持続可能な社会づくりの模索~スウェーデンで考えること第8回  多様に広がる町の緑~自然との共生型社会への第一歩

2022年09月15日グローバルネット2022年9月号

ルンド大学 国際環境産業経済研究所 准教授、教育部長
東條 なお子(とうじょう なおこ)

筆者がこの原稿を書いている8月は、夏至祭を境に日は徐々に短くなるものの、まだ日光を十分に浴びられる、北国スウェーデンでは皆が心待ちにしている夏である。人間のみならず植物も元気旺盛なこの時期、さまざまな草花が生い茂って野菜、果物も実り、多くの人が庭いじりを楽しむ。日本も含め世界各地に数多くの愛好者がいる庭いじりをはじめとする緑との触れ合い、また町の緑の存在は、人間の精神面への効用のみならず、ヒートアイランド現象の緩和、雨水管理、生物多様性の維持、有機農作物の生産等々、持続可能な社会づくりにさまざまな役割を果たし得る。今回は、スウェーデンにおける町の緑の広がりについて、筆者が見聞きし感じることをいくつか取り上げてみたい。

ベランダや庭は家庭菜園にも憩いの場にも

市民にとって一番身近な緑は、何といっても、庭、ベランダ、窓辺等住居そのものやその付属部分にある緑だろう。種類や量、手入れの度合い等個人差はあるが、玄関先や窓、庭先をちょっとのぞくといろいろな緑が目に入ってくる。まだ寒い時期から咲き出すクロッカスや水仙、スミレに始まり、ラベンダー、シャクヤク、マーガレット等々幾多の花々や、限られた日当たりでも育つ観葉植物もさることながら、野菜や果物類もたくさん育てられている。よく目にするのは、ジャガイモ、トマト、豆といった野菜類からタイムやオレガノ、ミント等のハーブ、イチゴをはじめとするベリー類、リンゴ、梨、スモモ等の果樹あたりだろうか。春になるとトマトやイチゴの苗が市場に出回り、種や苗を家で育てて分けてくれる同僚もいる。収穫物はそのまま食卓に供される他、ジャムやジュースになって瓶詰めにされたり(写真①)、冷凍保存される。特にリンゴなど自己消費しきれない量が庭で採れることも多く、知人にあげる他、道行く人が自由に採れるように玄関先に出しておく人もいる。余ったリンゴを絞ってジュースにしてくれる会社もある。

①筆者の庭でなったスモモで作ったジャム。今年は300mlの瓶で40本近く作れた

庭やベランダは、植物を育てる場や鑑賞する対象であるのみならず、春から秋にかけて食事やお茶、おしゃべりや読書等々、余暇の時間を過ごす大切な場でもある。冬の間日照時間が短くなるスウェーデンでは、植物や庭の手入れ作業そのものを楽しむだけではなく、手狭なベランダでも屋外用の家具を常備し、天気の良いときは食事等は極力屋外で取る人が多い。

区画販売されるコロニー(市民農園)

このように耕したり余暇を過ごしたりする自分の庭や適当なベランダのない集合住宅に住む人たちにとってありがたいのが、コロニーと呼ばれる町中の市民農園である。スウェーデンでは、都市の集合住宅の住人が野菜や果物を育てる場所として最初のコロニーが1895年に設けられ、以来全国に広がった。当初は社会の貧困層にあった集合住宅の住人の食料を補充するという機能が主だったが、今では食料生産の場というよりは憩いの場として楽しむ持ち主の方が多いように思う。

筆者の住むルンド市にもコロニー用地が16ヵ所あり、中は200~400㎡の区画に仕切られている。区画は他の不動産と同様に売買されており、直近36ヵ月の間では計54区画(小屋付きのものもあり)が平均33万5,000クローナ(約430万円)で売られている。所有者はこれに加え、一定の管理費(2021年時点で年1m2あたり10.26クローナ(約132円))を自治体に払う。ちなみにルンド市内で同期間で売られた床面積100m2以下の集合住宅の平均価格が235万クローナ(約3,030万円)である。小屋建築には自治体の許可が必要で、大きさも床面積30m2以下、屋根のてっぺんまでで高さ4m以下等上限は決まっており、区画の残りの部分は植物を育てたり芝生にしたり、ということになっているが、各所有者はその範囲内で敷地を思い思いに使っているようである(写真②)。

②ルンド市内のコロニーの風景。育てるもの、垣根、小屋の設計等それぞれ持ち主が思い思いに選び、憩いの場として使っている。

芝生から草花の茂る野原へ

家の庭やバルコニー、コロニーといった個人所有の緑に加えて、市が所有、管理している公道近辺の緑地や公園、空き地をどのように使うかも、町の緑を考える上で重要である。ルンド市も、特に近年のコロナ感染症対策で必要性も高まり、市民にとってより良い屋外環境づくりに力を入れており、環境保護庁が毎年実施している屋外環境賞でも、今年は同庁のアンケートに返答した212の自治体のうち2位に選ばれた。

車道や自転車道近辺の緑地のうち樹木が生えていない部分は、少し前までは芝生で覆われているのが通常であった。スウェーデンの自治体全体でみると、自治体の緑地のうち80%は数年前まで芝生で覆われていた。この、芝生のみの緑地がもたらす、花粉媒介の低下等、生物多様性の観点から見た弊害が指摘され、この数年、緑の空き地の風景が背の低い草花の茂る野原に変わりつつある。筆者の近辺でも、例えば緑地の芝刈りの頻度が減ったり、芝生地帯の真ん中に草花が植えられたり、と変化が見られ、息子の購読している子ども向けコミック雑誌にも、芝刈りをし過ぎずに背の低い草花を残しておく効用の説明とともに、芝生の間に生えるとよい草花の種が付録で付いてきていた。

緑の屋根や路面電車の線路にも植物を

さらにこの10年ほどで進んだのが、水分吸収が良く乾燥にも強い植物を屋根に敷く、いわゆる「緑の屋根」の導入である。緑の屋根の温暖化や雨水管理等への数々の効用はスウェーデンでも少なくとも20年以上前から知られ、一部取り入れられてきたが、例えば新築の集合住宅の自転車置き場の屋根や路面電車の駅の屋根等、近年、実際の活用が目覚ましい。個人でも、例えば筆者の隣人は張り替えの必要な物置の屋根に緑の屋根を使うことを検討している。この、いわゆる自然ベースの解決策(Nature-based solutions)の導入の一貫として、1年半ほど前に開通した路面電車も、レールの間が一部、コンクリートや石畳の代わりに緑地となっている。

自然との共生に徐々に戻る町?

「ちょっとした」緑を超えて自然を町の中に取り戻そう、という上記のような動きが、スウェーデンを含む欧州諸国で少しずつ進みつつあるように思う。概して西欧文明の基調にあった自然は人間が支配・管理するものという見方から、自然との共生に価値を見出した社会づくりへの移行ともいえる。また、個人が趣味で育てた野菜や果物は地場産かつおおかた有機栽培であり、食の安全や自然環境保全の観点から、地球の裏側からの輸入物ではなく、地元で採れた有機農作物(外国産の有機農作物と有機でない地場産農作物で環境負荷の低いのはどちらか、となると悩ましいが)を使い、食材の自給自足を図る動きとも調和する。庭で採れたトマトを食卓に出しつつ、ささやかながら持続可能な社会への移行に役立つかな、等と夢想するこの頃である。

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