日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第77回 カンパチ育てる情熱と錦江湾の自然-鹿児島県・垂水市(錦江湾)
2023年08月15日グローバルネット2023年8月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
宮崎市から都城市を経由し、鹿児島県福山町に着くと黒酢の壺畑を眺めた。目の前には桜島と錦江湾(鹿児島湾)。翌日から鹿児島県大隅半島、宮崎県と沿岸を訪ねた(連載5回)。初回は錦江湾の魚の代名詞になったカンパチを養殖する垂水市漁業協同組合。品質にこだわったカンパチ養殖は日本一の生産額を誇り、さらに輸出拡大を目指している。
●どんな料理にも合う魚
訪れなかったが、噴煙が上る桜島の向こう側の祇園之洲公園(鹿児島市)に唱歌『我は海の子』(作詞:宮原晃一郎)の歌詞碑がある。歌詞のモチーフは錦江湾で、日本の原風景のような海を思い浮かべる人は多いだろう。
桜島の南にある垂水市漁協を訪ねると、筆頭理事の篠原重人さん、総務課の永野哲也さんから説明を聞くことができた。養殖カンパチの生産量は鹿児島が国内の約6割を占め、垂水市漁業協同組合が漁協としては全国一。共販(共同販売)で16業者の魚を買い上げ、ブランド「極上カンパチ 海の桜勘」(鹿児島県さかなブランド認証品)として加工販売している。年間の生産量は150~200万匹に上る。
カンパチを調べてみると、ブリやヒラマサの仲間だが、脂質とタンパク質のバランスが良いため味は淡白で脂身が少ない。刺身や寿司、しゃぶしゃぶや照り焼きなどどんな料理にも合う高級魚であることがわかる。
大型肉食魚で成魚は65から80cmほど。世界中の熱帯・温帯海域に広く分布している。ブリによく似た長楕円形だが、体高があり体の中央に黄色い帯。「間八」、「勘八」と表されるように、顔の正面から見ると、目の上に八の字の模様がある。
垂水市漁協はカタクチイワシなどの沿岸漁業から1955年頃に「育てる漁業」へ移行し、ハマチ養殖を始めた。ところが1989年7月に大隅半島に上陸した台風11号で壊滅的な被害を受けた。流出あるいは破損したいけすは350基、ブリ・ハマチ約70万匹が逃げ出して大損害を被った。
復興計画の中で、借入金返済もにらんで高収益が期待できるカンパチ養殖を目指すことになった。「当時、カンパチはブリの倍の値段でした。だたし稚魚が高価で手間がかかるために養殖が難しく、リスク覚悟の大きな決断でした」と篠原さんは振り返る。
●海を汚さない飼料使う
幸いだったのは養殖のための好条件がそろっていたこと。温暖な気候、外洋の風波を受けにくい内湾という地形で、平均水温22℃。平均水深は120mと深く良好な水質が維持できる。
春にいけすに稚魚を入れ、8月には60cm、3kgになり、秋口に4kgになる。60cm前後から出荷でき、大阪や関東などを中心に周年出荷をしている。稚魚は中国の海南島から20cmほどのものを仕入れて育てるので、厳密には蓄養なのだが「一般にわかりやすい『養殖』を使っています」(篠原さん)。将来は海外で普及している人工種苗になるだろうと予想している。
いけすは縦横8m、深さ8mで、漁協全体で587基。1基で3,000匹を育てている。年間の生産量は150~200万匹。組合の前にある海潟湾にある江之島の背後にかけていけすがあり、漁協そばを走る国道220号や桜島の224号から湾を眺めると壮観だ。
カンパチの品質の均一化、生産の一貫性を保持するため、最も重要なのが餌だ。原価で計算すると餌代が70%を占めるという。冷凍飼料(アジ、サバなど)に配合飼料を添加し、ペレット状に固めたMP(モイストペレット)を与えている。固めて散布する設備は進化を続けている。
さらに鹿児島県ならではの工夫もある。餌には県内で確保できる焼酎粕やお茶を配合しているのだ。お茶は魚の鮮度を保ち、ビタミンE増加やコレステロール含量減少の効果があるという。食べても魚臭さがなく、身の透明感も増すなど、いいことずくめだ。
錦江湾では沿岸の開発や人口増加による水質悪化が進み、1995年に赤潮で約10億円の水産被害が出たことがある。このため、下水、工場廃水の処理や魚類養殖の効率化を進め、湾内に流れ込む窒素、リンの量を削減。現在では赤潮の発生回数が減っている。
垂水市漁協は全体の飼育数の上限を140万匹としており、いけすごとに養殖日誌を記帳している。魚病診断や水質検査、薬品残留検査なども徹底して安全安心のトレーサビリティを確立。加工センターは、食品の衛生管理手法であるHACCP(危害要因分析重要管理点)を導入している。
近年、環境と養殖の持続可能性を目指すASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)認証が注目を集めている。この認証は天然水産物の「海のエコラベル」MSC認証の水産養殖版ともいえるものだ。錦江湾のカンパチ養殖が今後、認証取得を目指しても不思議ではないと感じた。
「昨年はアメリカ向けを中心に輸出100tを達成しました。国内市場が飽和状態となり、今後需要拡大が見込める海外をにらみ、輸出に力を入れています」と篠原さん。東京でデザイナーとして活躍後Uターンして実家の養殖会社を継いだ篠原さんは、タイでのカンパチ解体ショーや商談会開催など、世界をにらんだ行動力を持つ。
漁協の進取の気性に満ちた取り組みで思い出したのは、錦江湾を舞台にした薩英戦争(1863年)。薩摩藩が最新鋭の英国艦隊に大損害を与える奮戦で、英国は薩摩藩の実力を評価し友好関係に転じた。
●小中学校の給食に提供
永野さんに広大な漁協の敷地内を案内してもらった。漁協の海側にある加工センターでは、朝5時から作業が始まり、1日に500~600匹を処理する。朝いけすから水揚げされたカンパチは活き締めして頭や内臓を取り除き、規格サイズにカットし冷蔵の真空パックで発送される。他に活魚船で横浜などの市場に出荷している。
後継者確保も狙って、カンパチ養殖を知ってもらう取り組みに力を入れている。修学旅行生を民泊で受け入れ、養殖現場での餌やりや加工、食べるところまで体験してもらう。毎年5月の「垂水カンパチ祭」開催のほか、地元小中学校の給食でもカンパチフライを食べてもらう。
垂水市漁協の取材終了後、休業日だった漁協直営の「味処桜勘」に代わって、南の鹿屋市漁業協同組合の「みなと食堂」でカンパチの漬け丼定食を食べた。さっぱりとくせのないプリプリの食感だった。さらに南に移動し、坂下水産の「ふる里館」でカンパチの中華和えとフライを買った。
この日の取材前、大隅半島先端の佐多岬で夜明けを迎えた。その後、錦江湾の東沿岸を走りまくった。桜島や道路から見る錦江湾とカンパチ養殖の風景。沿岸の国道220号と県道68号部分をカンパチロードと名付けてはどうだろうか。