IPCCシンポジウム報告 「IPCC第7次評価報告書へ向けて~未来のために今私たちが行動しよう~」〈基調講演1〉需要側の機会を通じて気候変動を緩和する:AR6の新しい視点

2023年12月28日グローバルネット2023年12月号

IPCC AR7 副議長(AR6 WGⅢ副議長)、中央ヨーロッパ大学環境科学・政策学部教授
ディアナ・ウルゲ・フォルゼッツさん

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、今年3月に第6次評価報告書(AR6)サイクルの統合報告書を公表し、7 月には議長団選挙が行われ、第7次評価報告書(AR7)サイクルが開始されました。
 本特集では、10月23日に東京都内の会場で対面方式・オンライン方式併用で開催されたIPCCシンポジウム『IPCC第7次評価報告書へ向けて~未来のために今私たちが行動しよう~』(主催:環境省)における、AR7 の副議長、第2作業部会(WGII)共同議長、インベントリタスクフォース(TFI) 共同議長の基調講演と、AR6報告書の国内執筆者によるAR6の振り返りとAR7に向けた取り組みや展望についての発表の概要を編集部でまとめ、報告します。
 なお、発表資料は、https://www.gef.or.jp/news/event/231023ipccsympo/をご覧ください。

 

今回の講演では、第6次評価報告書(AR6)でIPCCの歴史上初めて設けられた「需要とサービス」に特化した章について取り上げました。

サービス水準を保ち、エネルギーと材料の需要は最小限に

1.5℃特別報告書では1.5℃目標達成へのさまざまな経路をモデル化し、世界全体の二酸化炭素(CO2)の正味排出量への貢献量の内訳を比較しました。資源・エネルギー集約型のシナリオでは非常に高いレベルの排出削減の方法を採用する必要があるとされていましたが、大規模なマイナス排出技術を採用しなくてもエネルギー需要を大きく下げ、同時に同レベルのサービスが提供できる経路もあると示唆されました。

AR6では「需要とサービス」に焦点を当てました。エネルギーや土地利用、産業等どの分野においても、より柔軟で効率の良い解決策を見つけることができれば、エネルギーと材料への需要を減らし、同時に同レベルのサービスを提供し続けることが可能になります。

興味深いことに、主要なメッセージは異なる分野の章であっても、政策決定者向け要約(SPM)では共通して需要について言及され、「需要は重要な分野である」としています。例えば、エネルギー部門においては、エネルギーの効率化や省エネルギー、産業部門では需要管理やエネルギーと材料の効率化が緩和につながると報告されています。しかし、これらのオプションは、実際には最近の世界全体のシナリオでは検討されておらず、また国の経済全体のシナリオにも入っていないため、今後さらに注目していくことが必要です。

需要側による取り組みは低コストかつ負のロックインを緩和

なぜ需要側に注目することにより、良い結果が期待できるのでしょうか。さまざまな分野で緩和の機会は多いのですが、緩和オプションとライフタイムコストを示した図を見ると、最もコストが低いオプションとして、例えば食品ロスや食品廃棄物の低減、バランスの良い健康的な食生活への移行、エネルギーサービスの需要回避、効果的な照明・家電・設備の使用など需要側に関連しているものもあります。これらは変動性があるか、あるいは実際に正味マイナスコストで、カーボンプライスがなくても正味でコストでなく利益が得られる(negative cost)という考えによるものです。

需要側で最もコストが低いのは、運輸部門では公共交通、自転車や電気自転車への移行、産業部門ではエネルギー効率や材料効率の向上、リサイクル促進も低コストの選択肢であると報告されています。

細分化された技術とエネルギーのエンドユースの分散利用は、モジュール形式であることや単位あたりのサイズが小さくコストが低いことが特徴であり、より迅速に技術習得ができるという利点もあります。そのため、他の大規模な技術よりも早く市場に普及し、効率化や技術的ロックイン(製品やサービスが、一度市場優位性を獲得すると、その優位性が長期にわたって固定化される現象)を回避する機会の拡大や雇用の増加につながると予測されています。

先進国では需要は特に重要です。ほとんどの技術的、社会的、ビジネスイノベーションは、既存の都市空間の再考と再構築、既存のインフラ、車両ストック、設備の利用目的の変更、改造、再利用のために必要とされ、必ずしも新しいものを建設、生産する必要はないと報告されています。ただし、その場合には耐久性や修復可能性などに注目することが必要です。それにより、ライフサイクルでの排出を最終的に下げることができるのです。

需要とサービス~システムの変革が必要

「需要とサービス」に関する章の結論では、世界の排出量は2050年までに需要側のオプションで40~70%削減できると見込まれています。その中では徒歩や自転車での移動や住宅の適応等が大きな割合を占めています。ただし、ライフスタイルの変化を実現するには、より持続可能性に優れた選択を可能にするよう、社会全体を通じたシステムの変革が必要です。

現在私たちの選択肢は限られており、ロックインという状態にあるため、個人の努力だけでは変化をもたらすことはできません。全体的な変革が必要です。インフラや技術のアクセスやインセンティブが必要です。

需要側の緩和は、行動変容以上のものです。サービスの提供方法を構成し直し、同時に社会規範や社会の嗜好を変化させることで、需要と排出量の低減につなげることができます。抜本的な転換は、社会、技術、制度の変化を通じて起こるのです。より容易で安く、魅力的な選択肢があれば、非常に大きな規模の削減ができる可能性があると報告されています()。

さらに、世界人口の9割の温室効果ガスの排出量は、排出量全体の半分以下で、残りの1割の人が排出量の50%以上を排出していることから、衡平性も不可欠です。

エネルギーカスケードでは、最終エネルギーを有用なエネルギーへ転換し、有用なエネルギーからエネルギーサービスに転換することに最も大きなチャンスがあるとされています。

そして、需要側で鍵となる項目はそれぞれの分野で異なっています。例えば、栄養の分野では、社会文化的な要素が一番大きな役割を果たす一方で、産業においてはエンドユース技術の採用が最も大きな削減につながります。しかし、輸送の分野では、インフラ、あるいはエンドユース技術の採用が大きな違いを生み、陸上輸送と建築では、需要側による非常に大きな削減が見込めるため、需要とサービスに焦点を当てることは極めて重要です。

日本は、特に住宅における野心的な削減目標を掲げており、これは私たちの知見に基づくエビデンスでも評価されています。

需要側の緩和オプションがウェルビーイングの向上に

最後に、需要側のオプションは、多くの場合は安価であり、コスト効果が非常に高く、より成長すると同時に、生活の状態も改善する、ということを申し上げたいと思います。

異なる持続可能な開発目標に対し、いろいろな緩和策のチャンスがあります。需要側の緩和オプションは供給側のオプションよりも、SDGsとの相乗効果が高く、多くの場合が「非常に良い」、あるいは「ウェルビーイングに良い」影響があります。供給側を見ると必ずしもそうではありません。需要側の緩和オプションはウェルビーイングを大いに改善できるのです。

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