フォーラム随想基礎力を強化する
2024年01月18日グローバルネット2024年1月号
(一財)地球・人間環境フォーラム理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)
昔から要領が悪かった。同じ仕事をするのにも、頭の回転が良い人や他人との折り合いがうまい人などに比べて、時間や手間が余計にかかった。
生まれつきの能力の差をいつも思い知らされ、悔しい思いをさせられた。今風に言えば、他の人はAI、私はそろばんでガチャガチャやっているようなものだ。
小学3年生の時、担任の教師に、「勉強は基礎が大切ですから、繰り返して練習してください」と言われた。教師は、深い意味を込めたのではないだろうが、自分には感じるものがあった。クラスではいつも他人に遅れを取る。教師のこの言葉に自分の道が開けるのではないかと、子ども心に思った。
それからは自宅でひとり教科書や限られた教材で繰り返し勉強した。表紙から裏表紙まで、教科書などをすべて記憶するまでになった。いつの間にか学校でトップになっていた。
「基礎が大切」と経験から学んだ。今日まで持ち続ける私の生き方になった。
基礎を強化することは、どんな分野であろうとも単純な作業の繰り返しだ。その分野を飽きずに網羅的に繰り返す。段々と深くなっていき、ある日突然ひらめくことがある。奥義をつかんだ瞬間なのだ。この感覚は、武道や芸術の分野で達人が述べていることがある。ひらめいた人しかわからない感覚で、その分野のすべてをつかめたと自信になる。
野球の天才であるイチローが、同じ練習を丹念に繰り返したことで知られている。基礎の重要性を知っていたからだろう。落合も試合前に人に知られずに独自の練習を繰り返したのも同様だろう。
今日の社会を見ていると、効率が最も重視される。馬鹿正直な努力は嘲笑される。より早く結果を出すことが迫られる。
でも効率本位、実用本位で行動していると、いつか必ず壁にぶつかりストップする。こんな局面では基礎を重視した力が壁を壊し、発展する道を見つけてくれる。基礎力こそが、予測できない課題に対する対応力を与えてくれる。
最近体力の衰えを自覚する。階段の上り下りが怖くなった。妻が山手線の駅の階段を踏み外して膝蓋骨を骨折し、救急車で病院に搬送された。入院期間45日の重症だった。
それ以来私も見栄を張らず、いつでも階段の手すりをつかめるような位置でゆっくり上り下りする。それとともに足腰を鍛えることに集中している。得意の基礎力の強化である。夜1時間、猛スピードで歩く。寒い日でも汗がたっぷりと吹き出す。
これを連日繰り返している。基礎力の強化は、70年間で形成された私の習慣だから、楽しいこそあれ苦痛でない。足の筋肉は、健診の時に医師に褒められる程度になった。
記憶力も同様だ。講演をしていると、地名や人名が出てこない。微妙な空白の時間が生じ、聴衆に「年だからね」と思われるのが癪だ。
講演に当たっては地名、人名をメモした紙を用意するが、やはり忘れるのは気にかかる。メカニズムはよくわからないが、1時間くらい後にふっと思い出す。
そこで基礎力の強化の登場である。地名について全市町村1,700余をすべて覚えるようにしている。これを電車の中などでいつも思い出す練習をしている。覚えるために市町村の歴史、名所、有名人なども一緒に覚えると記憶しやすい。これは日本の市町村に関する基礎力の修得といえる。
このようにすると、講演の際も自信を持って臨める。仕事や研究でも市町村の概要を知っていると、役に立つ。初対面の小さな町村の人にその町村の状況を話すとびっくりされ、話も弾む。
今ではたくさんの分野の基礎力強化に励んでいるが、楽しいし、日常的に効用も多い。これからもコツコツ続けていきたい。