特集/「緑の街づくり」を担う街路樹の在り方を考える街路樹再生の条件~日本の都市緑化のゆがみを問う
2022年08月15日グローバルネット2022年8月号
(公財)えどがわ環境財団
海老澤 清也(えびさわ せいや)
本特集では、街路樹を「文化」の一つとして育み、持続可能な都市づくりを目指すフランスの事例も参考にしながら、日本の街路樹の今後の在り方について考えます。
課題に対する日本と欧米の異なる姿勢
夏の日の木陰の心地よさは誰にでもある体験だ。しかし今、日本の多くの街路樹は切り詰められ哀れな姿になっている。街路樹管理者が切り詰め剪定を行うのは、「建物等への支障」「台風による倒木」「落ち葉への苦情」「経費削減による剪定回数の減少」等への対処が主な理由だ。
ところが街路樹が枝葉を大きく広げる欧米でも、日本と共通の課題はあるのだ。英国でも狭い道路は多く、米国のハリケーンも強力である。ドイツでも落ち葉清掃の要望はあり、米国でも経費削減の圧力は高い。欧米での街路樹管理の課題と対策を次に示す。
課題1:狭い道路での建物等への支障⇒建物側の枝葉のみ抑制し車道側の枝葉は伸ばす(英国ロンドン等)
課題2:ハリケーンによる倒木のリスク⇒植栽基盤の改良や構造的剪定による支持力の強化(米国フロリダ州等)
課題3:落ち葉清掃の要望⇒沿道地権者の費用負担に応じた清掃頻度(ドイツ・ハンブルク等)
課題4:街路樹の成長に伴う管理経費の増加⇒管理経費を超える経済効果を数式「i-Tree」で数値化し示す(欧米諸都市)
倒木対策として欧米では植栽基盤の改良により根の支持力を強化するが、日本では樹冠を切り詰める。管理経費については、米国でも予算削減の圧力が高まり農務省が都市樹木の経済価値(保健、防災、観光等)の数値化のため数式「i-Tree」を開発した。これによれば切り詰め剪定は街路樹の資産価値を著しく損なう。「切り詰め剪定」を行う日本の管理方法は世界的にもまれなばかりか、日本の長い近代街路樹の歴史の中でも極めて異例だ。
日本の街路樹の変遷~緑化目標の達成から樹木管理の劣化へ
日本の近代街路樹の発祥は幕末の横浜開港に伴い1867(慶応3)年に横浜の馬車道に植えられたヤナギやマツとされる。1874(明治7)年、東京で初めての近代街路樹として銀座通りにマツやサクラが植えられた(後にヤナギに替わる)。1921(大正10)年には明治神宮造営に伴い表参道のケヤキ並木が、1926(大正15)年には神宮外苑のイチョウ並木が整備される。しかし、太平洋戦争(1941~1945)での惨禍により表参道のケヤキ並木等多くの街路樹は焼失する。しかし、東京は再び表参道のケヤキ並木等を復活させた。
ここからは(公財)都市防災美化協会による「都市防災・美化のための街路樹管理技術・体制のあり方に関する調査・研究」報告書(2020年9月)を参考に考えたい。
この調査(筆者も参加)は優れた緑化事業を展開した7都市(東京都、仙台市、名古屋市、山口県宇部市、愛知県豊橋市、東京都江戸川区)を対象とした。「杜の都」仙台市も戦災によって歴史ある木々を焼失した。名古屋市も名古屋城を含め街の多くを焼失した。しかし、二つの都市の先人の努力が、仙台市はケヤキ並木で有名な青葉通り等を、名古屋市は100m道路と呼ばれる久屋大通り等の並木を完成させた。宇部市は工業都市として日本の戦後経済を支えながら「世界一のばいじんの町」といわれる中で都市緑化を決意し、神宮外苑のイチョウ並木等を手掛けた造園家の折下吉延氏に指導を請い見事な街路樹事業を展開した。豊橋市や江戸川区も環境悪化への危機感から都市緑化を決意し美しい街路樹景観を実現した。
しかし、このような優れた街路樹事業を展開した諸都市も、やがて「切り詰め剪定」に代表される街路樹管理の劣化を迎える。東京都では1964年の東京オリンピックまでは優れた街路樹管理が行われていた。しかし、1982年発行「都市公園」(77号)に当時優れた街路樹事業を展開していた豊橋市職員(森田欣尚氏)が「東京よなぜそんなに並木を切るの!-地方より願いをこめて」という標題で寄稿しており、この時期(昭和57年)には東京都でも「切り詰め剪定」が一般化していたと思われる。明治、大正、昭和へと継承されてきた優れた街路樹事業はオリンピックという国家目標を達成したことが大きな節目となった。それまでの直営管理から1973年の民間委託への移行も何らかの影響が考えられる。しかし、このような推移は東京だけではなく他の6都市にも共通し、管理数量の増加に伴う委託化も避けがたい推移といえる。7都市の緑化事業の変遷を要約すると次のようになる。
- 環境悪化(戦災含む)への危機感による都市緑化への決意
- 体制づくり(予算・人員・技術)
- 緑化事業の推進(計画・整備・管理)
- 緑化目標の達成(緑豊かな都市の実現)
- 危機感の低下(また委託化による技術力の低下)
- 樹木管理の劣化
「危機感の共有」が街路樹再生への分岐点~「樹冠被覆率」の導入を
このような街路樹管理の劣化から再び優れた街路樹管理を復活させたのが仙台市と名古屋市である。共通するのは街路樹管理の劣化への危機感が組織内に共有されたことだ。「危機感の共有」こそが街路樹再生への分岐点である。
仙台市と名古屋市は形骸化した研修制度の見直しを重視した。仙台市の研修は先輩職員が自ら木に登り剪定作業の実演をするという徹底したものだ。名古屋市では年間を通して現場での技術研修(街路樹点検、街路樹剪定講習、街路樹治療等)が実施される。単なる知識ではなく日常の現場での実践を職員に求めるものだ。なお、再生への動きは他の一部の都市にもあることを補足する。
過度な委託化の副作用は、作業内容のブラックボックス化と管理作業に対する職員の評価眼の低下にある。委託化の主な目的は経費削減にあるが、欧米で普及した数式「i-Tree」によれば「都市樹木の管理費は、それを超える経済効果(健康、防災、観光等)をもたらす」という。マクロな視点での財政運営も日本と大きく異なる。フランスのナントでは、過度な委託化の見直しによる美しい街並みの効果が観光客の増加や人口の流入をもたらした。ドイツのハンブルクでは技術者を長く街路樹事業に従事させ、委託作業を指導できるスペシャリストを育成する。数年で異動する日本の人事制度ではスペシャリストの育成は難しい。
今、欧米では温暖化によるヒートアイランド現象から都市を守るために都市緑化の新たな評価基準として「樹冠被覆率」を導入し、さらに枝葉を広げようとしている。しかし日本はいまだ「樹木本数」を評価基準とし枝葉を切り詰めているのだ。「樹冠被覆率」の導入こそが日本の都市緑化のゆがみを正す最初の一歩である。