続・世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体第5回 北インド・ラダックにおける蕎麦栽培の復興を目指して
2022年08月15日グローバルネット2022年8月号
特定非営利活動法人 ジュレー・ラダック
古澤 めい(ふるさわ めい)
●北インド・ラダックの環境問題
ラダック地方はインド最北端、ヒマラヤ山脈の麓に位置し、標高3,000~7,000mの高山が連なり、冬はマイナス20℃という厳しい自然環境の中で人びとは農耕、牧畜を営んできた。50年程前までは外国人の立ち入りが禁止されていた地域で、近年近代化の波が急激に押し寄せ自給自足の伝統的な暮らしが失われつつある。そこでジュレー・ラダックは2004年より自然と調和した生活を取り戻すための活動を行ってきた。
近年ラダックが抱える大きな環境問題として、①地球温暖化により氷河の溶けるスピードが上がり将来の水不足が心配されること、②極度の乾燥地の土壌に対し、農薬や化学肥料によるダメージが強く、農作物が育たなくなるような土壌状態が危惧されること、が挙げられる。このような中で、農業を持続的に行うための対策が求められている。
●はじまり
ジュレー・ラダックでは、活動の柱の一つ「文化交流・相互理解促進事業」としてスタディツアーを実施している。2014年からは、日本の蕎麦同好会と協力し、蕎麦のルーツをたどるスタディツアーを開催し、蕎麦栽培村を訪ねるほか、蕎麦打ちを披露するなど、蕎麦食文化の交流を重ねてきた。その中で、栄養や経済面等、ラダックにおいて蕎麦の有用性が再認識されるようになった。また、日本から蕎麦のルーツを訪ねてくるツアー参加者の存在は、農民のみならず政治・経済界等、ラダックの人びとの蕎麦への関心が高まる機会となった。
さらに、蕎麦は小麦や大麦と比較して少量の水で栽培でき、有機栽培を普及させることで、上記2つの環境問題、水問題と土壌汚染問題の改善につながることが期待された。このような背景から、2019年より地球環境日本基金の助成を受けて、蕎麦栽培復興プロジェクト(以下、蕎麦プロジェクト)を開始した。
蕎麦プロジェクトでは、ラダックの人びとが蕎麦の効果について正しい知識を持ち、将来的には、主体的に環境や健康に良い農業や生活スタイルを選択することができるようになることを目指し、主な内容として、①蕎麦の栽培、②蕎麦栽培と食文化に関心を持ってもらうための活動(ワークショップ、フェスティバルの開催)を行っている。
●蕎麦の栽培
2019年は5ヵ村、2020年は5ヵ村、2021年は8ヵ村で新たに蕎麦栽培を行った。2020年から2021年にかけては、新型コロナウイルス感染症の影響を受け予定していた村に入れず、村の変更を余儀なくされた。入ることが可能な村のパンチャヤット(地方自治体)と相談しながら、蕎麦栽培農家を決定した。
それぞれの栽培環境の特徴(標高や水源、土の質など)を記録し、蕎麦栽培の専門知識を有する人に評価とアドバイスを受けながら、蕎麦栽培を行った。また、村のパンチャヤットと協力し、住民を集めて、種まきから収穫まで、実際に蕎麦栽培のプロセスを見て体験することで関心を高めてもらった。
3年間の栽培を通じて得られた最大の成果は、ラダックでの蕎麦栽培が可能であることが確認できたことである。蕎麦は少量の水で栽培でき、今後、温暖化等により水不足になっても、蕎麦栽培で生活できる見通しが立ったことは大きい。また、18ヵ村で栽培し、さまざまな環境での栽培の経験を記録することができた。さらに、プロジェクトをきっかけに、蕎麦栽培に関心を持った農民が自分の畑で栽培を始めたケースもあり、プロジェクトの波及効果として蕎麦栽培が広がりつつある。栽培方法や栽培環境に関する課題はまだあるが、より良い栽培の方法を模索しながら、ラダックでの蕎麦栽培を広めていきたいと考えている。
●蕎麦への理解を深めるために
蕎麦プロジェクトでは、蕎麦栽培や蕎麦の食文化に関心を持ってもらうことを目的に、蕎麦ワークショップと蕎麦フェスティバルを開催している。
2019年には3回のワークショップを開催した。主な内容は、村人を対象にした蕎麦栽培による環境や健康、地域社会への効果に関する勉強会、伝統食レストランのオーナー等を対象にした蕎麦料理の考案会である。考案会には日本からのツアー参加者も加わり、食文化交流の機会にもなった。蕎麦に関して専門的な知識を持つ人を講師として招き、蕎麦栽培による環境問題へのアプローチの可能性や健康、経済的に期待される効果をより多くの人に理解してもらうことにつながった。
8月には、ラダックの中心地レーのメインバザールでフェスティバルを開催し、約1,000人が参加した。日本の蕎麦職人を含む6つの店が出展し、蕎麦を使った料理を販売。ラダック自治政府の関係者も参加し、ラダックの蕎麦栽培と環境問題、有機農業の重要性を訴える話がなされた。
これらの活動により、ラダックの人びとが伝統的に栽培し食していた蕎麦に対する関心を改めて持つことができるようになった。また、蕎麦フェスティバルに参加した団体の若い世代を中心に、「ローカル・ラダック」という団体が設立され、ラダックの伝統料理の普及を目的にサポートし合う体制が生まれた。
2020年度は、新型コロナの影響を受け、イベントを開催できなかったが、プロジェクト期間が延長されたことにより、2021年9月に蕎麦ワークショップおよびフェスティバルを以前から蕎麦栽培が行われているスキュルブチャン村において開催することができた。これまでの活動によって蕎麦に関心を持つようになったラダック選出の国会議員の協力もあり、ラダック自治政府、スキュルブチャン村の会(パンチャヤット、青年会、女性自助グループ)、ローカル・ラダックと協力し、村での開催が実現したのである。
ワークショップには、村に21ある女性自助グループの代表者が参加し、ローカル・ラダックのメンバーを講師に蕎麦と伝統食のさまざまな料理を学んだ。翌日、村の蕎麦畑を会場に開催されたフェスティバルには、村や近隣の村の住民、政府機関等から約1,000人が参加した。村の女性自助グループもブースで、前日に学んだ蕎麦料理を紹介した。前出の国会議員や自治政府関係者も参加し、村の会と協力して、今後もスキュルブチャン村で蕎麦フェスティバルを継続していくことが確認された。フェスティバルの様子は地元テレビやラジオで報道され、ラダックで蕎麦栽培をすることの効果を多くの人に知らせることができた。
特筆すべきは、蕎麦ワークショップおよびフェスティバルを村の会の主導で開催したこと、さらに地元の関係者が協力して、今後も蕎麦を広めるイベントを継続的に開催する見通しが立ったことである。
2022年、自治政府は蕎麦を使った商品開発への支援を打ち出し、若者のグループが取り組むと聞いている。蕎麦プロジェクトをきっかけに蕎麦への関心が高まり、村の会や自治政府が蕎麦の復興に積極的に取り組むようになり、伝統食を推進するローカル・ラダックの設立につながった。今後は、ラダックの人びとによって蕎麦栽培の復興が進められるよう、一歩引いたところから活動を継続していきたいと考えている。