そんなに急いでどこへ行く? ”夢の超特急”リニア沿線からの報告 新連載 「重要湿地」に有害残土処分場計画(岐阜県・御嵩町)
2023年11月15日グローバルネット2023年11月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
時速500キロで東京・品川―名古屋間を最速40分、全線開通すれば品川―大阪間を最速67分で結ぶというリニア中央新幹線。高度成長期の1964年、前回の東京五輪に合わせて開業した東海道新幹線になぞらえ“夢の超特急”と呼ぶ人もいますが、南アルプスの大自然を長大トンネルで貫き、住宅の真下を大深度地下トンネルで掘り進むなど、自然環境や住民生活に取り返しのつかない犠牲をもたらす恐れをはらんでいます。
本連載では、2014年の着工から9年となるリニア沿線で何が起こっているか、現場で取材を続けている井澤氏に伝えていただきます。
●揺れる「住民投票」の町
リニア建設の最大のネックとなっているのが品川―名古屋間286㎞の約86%を占めるトンネルから掘り出される「残土」(JR東海や行政機関は「発生土」と呼ぶ)の処分場探しだ。その量は約5,680万立方メートル、東京ドーム約46杯分に及ぶ。
同社は環境影響評価(環境アセスメント)手続きで残土の処分先をほとんど示さないまま、当時の太田昭宏・国土交通大臣から14年10月、工事実施計画の認可を受けた。同社ホームページには23年3月末現在のリニアの「進捗状況」が掲載されているが、「発生土活用先の確定状況」は約8割、認可から9年たつのに約2割が未定だ。残土の行方を先延ばししたまま建設を押し進めた結果、沿線各地がしわ寄せを受けている。岐阜県御嵩町もその一つだ。
同町は人口約1万8,000人、名古屋鉄道広見線が走るのどかな農村だ。かつては中山道の宿場町や燃料となる亜炭の産出で栄え、戦後は名古屋市のベッドタウンの役割を果たしてきた。一躍脚光を浴びたのは、産業廃棄物処分場計画に揺れていた同町で1996年、当時の柳川喜郎町長が何者かに襲撃された事件。翌97年、町は産廃処分場受け入れの是非を問う「全国初」の住民投票を実施し、計画撤回に追い込んだ。
その経験から、町独自の環境基本条例や希少野生生物保護条例を制定し、レッドデータブックを作成。国の環境モデル都市にも指定された。よりによってその町に、カドミウムやヒ素などの重金属を基準値以上含む「有害残土」(JR東海は「対策土」「要対策土」と呼ぶ)の恒久処分場計画が2019年8月、JR東海から打診されたのだから簡単に受け入れられるはずもない。
JR東海の計画は次のようなものだ。リニア路線上にある同町に2本のトンネルを掘り、残土約90万立方メートルを掘削口に近い山林の谷間に処分する。このうち「有害残土」を含む約50万立方メートルを町有地、残り約40万立方メートルを民有地などの計約13ヘクタールに埋める。
この地域では、「美濃帯」と呼ばれる地層から重金属を掘り返すことによる被害が繰り返されてきた。隣接する可児市では03年、東海環状自動車道建設工事の残土に含まれる黄鉄鉱により水質が汚染され、魚が大量死したり、稲作ができなくなったりしている。
●重要な事実伏せたまま
当初は受け入れに難色を示していた渡邊公夫町長(当時)だったが、JR東海が21年7月、町民説明会を開くと、9月議会で一転して、「受け入れを前提として協議に入りたい」と表明。その理由としてかつての産廃処分場問題を挙げ、「われわれは『なぜ全国の廃棄物を御嵩で(受け入れなければいけないのか)』と言ってきたので、『御嵩町のもの(土)をどこかに持っていけ』というのでは、論理に整合性がなくなってしまう」と説明した。
同年7月には静岡県熱海市で、盛土が原因となる大規模土石流により28人が犠牲になったばかり。処分場候補地とされた上之郷地区の住民を中心に反発の声が挙がったため、「町民の不安解消や理解促進を図るため」として、町は有識者を交えJR東海と協議する沿線初の公開フォーラムを22年5月から始めた。
約550万円を費やしたフォーラムだったが、翌23年3月の6回目には、候補地の地元全16自治会で結成した「上之郷地区リニアトンネル残土を考える会」が、有害残土持ち込みに反対する決議書を渡邊町長とJR東海に手渡すという結果に終わった。渡邊町長は同年6月の町長選に出馬せず、処分場受け入れか否かの決断を新町長に「先送り」した。
フォーラムが「とん挫」した大きな要因は、残土処分場候補地を巡る重大な事実が伏せられたことによる町民の不信だ。候補地のある「美佐野ハナノキ湿地群」(美佐野湿地)は16年、環境省の「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」(重要湿地)に指定されたが、22年10月にその事実が週刊誌(「サンデー毎日」11月6日号)で報道されるまで、町もJR東海も町民に説明してこなかったのだ。
同省は国際的に重要な湿地を保全する「ラムサール条約」登録に向けた礎としたり、生物多様性の観点から重要な湿地を保全したりすることを目的に01年、「日本の重要湿地500」を公表。これを拡充して16年に公表したのが今回の重要湿地だ。
美佐野湿地を代表するハナノキは「氷河期の生き残り」として知られ、自生しているのは岐阜、長野、愛知3県の限られた地域。ゴルフ場や工業団地、宅地開発などで里山の生息地が狭まり、同省のレッドリストで「絶滅危惧Ⅱ類」に指定されている。
町民らの調査により、美佐野湿地はハナノキの成木が80本、幼木と稚樹が400本以上もある町内最大の自生地であることが判明。町の環境アドバイザーや希少野生生物保護監視員を務め、同調査をまとめた篭橋まゆみさんは処分場計画が持ち上がった当初から「候補地は絶滅危惧種の宝庫。残土で埋め立てていいような場所ではありません」と異議を唱え続けてきた。
●「受け入れ前提」白紙に
「重要湿地」報道を受けて西村明宏・環境大臣は22年11月11日の記者会見で質問に次のように答えた。
「重要湿地に選定されることによって法的に規制が生じるものではないが、当該地域における事業を検討する際には、関係自治体や事業者が適切に環境配慮を行うことが大変重要だと思う」 町外からの圧力も高まっている。日本生態学会自然保護専門委員会(23年3月)、日本野鳥の会(8月)、ラムサール・ネットワーク日本(10月)は、処分場変更や受け入れ拒否を求める要望書や意見書を、同町や県、JR東海などに提出した。
それにしても不可解なのは事業者であるJR東海の「顔」が見えないことだ。同年2月5日、町主催の重要湿地の勉強会で、「美佐野(湿地)が重要湿地であると確認したのは何年何月か」と町民から問われた同社職員は「(町を通じて環境省から)お聞きしたのは去年(22年)の夏ごろです」と答えた。
同社広報は「発生土置き場(残土処分場)はハナノキ湿地群をできる限り回避したものにしている」と説明するが、計画はハナノキが最も群生する谷を避けるよう配慮しているものの、町民が数えたところ、成木80本のうち20数本、約3割が伐採されるという。
23年7月に就任した渡辺幸伸町長は9月7日の町議会定例会で、前町長の「受け入れ前提」方針を「白紙のゼロベース」に戻すと表明。町民や有識者からなる「リニア発生土置き場計画審議会」を新設した。審議会は11月にスタート、年度内の答申を目指すという。これ以上何を話し合うのか、フォーラムの二の舞にならないのか、重要湿地を守ることができるのか、衆目を集める中での議論となる。