どうなる? これからの世界の食料と農業第3回 COP27で農業と食料システムが大きな焦点に~排出量3分の1を占める世界の食料と農業の課題
2022年12月15日グローバルネット2022年12月号
農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)
●COP27の食料・農業分野に関する議論
地球温暖化対策を議論する国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(以下、COP27)が、11月6~18日、エジプトの保養地シャルム・エル・シェイクで開かれた。約2週間にわたる交渉の結果、全体の成果文書である「実施計画」 等が決定された。
世界の温室効果ガス排出量の3分の1以上を排出する食料と農業分野は、これまで国際的な気候変動交渉の場では議論されてこなかった。しかしCOP27においては、気候変動による食料危機の深刻化等の内容が盛り込まれ、重要議題として話し合われた。また「農業及び食料安全保障に係る気候行動の実施に関するシャルム・エル・シェイク共同作業」も決定されている。
会議の中盤では、議長国であるエジプト主導で実施されたテーマ別のプログラムとして、「適応と農業の日(農業デー)」が開催された。エジプトは、気候変動の影響が深刻な途上国の代表として、「農業の技術向上」を先進各国に強く求めたという。農林水産省によると、COPで開催国が農業を全面に出し議論したことは極めて異例ということだ。
また国連食糧農業機関(FAO)は、「食料・農業の持続可能な変革(FAST)イニシアチブ」を立ち上げ、食料・農業分野に関わる気候変動の課題にこれまで以上に取り組んでいくことを表明した。
COP27における食料・農業分野の論点の柱は、COP23(2017年)で採択された「農業に関するコロニビア共同作業」の具体化であった。そこでは主に、途上国において有機肥料を利用する土壌・栄養管理、畜産における温室効果ガスの削減・持続可能な管理等が話し合われたとされる。
●食料システムはどのように気候危機を引き起こすか?
国際的な研究・実践者のパネルであるIPES-Foodは、COP27の食料・農業分野への取り組みについて一定の評価をしつつも、温室効果ガスだけに主眼を置くことは、農業が気候に与える影響の根本的な原因を無視する危険性をはらんでいることを指摘する報告書「BEYOND CARBON」を発表した。
同報告書で研究者らが問うのは、「食料システムがどのように気候危機を引き起こしているのか?」という点だ。全ての農業が同様に気候危機を引き起こしているのではなく、工業的食料システム(大規模農業、工業的畜産、化学肥料への依存、グローバルな物流、食品廃棄)こそが気候変動の大きな要因であると指摘している。一方、小規模でアグロエコロジカルな、持続可能な農業や先住民族のシステムは、比較的温室効果ガスの排出量が少なく、健全な生態系で炭素を固定できることを主張した。
同報告書はまた、気候変動問題における食料と農業に関する課題を以下の項目にまとめ、その解決の必要性を説明している(項目・文末の括弧内は、主張の引用元を意味する)。
○ 仮に今、他の全ての排出を止めたとしても、食料システムの排出だけで、地球温暖化はすぐにパリ目標の1.5℃を超えてしまう。(Science.org)
○ 1.5℃の温暖化により、トウモロコシ等の主食用作物の収穫量は減少する。気候変動による熱波、干ばつ、洪水の増加により、すでに何百万人もの人びとが深刻な食料不安にさらされている。(IPCC)
○ 化学肥料の生産と使用は、製造に高いエネルギー投入と大量の化石燃料を必要とするため、次のような広範な害をもたらす
―生態系に対する一連の有害な影響:有益な土壌微生物の死、動物・昆虫種への影響、人間への毒性
―メタン:畜産や米の大規模慣行栽培が人為的メタン排出の約37%の原因を占める(FAO)
同報告書ではまた、COP27の会議で初めて食料に焦点が当てられはしたが、大手アグリビジネス企業が事業と利益を拡大するためのスペースが設けられたことも批判している。
●農業団体によるCOP27への提言内容
COP27では、会期中としては初めて、国際小規模農業者団体からの共同書簡と提言書が送られた。共同書簡は、3億5,000万人以上の家族農家や農業者を代表する82団体が共同で、COP27に参加する首脳に向けて発表された。書簡では、「世界の食料システムは、たとえ地球温暖化を1.5℃に抑えたとしても、気候変動の影響に対処する能力がない」と警告し、「温暖化する地球で世界を養える食料システムの構築」がCOP27の優先事項でなければならないとしている。
一方で提言書は、共同書簡を送った一部の団体が会期内に改めて取りまとめたもので、以下の3項目について簡潔に提言している。
① 現在の食料危機は、農業に対する緊急のCOP27の決定と行動を求めている:
私たちは、COP27の最終結論において、農業、食料安全保障、持続可能な食料システムの重要性を認識し、農業における気候変動対策が小規模農家、女性らの生計を確保することを求める。
② 農業における地域主導の適応と回復のためのイニシアチブへの資金援助:
農業を存続させるためには、地域主導の適応策や、アグロエコロジー的手法等の回復力のある農業への移行のための資金を緊急に確保する必要がある。IFAD(国際農業開発基金)らの最近の報告書によると、気候変動資金のうち、森林や農業者に還元されるのはわずか1.7%に過ぎない。私たちは、農業者が主導する特定のファンドや施設を設立することを求める。
③ 小規模生産者と「損失と損害」:
「損失と損害※」に対する融資は、適応策、緩和策、ODA(政府開発援助)の公約に加え、気候正義の原則に従って実施されるべきだ。損失と損害に対処するための介入は、後発開発途上国(LDC)における小規模農業者、女性、その他の直接影響を受けるグループ等、最も脆弱な人びとを優先しなければならない。
※ 「 損失と損害(Loss and Damage)」は、すでに気候変動により大きな損害を被っている被災地への支援、被災者への生計手段の提供等を指す。COP27 では議論の末に「損失と損害」基金の創設が決定した。
気候変動による損失と損害は現実化しており、地球温暖化が進むにつれさらに深刻化していくだろう。独立研究機関である国際環境開発研究所(IIED)の2019年の算出では、過去50年間、気候関連災害による世界の死者の3分の2以上(69%)は後発開発途上国で発生している。FAOは、2008年から2018年の間に、後発開発途上国と低・中所得国(LMICs)における作物・家畜の生産損失は、700万人分の年間カロリー摂取量に相当すると推計している。
●おわりに
紹介した報告書や提言から見えてくる重要なポイントは、どのような食料システムや農業の形態が気候変動に影響を与えているのかという点であり、そしてその気候変動がどういった人びとに影響を与えているかという点であった。大切なのは、具体的な現場への影響から、気候変動に緩和・適応する未来のオルタナティブな食料システムや農業の形をどう構想していくのか、ということであろう。
COP27で食料・農業分野における議論が行われたことで、現在の食料システムや農業の課題が待ったなしのものであることがわかった。私たちは、日常の食卓からこの喫緊の課題にどう向き合っていくのか、早急に議論し始める必要があるといえるのである。