持続可能な社会づくりの模索 ~スウェーデンで考えること第7回 持続可能性のための教育現場で~取捨選択、パラダイムシフトの難しさ
2022年07月15日グローバルネット2022年7月号
ルンド大学 国際環境産業経済研究所 准教授、教育部長
東條 なお子(とうじょう なおこ)
持続可能な社会を構築する上で根幹にあるのが持続可能性に関する教育であり、スウェーデンでも幼稚園児から社会人までいろいろな年代層に向けてさまざまな教育活動が行われている。筆者もルンド大学の国際環境産業経済研究所で、持続可能な社会づくりに資する人材育成のための教育活動に20数年さまざまな形で携わる機会を得、昨年来教育部長を務めている。今回は、1995年の研究所設立当初より行っている環境マネジメント・政策(Environmental Management and Policy:EMP)修士プログラムの内容を紹介しつつ、現時点での課題について考えてみる。
企業の環境負荷削減を目指したプログラム
EMPプログラムは、社会全体の環境負荷削減(特に事後対応ではなく発生抑制)を進めるために私企業の取るべき対策、またその対策を促すような政策を評価・設計・実施できるような人材育成のための、学際的・国際修士プログラムである。毎年20~25ヵ国から集まった、学歴も自然科学、工学、社会科学、人文科学等多岐にわたり職歴もさまざまな学生30人前後が就学し、この6月にも29人の第27期生が巣立っていった。学部から直接入学する学生もいるが、入学審査では関連分野での実務経験も重視しており平均年齢は20代後半である。卒業後の就職先は、政府・公共機関、私企業がそれぞれ約4分の1を占め、研究機関、コンサルタント、NGO、自身の起業、と続く。
企業と政策の二本柱、社会と近接した実践学習
2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)を持ち出すまでもなく、持続可能性にはたくさんの側面があり、持続可能な社会づくりには、諸々の学問領域から場合に応じて必要な知識や手法を選択・統合し、問題解決を図ることのできる人材が必要である。環境面での持続可能性を主眼とするEMPプログラムにおいても、異なる学歴を持つ学生たちが皆、持続可能性を考えるのに有用と思われる諸分野の基礎は一通り分かるようにするため、1年前期は主に自然科学、経済、ビジネス、法政策等の基礎コースで占められる(表1・2段目)。全般として理論より応用中心で、社会で現実に活動する人たちや組織との接点をできるだけ多く設けるようにしている。前述のとおり、社会全体の環境負荷削減のために肝要な私企業の行動改革と、それを促す政策がプログラムの二本柱となっており、卒業時には企業・政策決定者それぞれの考え方を理解できるよう、マネジメントの3コース、法政策の3コース(表2段目)は基礎コースとともに全学生必修である。1年目の最後にはそれまでに学んだことを実践すべく、企業でのコンサルタント実習あるいはインターンシップコースを選択する(表3段目上部)。2年前期には、現実の依頼人の要望する分野における持続可能性に関する解決策を提案するという、さらに規模の大きい実習が統括コースの一つとして設けられている(表4段上部)。例えば2021年秋の実習は、ワイン対象の持続可能性ラベルを取得することの商業的価値の検討、持続可能な消費に関する取り組みを、政府間の交渉の中で途上国を巻き込んで進めていく筋道の提案、ケニアを拠点にアフリカの自動車の電気化を図る新興企業の持続可能性戦略の提案等々多様な内容で、依頼人も一企業から工業会、政府、国連機関等、公私の別・規模・拠点等諸々である※。
チームワークの練習、人的ネットワークの構築
持続可能な社会づくりに必要な専門知識を一人の人間が全て身につけるのは非常に難しく、仮に知識があり施策を設計できたとしても、その運用のためには他人との共同作業が不可欠である。文化的背景・職歴・学歴の多様な学生の集まったEMPプログラムは、このような共同作業の実践に格好の場である。プログラムでは、多様な人とのグループ作業を円滑に気持ちよく行っていくための留意点を取り上げたワークショップに始まり、グループへの課題がさまざまなコースで出され、学生たちはグループ内での意見の出し方、意思決定方法、役割分担等を学んでいく(写真)。
プログラムではまた、競争ではなく協力の必要性や利点を強調し、チーム構築のための合宿をはじめ、授業の内外で学生相互、また学生と研究所のスタッフとの人的ネットワークの構築を図っている。初期の学生が卒業して25年以上たった今、卒業生のネットワークも新卒学生の就職に大きな役割を果たしている。
課題1:広く浅くか、深掘りか
EMPプログラムは95年の設立時より、プログラムの長さや構造も含め大きな改訂が4回行われ(現行バージョンが始まったのは2018年)、学生や卒業生の意見を取り入れ、社会全般や同様のプログラムの内容等も鑑みながら更新を進めてきた。多方面で活躍する卒業生に照らしても、持続可能な社会づくりのための人材育成にささやかながら貢献してきたと思う。
とはいえ、課題は尽きない。一つは、特に持続可能な社会づくりに不可欠な諸科目の基礎をカバーする一学期の内容が、広く浅い知識の提供となり、学生の消化不良を招くことである。そもそも深掘りの知識を習得させることは意図しておらず、上記のような多彩な人たちとの共同作業を行うにあたって必要な共通な語彙を取得し、その語彙の理解ができるようになることを目的としているのだが、それまで全く勉強してこなかった科目がたくさんになってしまう学生も多く、どうしても情報過多になる。
課題2:欧米中心主義や経済成長ありきの社会システムからの脱却
さらに、アジア人である筆者にとっては長年の懸念事項であり、近年学生たちの声も高まっているのが、得てして欧米中心の世界観を基調とした授業である。
学生のみならず職員の文化的背景も比較的多彩な研究所ではあるのだが、欧州スウェーデンにある研究・教育機関であるから、欧米出身の教職員がその他に比べてやはり多い。そして、数多くの教職員は自らを国際的だと思っているが、どこかで、いわゆる「上から目線」の優越意識が透けて見えたり、欧州で認識されている以外の持続性に関する考え方が認識されていなかったりする。職員の潜在的偏見への注意を喚起するとともに、学生たち自身がもたらしてくれる、欧米外からの事例等を少しずつでも取り入れるところから改善を試みている。さらに、現実の解決策に焦点を絞ってきた故の帰結でもあるのだが、現行プログラムでは既存の社会システムへの批判的検討が少なく、あるべき社会の理想像、例えば、経済成長ありきではない社会システムも取り上げてほしい、という声も上がってきている。上記の情報過多、そして、それによる学生のストレスの問題や、手いっぱいの教員の状況も考えると、欲張りにただ内容を増やすわけにはいかず、何かを減らさなければいけない。持続可能な社会づくりを教える場で、学生・教員にとって持続可能な学習・教育環境を維持していけるのか。悩ましい問題である。