日本の沿岸を歩く海幸と人と環境と第84回 函館真昆布ブランドで地域振興を―北海道・函館市

2024年03月22日グローバルネット2024年3月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

♪はるばる来たぜ函館へ~(歌:北島三郎)と、函館は心をうきうきさせる有名観光地。近年不漁のスルメイカは残念だが、新鮮な海の幸が魅力だ。この函館周辺で育つマコンブは、食のプロの間では最高級コンブとして知られるのに、日高、利尻、羅臼など他の北海道産に比べると目立たない。生産量・生産高ともに日本一を誇るマコンブの実態を探り、ブランド「函館真昆布」の知名度アップで地域活性化を図る取り組みを取材した。

●コンブ9割が北海道産

国内コンブの生産量の9割以上は北海道産が占め、このうち函館市周辺のマコンブ生産量は年間4,000~5,000t、全国の17~18%を占めるトップにある。

函館市から北へ1時間ほど。函館市川汲かっくみ町にある南かやべ漁業協同組合「直販加工センター」を訪ねた。直販コーナーには、有名な白口浜しろくちはま真昆布などの商品が整然と並び、コンブ漁の歴史やコンブ採取の様子を写真パネルで紹介している。

南かやべ漁業協同組合「直販加工センター」の内部

センター長の金澤満さんは「白口浜は身が厚く、切り口が白く見えることが名前の由来です」と説明する。上品な甘味を持ち、澄んだだしが取れる。佃煮、塩昆布などにも加工される。

津軽海峡から噴火湾(内浦湾)にかけての函館東部沿岸は、マコンブの産地だ。道南3銘柄の白口浜、黒口浜くろくちはま本場折浜ほんばおりはま、さらに白口浜の中でも尾札部おさっぺ浜や川汲浜で採れたものが有名だ。江戸時代から朝廷や幕府へ献上されていた。

渡島半島南東部にあった4町1村(戸井とい町・恵山えさん町・南茅部みなみかやべ町・椴法華とどほっけ村)が函館市と合併(2004年)し、市内5漁協と函館市は2017年、共通ブランド「函館真昆布」を定めた。地域名ブランドにマコンブの新たな共通ブランドを併記することにしたのだ。

周辺のコンブ採り作業は6月下旬から8月中旬ごろまで(取材した9月上旬は既に漁期が終わっていた)。朝2時ごろから沖の養殖場所で小船を使って水揚げし、漁業者の作業場に運び込む。コンブを洗浄した後、建物内で温風乾燥する(一部は干場かんばで天然乾燥)。仕上がったコンブは漁協が集荷し、北海道漁業協同組合連合会での入札などを経て全国に流通する。

南かやべ漁協のコンブ加工センターも見学した。保管場所に長さ90cmのコンブの束が山のように積まれ、作業場では短く切りそろえて袋詰めしていた。

●労働力不足で生産量減

南かやべ漁協を訪れる前に、函館市役所の水産課課長の佐藤貴洋さん、主査の加我明夫さんに面会し、直面する課題について聞いた。

喫緊の課題は高齢化や後継者不足による労働力不足。コンブの生産量減少につながっている。コンブ漁業では、コンブ採取時期の3ヵ月ほどの間に、家族経営の労働力で賄うのが一般的で、アルバイトやパートによる補充は賃金や宿泊施設確保などのハードルがある。

コンブの袋詰め

賃金なのか、働きがいなのか。函館市は市内5漁協を含む関係4者で検討会議を設置し、解決策を探っている。佐藤さんは「どこの産地も長い間苦しんできた問題ですが、今何かしらの手を打たなければ」と切迫した状況を説明する。

天然コンブの不漁も深刻だ。2016年1月の爆弾低気圧で大きな被害が出て以降、生育が回復しない。天然コンブは海底の岩盤に胞子が着床、2年かけて成長するが、養殖では天然コンブの胞子を培養した種苗を使い、1年でも収穫できるようにした。現在生産全体の95%を占める養殖コンブ生産のためには、天然コンブの確保が絶対条件なのだ。

北海道全体の生態系から見ても、天然コンブの存在価値は大きい。コンブが生える藻場はウニやアワビなど魚介類が多く、それを目当てにラッコなどの海洋動物も集まる。コンブが消滅すれば食物連鎖が崩れる。

天然コンブ回復と並行して函館市が国の交付金を得て取り組んでいる研究事業がある。天然コンブに頼らない方法で、北海道大学や北海道立工業技術センターなどと連携し、人工的に育てた親コンブから種苗を採取保存し、完全養殖の確立を目指す。

研究事業では、この他に研究機関や加工会社などと協力して未解明の機能性を探したり、加工品や食品添加物などを開発したりして、コンブ漁業を「養殖から高付加価値化まで一貫して行う『次世代コンブ産業』へ進化・発展させる」と夢ある事業に描いている。

「函館真昆布」の知名度を高める努力も続いている。昨年11月に「函館真昆布展」を地元で開催した。佐藤さんは「地元からの情報発信も大切です。コンブ専門の販売店を増やし、マコンブが定着している大阪に加えて東京の販路拡大もしたいですね」。料理人とコラボする企画なども考えている。

●「最高級」証明する歴史

函館市の積極的な取り組みの背景には、ガゴメコンブの成功体験があるようだ。粘りの強いガゴメコンブは利用価値が低いとされたが、北海道大学の安井肇氏(北海道大学名誉教授・現北海道立工業技術センター長)がその価値を発掘し、特別な栽培方法で育てる「北大ガゴメ」を開発した。その後「北海道マリンイノベーション(株)」が北大ガゴメの契約栽培・研究・商品開発に取り組んできた。ガゴメコンブ産業が確立され、年間売上110億円の実績をたたき出している。

食のプロの高い評価や歴史も有利だ。函館市が助言を仰いでいる大阪城近くの老舗コンブ店「こんぶ土居」(1903年創業)のWEBサイトを見ると、四代目店主土居純一さんがうんちくを傾けている。江戸時代に経済の中心であった大阪に最も高級なマコンブが集められたこと、函館真昆布の特長などについて、マコンブ愛全開の解説をしている。2年前にはコンブのおいしさを知ってもらう「大阪昆布ミュージアム」も開設した。

和食が世界無形遺産に登録され、日本のだしに世界が注目する時代。以前取材した枕崎(鹿児島)では水産業者がかつお節製造工場をフランスに造った。ニューヨークではコンブ養殖が合法化(2021年)されるなど海藻への注目度も地球レベルで高まっているようだ。マコンブの輸出量はまだ少なく、コンブ漁業を成長産業へと育てるという函館市の戦略の先に、ザ・マコンブの世界ブランドがあってもおかしくない。

市役所では、加我さんに函館真昆布を入手できる店を教えてもらった。南かやべ漁協の他に、朝市にある梶原昆布店、火山の恵山が見える道の駅「なとわ」でもコンブを買うことができた。

取材を終えると、恵山近くにある水無海浜みずなしかいひん温泉に入ることにした。干潮時に海の中に出現する、無料の天然露天温泉。訪れたのは午前4時。空が白み始める中、湯に身を任せてコンブが育つ太平洋を眺めれば、何と幸せな気分…。

温まった体で、海岸沿いを北上。北海道における大謀網だいぼうあみ(大型定置網)漁業発祥の地の碑を見て、近くの尾札部漁港に立ち寄った。コンブ漁に使うたくさんの小型の船を見ることができた。

尾札部漁港

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