特集/人と環境にやさしい花卉栽培とは~オーガニックフラワーが目指すもの無農薬・減農薬のお花を広めたい~オーガニックフラワーの販売を続けてきて
2024年05月16日グローバルネット2024年5月号
オーガニックフラワーショップ「わなびや」店主
古庄 佳苗(ふるしょう かなえ)
農薬や化学肥料を使わず、生態系の自然な機能を生かして栽培されたオーガニックフラワーには、どのようなメリットがあるのか。また、普及に向けて何が必要なのか。日本国内で栽培や販売に携わってきた関係者にご紹介いただきます。
無農薬・減農薬のお花のみを扱う「わなびや」
オーガニックフラワーショップ「わなびや」は、化学農薬を使用しない・できるだけ使用量を減らして育てられたお花のみを扱う花屋です(以下、「無農薬」「減農薬」)。作る人、生ける人、眺める人、すべての人の生活と地球環境にやさしいお花が広まることを目指して、2009年に誕生しました。
当初は月に10日間くらいの期間営業をしていましたが、現在はお店を開けずに、予約を頂いてから必要なお花を仕入れ、宅配便でお送りしています。遠方のお客さまからの注文も増え、お誕生日などの個人的なギフト、定期便、医療関係やオーガニック関連の企業などがお祝いの贈り物用、ご自宅用などに求めてくださっています。
「環境にやさしい花」という観点
私は幼い頃から環境問題に関心があり、生活の中でできる簡単なことを心がけてきました。花屋に就職して数年経った頃、「企業の社会的責任」という言葉が耳に入り、そう遠くない未来、花屋にもそれが求められる日が来る、早く取り組まなければと思いました。
また、生け花や、その他の日本の伝統、暮らしの中の文化的行事に植物は欠かせませんが、今ある当たり前の植物が、農薬なしに栽培できず入手できなくなるかもしれない、と危機感を持ったのです。
市場や仲卸関係者に尋ねても、無農薬の花などあるはずないと言われ続けました。インターネットでも当然見つけられず。花屋という立場は、農家さんが作っていなければ仕入れられないのだと、自分の無力さと、農家さんの存在の大きさを感じました。
「ならば自分で作ればいい」と考え、夢は膨らみ、野菜の有機農業の世界へ入ることにしました。そこでは、無農薬で商品を育てる難しさを痛感し、農家さんへの敬意がいっそう強まるとともに、農薬に頼る選択をする気持ちも理解することができ、頭でっかちだった自分にバランスが生まれました。
2〜3年ほど生産に携わった後、花の先進国オランダで開発された、人にも環境にも配慮した花卉認証システム「MPS認証」が日本で導入されると知り、無農薬・減農薬栽培の農家さんと知り合うことができました。通年何かしらのお花を少量でも入荷できそうなめどが付き、東京に戻り開店計画をし始めました。
わなびやの基準
お花の栽培には、野菜のように薬の種類、頻度、回数などの制限がそもそも無い状況でした。そのため、以下のような、わなびや独自の基準を設け、合うと判断したお花を取り扱うことにしました。
- 無農薬(化学農薬不使用)(「オーガニック」と呼ぶこともあり)
- 自然農法・自然栽培(化学農薬、肥料全般不使用)
- 減農薬・MPS認証
肥料は化成肥料を補う農家さんもいらっしゃり、農家の数だけ栽培方法がある状態。農家さんそれぞれの栽培方法を尊重し、わなびやで栽培方法を把握し、お客さまに説明、理解していただいた上で選んでいただくことにしました。
無農薬のお花は、露地栽培であればほぼ季節通りにお花が咲きます。花は当然ながら、本来、人の決めた記念日の需要に合わせて咲くことはありません。人の都合を優先した栽培が、さまざまなしわ寄せを生むと感じることが多く、お花を通してそんなことも知っていただきたいと感じます。
オーガニックフラワーショップというと、扱うお花すべてが無農薬だと思われますが、化学農薬の使用を完全には否定しておらず、減農薬のお花も扱います。減農薬という栽培方法のくくりでは、幅広いお花が当てはまります。北から南、盆地から高冷地…。全く異なる気候条件で、さまざまな栽培品目を、統一した基準で評価することは不可能でした。農家さんに直接お会いして話を伺うと、無農薬への途中段階で試行錯誤中であったり、生活のために断念したり、化学農薬を使いたくなくても難しい人もいるという、さまざまな事情を知りました。
そこで、無農薬栽培へ向かう意識を持って努力中の農家さんを応援していきたいと思い、減農薬という基準も設けることにしました。
お客様の反応
開店当初、お店に来てくださったお客様の反応は決まって「何屋さんですか?」でした。10種類程度の少ないお花を一角に並べ、お店の半分以上は雑貨だったので、無理もありません。「一応お花屋さんなんです(笑)。無農薬と減農薬のお花のみで、とても希少なんです」と説明すると、これまた決まって言われたことは「食べるものでもないのに、無農薬にする必要があるんですか?」でした。
よくぞ聞いてくださいましたとばかりに、環境問題の視点を説明しました。お花も野菜と同様、畑で作ること。作る人の体への影響。畑や土壌中の生き物の循環に与える影響。使う薬は地下水や海に流れ、やがて食卓に戻ってくるだろうこと。虫が減ることと、私たちの食べ物が減ることの関係。いま立っている地面、乗っている船を壊しながら生きるようなものではないか…、と。
「お花に農薬なんて考えなかった」「言われてみればそうですね!」。このような反応が多く、私も驚くと同時に、知っていただくきっかけになったうれしさもありました。
決して怖がらせたいのではなく、気付かなかった方には気付いていただき、気付いていた方には行動し、できれば買って応援していただき、一人ひとりが少しずつ関わっていけたらと思います。
無農薬であることのメリット
お客様にとって、現実的には長持ちが気になるところだと思います。まず大前提として植物ごとに開花期間の特性があることを理解していただく必要がありますが、肥料の使用が少ないお花はなかなか腐らないことがわかってきました。真冬に野菊と葉ボタンで、水替えや切り戻しせずに1ヵ月以上、水がきれいなまま元気に咲いていたことがあり、大変驚きました。肥料を減らすと結果的に病気や虫が近寄らなくなり、農薬も不要になるのです。
また、食べられるお花もあります。食べ物の安全性を意識する方は年々増えていますが、わなびやでは、食べられるお花・エディブルフラワーも開店当初から取り扱いました。お花そのものは、甘くておいしいなどの味わいがあるものは少ないのですが、普段のサラダや料理に添えるだけでかわいらしく華やかになり、一緒に口に入っても問題なく、ビタミンやミネラル、食物繊維などの栄養素も多少は摂取できるのです。
さらに、無農薬のお花であれば、体への害も少ないです。化学物質過敏症だという方からご連絡をいただくことがあります。化学農薬や、植物がもともと持つ天然の化学成分に反応して体調を崩してしまうため、お花が好きでも部屋に飾ることができない、身内の葬儀や法要などでも参列できない、というお話を直接伺いました。反応する物質はそれぞれ異なるため、その方ごとに詳しく伺い、農家さんごとの品目や栽培方法を確認して、使用するお花を決めていきました。お花をお届けした後、大半の方はお花と同じ場に居ることができたと喜んでくださいます。
無農薬で育てたお花には少なくともこのようなメリットがあるのです。
どこでも当たり前に無農薬のお花が買える、そんな日を夢見て
無農薬のお花の普及はまだまだですが、求めている方は確実に増えています。作ってくれる農家さん、取り扱うお花屋さんが、全国に少しずつでも増えてくれることを望んでいます。
この輪が広がり、どこのお花屋さんでも当たり前に無農薬のお花が買える、そんな日を夢見て活動を続けています。気付いたことを、できることから、少しずつ。皆さんもぜひご一緒に!