環境ジャーナリストからのメッセージ ~日本環境ジャーナリストの会のページ民主主義を見直す試みと気候変動

2022年12月15日グローバルネット2022年12月号

東京新聞記者
福岡 範行

気候変動の取材を始めてから、数十年以上先を考えることが当たり前になった。2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにするにはどうすればいいか。2100年ごろの気温はどこまで上がり、どんな影響が出るのか。くり返し考えるうちに、自分たちは選挙を通じた政治の選択をする時、これほど長期の視点を持てているだろうか、という問題意識を抱くようになった。

 

●気候市民会議への関心

自分の年齢に置き換えてみても2050年には60代後半、2100年は生きていたとしても120歳に迫る。海面水位の上昇が避けられないとされる「数百年から数千年」に至っては、もはや実感がわかない。環境問題のスケールの大きさをつくづく感じる。

一方で、選挙は数年ごとに訪れる。将来を見据えた選択も心掛けるが、その時々の足元の課題もさまざまある。日本では環境問題が主要な争点となることは珍しいことからも、選挙との相性の悪さを感じていた。

だからこそ、無作為抽出を活用して選んだ市民たちの熟議を政策に生かすくじ引き民主主義、「気候市民会議」への関心を深めた。国内で初めて行政が主催した東京都武蔵野市の気候市民会議は7月から取材を続けてきた。

熟議の可能性を感じる一方で、日本で浸透する上での課題も感じた。

 

●痛みを伴う政策でも

そもそも気候市民会議の意義は何か。札幌市での実践などを通じて研究する北海道大の三上直之准教授は、現状の選挙制度の課題として、議員たちが数年で成果を示せるものばかりに力を入れたり、自らの支持者たちに痛みを伴う政策を避けたりしがちになる点を挙げる。三上氏は、選挙は温室効果ガスを多く出す既存の産業の利害を反映しやすいとし、「変化の原動力をつくり出すのが難しい」と指摘する。

気候市民会議は、その弱点を補う仕組みとして注目されている。世界に先駆けて2019~20年にフランス政府が開いた会議では、提言を基に熱効率の悪い住宅の賃貸禁止などが法案化された。

会議の意義を高めるには、参加した市民の熟議が政策決定に直接的につながることが望ましい。この点では、武蔵野市のような行政の主催の会議への期待は高まる。

しかし、同市はフランスや行政以外が主導した札幌市、川崎市でのケースとは異なり、市民が取り組める具体的な行動指針の作成を開催目的に掲げた。市民一人一人の行動変容に焦点が当たっており、政策決定への市民参画というよりも啓発色が強いと感じた。

ただ、政策提言を求める形にならなかったのは、市の地球温暖化対策実行計画を改定したばかりという事情もある。市にどんな後押しをしてほしいかも議論のテーマには含まれており、運営面での市側の試行錯誤も垣間見えた。

 

●変化した議論の中身

会議では70人近い参加者が、2050年の市の未来図を皮切りに、消費、移動、住まいをテーマに1回ずつ議論し、最終回では広めたい行動を話し合った。

大量消費を見直す議論では、経済の縮小を心配していた50代男性が、別の参加者の「買い換えより修理がお得になる仕組みに」との意見を聴いて「修理の仕事に転職してもいいな」と笑い、企業の意識改革の必要性も重視するようになった。男性は住まいの議論では、省エネ性能の高い住宅だけしか建てられない地域をつくることを提案。取材に「個人でできない部分は行政と一緒に取り組めたら」と語った。

一人一人の生活を持続可能な形に近づけるには、その選択をしやすい環境づくりが不可欠だ。会議のアドバイザーを務めた気候科学者江守正多さんらの働き掛けもあり、社会の在り方を議論する場面は増えていったと思う。

今後、市民の意見を政策につなげられるかで、市の力量が問われる。既存の政策づくりの段取りや前例を見直せるかどうかが壁になりそうだが、乗り越えられれば、市民の政治参加と気候変動対策を同時に前進させる可能性を秘める。化石燃料に依存した社会から脱却する力になり得ると感じている。

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