どうなる? これからの世界の食料と農業第10回 国連がガザ自治区人口の大半が飢餓状態と警告~停戦後も深刻な環境汚染に陥ることも明らかに
2024年02月20日グローバルネット2024年2月号
農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)
パレスチナ自治区ガザ地区(以下、ガザ)における深刻な飢餓が国際社会の大きな問題となっている。国連世界食糧計画(以下、WFP)や国際NGOは、イスラエルが食料等の人道支援への妨害行為をしており、国連安全保障理事会の決議である「食料を戦争の武器とすることを禁止すること」に抵触し戦争犯罪であると指摘している。本記事では、人道危機への国際課題を調整し対策する国連人道問題調整事務所(以下、OCHA)や国際NGO等の現地報告からその現状をまとめる。
OCHAによると紛争開始から100日が経過した1月14日、イスラエル軍による空、陸、海からの激しい砲撃がガザ地区の大部分で継続され、民間人にさらなる死傷と破壊がもたらされたとされる。パレスチナ保健省によると、紛争開始(2023年10月7日)から1月19日までの間に、少なくとも24,762人のパレスチナ人がガザで殺害され、62,108人のパレスチナ人が負傷した。現在、ガザの全人口230万人のうち170~190万人が国内避難民と推定されており、その中には、安全を求めて移動を余儀なくされる人びとが多数いるという。
●ガザ地区全人口が飢餓に陥る恐れ
昨年12月に国連やWFPと23のNGOが作成したIPC(総合的食料安全保障レベル分類)報告書では、ガザ全人口の約4分の1である57万人がすでに壊滅的な飢餓状態にあり、2月までイスラエルの侵攻が継続すれば、ガザ地区の全人口が「危機的またはそれ以上の」レベルの飢餓に陥ることが警告されている。また報告書では、ガザ北部の農地の被害が短期間のうちに22%から35%以上へと大幅に拡大しており、かんがい用の電気や水が不足し、商業的な農業生産が停止し、食料加工施設が破壊されたことも報告されている。農地で農作業をしていたグループが攻撃され死亡する事例も出ており、現地産の食料の流通はおろか農業生産も困難な状況といえる。
国連安保理は昨年12月22日、13ヵ国の賛成によって「ガザ地区での「緊急かつ長期の人道的休戦と回廊設置」を求める決議案」を採択した。同決議では、すべての紛争当事者に対し、食糧および医薬品の供給を確保する義務を含め、国際人道法を含む国際法上の義務を遵守するよう改めて要求している。また燃料、食糧、医療物資、緊急避難所支援を含む人道支援が、最も直接的なルートを通じて、ガザ地区全域の支援を必要とする市民に到達すること、また必要不可欠なサービスを提供するために、国境検問所を含むガザ地区全域での利用可能なすべてのルートの使用を許可し、促進することを要求している。しかし決議後も人道支援への妨害行為が続いている状況だ。
ガザ内での人道支援による援助物資の配給は、イスラエルの軍事行動や同国の要求する援助物資の検査、通信の遮断、燃料の不足によって妨げられている。報告書によれば、そもそもの支援物資の量も必要量の1割でありその最低限の物資も人びとの手に渡っていない。1月17日現在、ガザ地区全域で営業しているパン屋は、15軒のみである。WFPは、機能しているパン屋を支援し、小麦粉、塩、イースト、砂糖を提供している。この取り組みにより、約25万人が補助価格でパンを購入できるようになったという。
ガザでは、イスラエル軍の執拗(しつよう)な軍事作戦が続き、恐ろしい状況が続いている。何万人もの死傷者の大半は女性と子どもである。多くの市民が強制移住を余儀なくされ、心に傷を負い、爆弾やミサイルが降り注ぐ中、何度も何度も逃亡を余儀なくされている。避難所はあふれ、食料と水は底をつき、飢饉の危険性は日増しに高まっている。そして冬が訪れ、厳しい寒さをもたらし、生き残るための闘いを悪化させている。
国連パレスチナ難民救済事業機関(以下、UNRWA)のフィリップ・ラザリーニ総長は次のように述べる。「ガザの危機では、食糧、水、燃料を戦争の道具として使用することにより人災に拍車がかかっている。人道支援活動は、世界で最も複雑で困難な状況となっている。その主な原因は、ガザ地区への援助物資の入国に関する煩雑な手続きと、現在も続く敵対行為など、援助物資の安全で秩序ある分配を妨げる無数の障害である。迫り来る飢饉を打開するには、人道援助だけでは十分ではない。商業物資の流入も許可される必要がある」。
●ガザの環境破壊は戦争終結後も住民を危険にさらす
戦争がたとえ停戦したとしても環境と住民の暮らしに引き続き影響を与える。爆弾が爆発し建物が燃えると、二酸化炭素や窒素酸化物などの有毒ガスが大気中に放出される。それにより呼吸器系や心臓血管系のさまざまな病気を引き起こし、悪化させることが指摘されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエルがガザとレバノン南部での白リン弾を使用していると警告する。白リンは可燃性で、酸素に触れると発火し、黄色い炎を上げ、白い煙を発生させ、軍隊が戦闘中に部隊の動きを隠すために使用する。世界保健機関(WHO)によれば、白リンに触れると、人間は昏睡(こんすい)状態に陥ったり、死亡したりする可能性があるという。 さらに白リンは河川やそこに生息する魚を汚染する可能性がある。白リンのような焼夷弾を、民間地域にある軍事目標に対して使用することを禁止する国際議定書もある。しかし、イスラエルはこの議定書に署名しておらず、拘束されていない。
●ガザの水不足、激化する水危機
ガザに住む人々は、何年にもわたって深刻な水危機に対処してきた。ガザ地区の水供給は、外部からの供給に大きく依存しており、敵対行為以前には特にイスラエルが運営する水のラインが最適で安全な飲料水を生産していた。現在3本のイスラエル・ラインのうち機能しているのは1本だけで、既存の半分以下の水しか供給されていない。
数少ない自己水源であるガザ地区内の井戸から得られる水の量は、敵対行為が激化する前の生産能力の10%にとどまっている(井戸水は汽水(塩分を含む)であるため、水質が標準以下であることが知られている)。さらに、海水淡水化プラントによる水の利用可能量は、現在、危機以前の能力の7%にとどまる。
もう一つの大きな問題は、廃水管理である。オックスファムによると、ガザの廃水処理施設と下水ポンプ場のほとんどは、現在故障中だという。また重要品目の輸入制限により、ガザ全域で水を処理するための水質検査キットや塩素が現在入手できていない。さらに、雨や洪水によって悪化した固形廃棄物やふん尿による汚染が、深刻な健康と環境の脅威をもたらしている。
WHOはすでに15万件の下痢症例を報告しており、細菌を殺すための水の塩素消毒ができないことが、状況を悪化させている。国際人道法は、民間の水システムへの攻撃を禁止し、民間人の保護を義務付けているがイスラエルはこの点についても国際法に抵触しているといえる。
ガザ地区は中東に位置し、気候変動に非常に脆弱(ぜいじゃく)な地域でもある。軍事活動による炭素排出量は、世界全体で約5.5%と推定されている。ガザでは、エネルギー、衛生設備、きれいな水や空気へのアクセスが制限されており、環境問題が何年も前から存在している。問題はこうした気候や環境の危機が戦争によって増幅されていることだ。平和は公正で持続可能な未来を実現するための重要な一歩といえるのである。
国連事務総長が言うように、ガザで起きている悪夢は、人道の危機にとどまるものではなく、われわれ人類そのものの危機であり、人道的停戦と即時に人道支援が届くようにする必要がある。換言すれば、ガザの食料危機は人類が必要で安全な食料を得るという食への権利の危機でもある。だからこそわれわれはガザの食料と人道支援という国際課題解決に向けて、できる限りの努力を行う必要があるといえるのである。
※1月下旬、日本政府はパレスチナの教育、保健、救済や社会福祉の中枢を担う国連パレスチナ難民救済事業機関への追加拠出金の一時停止を発表。対してNGOが撤回を求める要請を行った。