特集/COP28報告~成果と課題、日本への示唆「適応」と「損失と損害」に関するCOP28の成果

2024年02月20日グローバルネット2024年2月号

地球環境戦略研究機関(IGES) 適応と水環境領域 研究員
椎葉 渚(しいば なぎさ)

 昨年開催された気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)は、最初のグローバルストックテイク(GST:パリ協定の目標達成に向けた世界全体の進捗評価)を経た最初のCOPとして注目されました。現状の各国削減目標を足し合わせても1.5℃目標の達成が不可能とされる中、決定文書には、2050年ネットゼロに向けた化石燃料からの脱却、GSTを考慮した次期削減目標の提出などが盛り込まれ、次期エネルギー基本計画や国別削減目標の見直しを控える日本の責任も問われています。一方、「損失と損害」を救済する基金の運用ルールは合意されましたが、GSTではそれを防ぐ「適応」が資金や実施の面で不十分であると指摘しており、世界に今後一層の努力が求められます。
 本特集では、会議に参加したNGO・研究者に、それぞれの視点でGSTやCOP決定文書の成果と残された課題を報告いただき、今後政府、企業、自治体、市民に求められることを考えます。

 

 筆者が初めて国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)に参加した2012年、国際社会は気候変動の影響によって生じる「損失と損害」に対して行動を起こさねばならないというムードに包まれていた。翌年、気候変動交渉下では初めてこの問題への具体的な措置としてワルシャワ国際メカニズムの設置に合意したものの、その後10年以上、実効的な資金支援のための仕組みは設けられてこなかった。昨年のCOP27において損失と損害のための新たな基金の設置が合意されたことは、隔世の感がある。しかしながら、世界が直面する気候変動影響は深刻化の一途をたどっており、損失と損害を未然に防ぐための「適応」のための努力が、依然として喫緊の課題である。適応に必要な資金や行動の不足、すなわち「適応ギャップ」の存在に向き合うことが、国際社会にますます求められている。

 本稿では、適応ギャップの現状、COP28における「適応」と「損失と損害」の成果、および今後の課題について述べる。

適応ギャップとは何か

 COP28に先駆けて国連環境計画(UNEP)が発表した「適応ギャップ報告書2023」は資金や行動における適応ギャップが拡大していることを示した。適応資金のニーズは拡大しており、現在の資金フローの10倍から18倍に達すると指摘されている。適応資金の不足額は、年間1,940億米ドルから3,660億米ドルに達すると推定されているにもかかわらず、途上国に対する国際的な公的適応資金は2020年以降減少している。こうした資金のギャップに加え、行動のギャップ、すなわち適応策の計画や実施についても不足していることも指摘されており、特に途上国における適応の実施は停滞している。

 同報告書は、損失と損害の課題を初めて扱ったことでも注目を浴びた。適応行動への投資を活性化させなければ、より深刻になる気候の影響に伴う損失と損害がさらに拡大することは避けられないと指摘する。各国の気候変動に係る計画において「損失と損害」についての言及は増えているものの、多くの場合それに対処するための具体的な選択肢についてまで触れられていないのが現状である。

COP28の結果概要

 こうした適応ギャップの認識が広がるとともに、適応、損失と損害は近年のCOPにおいて最も重要なトピックの一つとして注目を集めるようになっている。COP28の成果のうち、議長によって選定されたいくつかの重要議題が「UAEコンセンサス」としてパッケージ化されたが、今次会合で最も重要な議題であったグローバル・ストックテイク(パリ協定の進捗を確認するプロセス)の成果に加え、適応および損失と損害に関する重要な決定がいくつか含まれている。

 まず、損失と損害については、新たな基金の運用について合意することができた。損失と損害に関する資金を巡る議論は、先進国の歴史的な温室効果ガス排出責任を問うものとして締約国間で折り合いがつかず、タブー視すらされてきた。しかし、近年の気候変動影響の深刻化なども手伝い、この課題に向き合おうとするモメンタムが徐々に醸成されてきた。先述の通りCOP27では、ついに基金の設立を含む新たな資金アレンジメントに締約国が合意し、その後は、基金の詳細を議論するための移行委員会において議論が行われた。

 COP28では、移行委員会の草案を採択できるかどうかが焦点であったが、初日のプレナリー会合にて採択に合意するという異例の瞬間が訪れた。また、議長国であるアラブ首長国連邦、欧州連合、アメリカ、イギリスなどから同基金への資金拠出のコミットメントが相次いで表明され、日本政府も1,000万ドルの拠出の意向を表した。

 COP28で合意された基金の運用ルールについて簡略に述べたい。まず、基金の運用は、世界銀行の下に設置する金融仲介ファンドが暫時的に担うこととなった。この措置には4年間の期限がついており、今後設立される基金の理事会が、世界銀行に対してファンドの運用に向けたガイダンスを出すこととなっている。いくつか運用にあたっての要件が定められ、これらを満たしていないと理事会が決定した場合は、独立の機関として基金を設立し直すこととなった。

 一方、理事会によって要件が満たされていると判断された場合は、暫定期間後も世界銀行が基金を運用する。列挙された要件には、基金の運営規定に完全に準拠していることや、全ての途上国が基金からの資金を直接利用できるようにすることなど11の要素が含まれる。また、理事会は全ての締約国の代表を公平かつバランスよく反映したメンバーで構成することが定められ、ユースや女性、先住民族、NGOなどのステークホルダーの参加を強化することとなっていることも注目に値する(損失と損害に関する技術支援の促進を担うサンティアゴネットワーク等の議論も進展があったが割愛する)。

 一方、適応に関する成果はどのようなものだったのか。グローバル・ストックテイクに関する成果文書では、「適応資金のギャップが拡大しており、現在の気候資金、技術開発・移転、適応のための能力強化のレベルでは、途上国、特に気候変動の悪影響に特に脆弱(ぜいじゃく)な締約国における気候変動の影響の悪化に対応するには依然として不十分であることに懸念を表明する」との文言が載り、適応資金ギャップの重大性が改めて強調された。

 また、COP26において、先進国による途上国への適応資金の拠出を2025年までに2019年比で少なくとも倍増することが約束されていたが、先進国による倍増のための取り組みの進展を認めつつも、「適応資金を倍増以上に大幅に拡大する必要があると認識」するとされ、適応資金ギャップへの認識に応えるかたちになっている。

 次に、適応に関する世界全体の目標(Global Goal on Adaptation:GGA)に関する決定も重要である。パリ協定には「気候変動への適応に関する能力を向上し、並びに気候変動に対する強靱(きょうじん)性を強化、及び脆弱性を減少する」という目標が掲げられているが、これの達成に向けた進捗評価の在り方などを議論する目的で、GGAに関するグラスゴー・シャルムエルシェイク作業計画がCOP26の交渉を受けて設置されていた。COP28では、作業計画の成果に合意することが期待されていた。交渉の結果として、「グローバルな気候レジリエンスのためのUAE枠組」が策定され、7つの重点テーマ(水資源、食料・農業、健康、生態系・生物多様性、インフラ・居住、貧困・暮らし、文化遺産)に関する目標と、適応のステップに沿った2種類の目標が設定された。今後、各国が自発的に、それぞれの事情に沿った形で達成を目指すことが掲げられた。このフレームワークは各国政府のみならず、民間セクター、多国間開発銀行、地方自治体、国連・その他の国際機関、市民社会、先住民族、地域コミュニティ、研究・学術機関などの全てのステークホルダーによる実施を呼びかけている。

今後に向けて

 気候変動の損失と損害に関する新たな基金の本格的な運用へのめどがついたことは、気候変動交渉の歴史的経緯を見ても画期的である。しかし、十分な資金源の確保や資金の分配方法など、今後の適切で効率的な運用に向けた課題は山積している。資金や実施における適応ギャップの拡大は進んでおり、損失と損害の拡大を防ぐための一層の努力が必要である。

 適応には国や地域によって異なる気候変動影響に対処することが求められる上、それぞれの事情に応じた対応が必要となるため、各国が主体となって推し進めていくことが鍵である。他方で政府のみならず、自治体や民間企業や学術機関、市民組織などの多様なステークホルダーにも一層の努力が求められていることを忘れてはならない。適応ギャップへの対応のために、さまざまな技術、知識、資金を集結するためのモメンタムは高まっている。本稿が読者の潜在的な適応への貢献可能性について検討する契機となれば幸いである。

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