21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第65回 政策の「トランジション・テスト」の必要性

2024年05月16日グローバルネット2024年5月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

社会的な移行(トランジション)を妨げる政策

現代の日本社会は、長期的な持続可能性を確保するために、従来の制度を大きく二つの観点から徐々に新しい制度に移行させていかなければなりません。第一に、人口減少・高齢化への対処です。毎年80万人の人口が失われ、高齢化が進んでいく状況において、生産年齢人口の減少に対処しないと、徐々に経済活動が回らなくなってしまいます。第二に、化石燃料からの脱却への対処です。国際的な目標である2050年の脱炭素を実現するためには、化石燃料に依存するエネルギー供給構造を変えていく必要があります。しかしながら、現在行われている政策の中には、このような移行を妨げる方向で機能する政策が見受けられます。

化石燃料からの脱却への対処を妨げる方向で機能しているのが、「燃料油価格激変緩和補助金」です。この補助金は、レギュラーガソリンの全国平均価格が170円を超えた場合に、時限的・緊急避難的な激変緩和措置として、ガソリンの元売り事業者や輸入業者に価格抑制の原資を補助金として支給するものです。2022年1月から時限的に実施された措置でしたが、再三にわたって延長され、2024年5月以降も補助幅を縮小しつつ、継続されます。2021年度から2023年度補正予算までに支出された金額は実に6兆3,665億円に上っています。この金額は、たとえば、2024年度の道路関係予算総額5兆3,193億円を上回る金額です。この金額が、社会を支える資本を生み出すことなく消えてしまっているのみならず、化石燃料価格を低く抑えることによって、化石燃料依存からの脱却という流れに逆行する効果を生み出しています。社会的に必要な移行(トランジション)を妨げているのです。

2020年に開設された容量市場も、化石燃料からの脱却を妨げる方向に働くおそれがあります。これは、再生可能エネルギーの導入拡大によって、中長期的に電力供給力が不足しないように、また、太陽光や風力のような変動する再生可能エネルギーを安定的に利用するための調整力を備えておくために、電力供給能力があること自体に容量価格が支払われるようにする制度です。容量価格が支払われる供給力の中には蓄電池も含まれていますが、この制度の運用次第では、石炭火力などの設備を維持する方向に機能します。石炭火力などからの脱却スケジュールを設定し、計画的に移行を図る政策を併せて実施することが必要です。

さらに、オリンピックや万博の開催など、過去の成功体験に基づく政策が実施されてきました。その結果、建設業界の人手不足を加速させ、ゼロエネルギー住宅・ビルへの移行や再エネ・蓄エネ設備の導入など、必要な社会投資のコストを結果的に高めてしまうこととなっています。これらも移行を妨げる政策です。

政策の「トランジション・テスト」

「燃料油価格激変緩和補助金」の実施や「容量市場」の導入、オリンピックや万博の誘致のような政策が進められる背景には、移行前の制度に慣れ親しんだ人々から支持が得られることがあります。化石燃料による発電設備や、ガソリン車やディーゼル車など既存の設備をそのまま使い続けることを支えるための政策の方が、合意が得られやすいのです。この点については、過去の基準ではすでに耐用年数が到来している原発を使い続けるという政策が取られる背景でもあります。

しかし、移行の必要性から目を背けていれば、将来の日本に重荷を負わせることととなり、日本経済が世界から取り残されることになりかねません。

今後の政策立案に当たっては、その政策によって導入される社会的なルールが、長期的な移行を妨げる方向で機能しないかどうか、移行を促進するインセンティブを持っているかどうかをあらかじめ検討すること、つまり、政策の「トランジション・テスト」を行うことが求められます。

脱炭素社会への移行を促進する政策とは

では、移行を促進する政策とは、どのようなものでしょうか。

まず、脱炭素社会への移行を促進する政策としては、建築物のゼロエネルギー化(建物に設置された再エネ設備によるエネルギーでその建物のエネルギー需要を充足できるようにすること)のスケジュール設定と、それを促進するための政策が不可欠です。建物単位である程度の調整力が働くように、規格化された蓄電池を開発し、普及させることも必要でしょう。

建物に設置された再生可能エネルギー設備だけでは需要を満たせない事業者は、個別に再エネ電気を外部から購入することとなります。このためには、将来的に各事業者や家計に対して、活動に伴うエネルギー量に相当するエネルギー源と調整力を確保することを求めることをルール化することが必要となります。

輸送部門においては、ガソリン車やディーゼル車を電気自動車に転換するための戦略策定が必要です。まず、これらの生産と輸入を禁止するスケジュールを設定すべきです。また、蓄電池が将来小型化できれば、電気自動車の蓄電池を取り替えることができるようになります。今は、電気自動車価格に蓄電池分が含まれており、価格の4割程度を占めていますが、将来「電池自動車」化できれば、価格が一気に低下します。このためのスケジュール設定も必要でしょう。

さらに、脱炭素にあたっては、水素供給を欠かすことができません。産業部門をはじめとして、電気では動かない高温高圧のプロセスを動かすために水素が必要です。このため、将来の水素需要量を推計し、その供給のための社会資本投資を計画的に進めるべきです。

脱炭素だけでも以上のような戦略が必要となります。グリーントランスフォーメーション(GX)経済移行債も、上記のような戦略に従ってその使途を決定していくべきです。

人口減少・高齢化への対応を促進する政策とは

断片的にはなりますが、人口減少と高齢化に対応するための政策もいくつか考えてみましょう。

少子化への対策としては、子育ての負担は社会全体で負担するという仕組みを早急に導入すべきです。教育、医療の無償化のみならず、24時間365日対応できる公的な育児センター「育児園」を計画的に配置し、住民はいつでも利用できるようにすべきです。

ケア労働の不足も深刻な課題です。たとえば、元気なうちにケアボランティアを行った時間を公的に記録でき、将来、自分がケアを必要とすることとなった場合に、たまった時間分は優先的にケアを受けられることとする「介護時間銀行制度」や、株式上場企業に対してその売上高の一定比率以上を広い意味でのケア労働事業に支出(自ら実施するか、出資するか)しなければならないという「ケア労働事業への法定出資/支出率制度」を導入するなど、大胆な政策を検討する必要があります。

ドライバー不足への対応としては、自動追尾型トラックの実用化や、高速道路における自動運転トラック専用レーンの開設など、技術的な解決が期待されます。なお、大阪万博の目玉の一つとして「空飛ぶ車」を挙げているようですが、輸送力から考えても力を入れるところを間違っていると言わざるを得ません。

人口減少するなかで国土を維持していくためには、都会に集中する労働力を地方に展開していくことも必要です。このために「二地点居住の制度化」というアイディアがあります。主たる住所の他に、従たる住所を登録できるようにすれば、移住/定住までは行わないが、一定期間滞在して地域社会に貢献する「関係人口」を各自治体が把握でき、それを呼び込むための政策を講ずることができるようになります。

最後に、これらの新しい政策を導入する障壁となるのが、首長や議員など政策決定者の高齢化です。2050年といった将来の課題を自分ごとにすることが難しい世代が政策を決定している状況自体が、移行を妨げています。たとえば、被選挙権を20歳へ引き下げるとともに、立候補に当たって政治パートナー(立候補者とパートナーの年齢の和に制限を設ける)を指名させることとする「選挙パートナー制度」を導入するなどして、次の世代の参画を進める必要があります。

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