特集/シンポジウム報告 IPCCシンポジウム IPCC第6次評価報告書から考える私たちと気候変動<基調講演>IPCC AR6 第2作業部会(WGⅡ)報告書~影響・適応・脆弱性

2023年01月16日グローバルネット2023年1月号

IPCC第2作業部会共同議長
ハンス=オットー・ポートナーさん

 2021年8月から2022年4月にかけて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)の第1 作業部会(WGⅠ、自然科学的根拠)、第2 作業部会(WGⅡ、影響・適応・脆弱性)、第3作業部会(WGⅢ、気候変動の緩和)の各報告書が公表されました。統合報告書の発表は、今年の3月に予定されています。
 本特集では、2022年11月30日(水)に東京都内の会場で、対面方式とオンライン方式の併用で開催されたIPCC シンポジウム『IPCC 第6 次評価報告書から考える私たちと気候変動』(主催:環境省、文部科学省、農林水産省、気象庁)における、WGⅠ、WGⅡそれぞれの共同議長や報告書の日本人執筆者などによる基調講演およびパネルディスカッションの概要を報告します。

 

第2作業部会(WGII)の核心的な関心は、生物多様性と人間社会を守ることであり、報告書の知見はそのための長期目標の設定に極めて重要です。

人間の生活や自然、生態系に大きな影響をもたらす気候変動

人為的な気候変動は一層、自然や自然が人々にもたらす恵みへの脅威となり、乱獲による漁業資源の喪失、過度な干ばつ、それによる自然環境や作物の生産性の喪失、熱波による生物の大量死や人命の損失などをもたらしています。

気候変動による強力な熱帯低気圧の発生や海面水位の上昇、豪雨、干ばつが、多大な損失や被害を引き起こし、何十億もの人々に影響を与えています。すでに33~36億人が、気候変動の影響に対する脆弱性が高いホットスポットで生活していることが明らかになっています。特に、低緯度の熱帯地域(アフリカ大陸、中南米大陸、東南アジアなど)に住む人々は適応策を持っていないことが多く、脆弱性が非常に高くなっています。

報告書は、人間システムにおいて観測された気候変動の影響も評価しています。気温や水循環の変化は生態系だけでなく、水不足、食料生産、健康と福祉、さらには都市、居住地、インフラなど、人間社会の基盤にも影響しており、その多くが悪影響です。

人間と生物種は共に、生息地を喪失しています。人間は、温暖化の度合いによって異なりますが、特に低緯度地域で、極端な高温に暴露される人が増えています。2100年までに、世界人口の半分~4分の3が極端な高温の影響を受けるといわれています。一方、生物多様性は人間と同様に、気候変動によって生息地が限定され、特に低緯度地域で生息地が喪失されています。

さらに、人間や生態系に存在するさまざまな生物が、自然の重要なサービスの恩恵を受けていますが、温暖化する世界では、これらのサービスがリスクにさらされます。例えば、既に進行しているサンゴ礁の劣化や大規模な開発によって沿岸防護の機能が失われます。漁獲量も温暖化が進むにつれて減っています。私たちのメンタルヘルスや身体的健康、さらにはきれいな水・空気という基本的なサービスや気候の調整に役割を果たす「二酸化炭素(CO2)の貯留」も大きな影響を受けています。

WGIIが示す解決策

気候変動対策とは適応や緩和によりリスクを低減する努力のことです。適応には物理的、環境的、技術的、経済的、政治的、制度的、あるいは心理的、社会文化的な限界があるため、適応と緩和を組み合わせることも必要になります。

WGIIでは、アフリカ、地中海沿岸地域、ヨーロッパの3地域について、温暖化の度合いに応じた、食料生産、生物多様性、暑熱や感染症による死亡や罹患、海面水位の上昇、水の質や入手可能性、健康や福祉、沿岸洪水などのリスクを示しています。これらのリスクは、気温上昇が1.5℃を超えると危険な域に入るといわれています。

最も適応対策が求められるのが、先に述べたような脆弱な人口集団ですが、必要とされている取り組みと現実の取り組みとの間のギャップは拡大しています。どのように適応策を加速させ、維持していけばいいのか。WGIIでは、適応の加速に必要な変革について、「土地・海洋・沿岸域および淡水の生態系」「都市域・農村域のインフラ」「エネルギー」「産業」「社会」の5つのシステムにおける移行が重要であるとしています。

報告書では、さまざまな適応策について、それぞれどの程度実現可能で効果的なのか評価しており、政策立案者は適応策を進める際に、各選択肢について全体的な情報を得ることができます。

1.5℃目標とリスクを中程度に抑えることは両立可能

WGIIでは人間の健康・幸福、衡平性・正義、生態系・惑星の健康を同時に達成する発展モデル「気候にレジリエントな開発」を提示しました。2021年6月に発表された「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)/IPCC合同ワークショップ報告書」で取った「空間計画」というアプローチでは、気候、生物多様性、人間社会を統合されたシステムとして扱うことが成功の鍵となります。人間が自然と隣り合って共存し、調和して生きるためには、強力かつ効果的に保全されている空間、持続可能に利用されている空間、集約的に利用されている空間が隣り合っている必要があります。

科学は明白です。「世界レベルの協調による対策がこれ以上遅れれば、生存可能な将来を確保するチャンスを逃すことになる」。このWGII報告書の主要な結論は、「パリ協定の野心的な目標の達成に代わる、許容可能な代替案は存在しない」ということです。また、われわれが提案する「気候にレジリエントな開発」によって、緩和・適応・開発が統合され、損失と被害にも対応することができます。迫りつつあるタイムリミットと「気候にレジリエントな開発」の概念は、再生可能エネルギーのみの利用によって開発を進めることを求めています。

また、「正義と衡平」は、現在および将来において「責任の共有」を求めます。過去および現在にわたる国ごとの累積排出量は、全ての国の定期的な資金拠出の算出根拠となり得ると考えています。

気候変動と生物多様性における解決策は相互依存的です。気温上昇を1.5℃に抑えることが緩和の世界的な目標であり、リスクを中程度に抑えることが適応の世界的な目標になり得ます。WGIIの報告書では、この2つの世界的目標が両立可能であることを示しています。

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