行動に関するマーケティングデータの提供、互助・協業プラットフォームの創設、補助先への最低限の環境負荷削減の取り組み要請(クロスコンプライアンス)等があります。

また、自然の持つネットワーク性に鑑みて地域の計画への企業の取り組みの位置付けが有効であることが投資家からも指摘されており、環境省としても生物多様性地域戦略の策定支援等を行っていきます。

地域の目標が明確になると、それに紐付くファイナンス等も可能となり得ます。例えば京都府は「京都ゼロカーボン・フレームワーク」を実施しています。中小企業の脱炭素の取り組みを地域金融機関が支援するものであり、府が設定する総量削減目標を達成した企業に、資金使途制限も融資上限も無いサステナビリティ・リンク・ローンとして金利優遇等のインセンティブを付与する仕組みです。ネイチャーの世界でも、例えば水・土・樹木等、その量的・質的な影響を定量的に測れるものについて、こうした仕組みは十分に考えられると思います。

おわりに

われわれは水一滴、自然の営みが無ければ手に入れることができません。すなわち自然の毀損は事業の途絶に直結するリスクです。自然資本の保全・回復に取り組まないことによるリスクを正しく認識して対応し、取り組むことによる機会を捉えられる環境を整備することが、日本企業の国際競争力強化につながると考えています。

また、環境省だけでは手の届かない部分については、産官学民プラットフォーム「2030生物多様性枠組実現日本会議」(J-GBF、会長:十倉雅和会長〔日本経済団体連合会会長〕)の構成員たる業界団体、非政府組織(NGO)、自治体ネットワーク、ユース団体等に、国民各界各層への行動変容の呼びかけ等をお手伝いいただいています。共にネイチャーポジティブ実現に向けた機運を醸成し、資金の流れの変革を実現していきたいと考えています。

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