特集/今、スポーツに求められること~持続可能性の観点から~スポーツと企業~持続可能性への関わり

2022年04月15日グローバルネット2022年4月号

大阪体育大学 学長
原田 宗彦(はらだ むねひこ)

 東京2020大会は2021年7-8月、コロナ禍で無観客となったものの、国内外から数万人の選手や関係者が集まり開催されました。オリンピック・パラリンピックというメガスポーツイベントにおける持続可能性の取り組みの中で、何が達成され、何が達成されなかったのでしょうか。そして、その経験は日本のスポーツ界、ひいては今後の持続可能な社会づくりに向けて、どのようなレガシーを残したのでしょうか。
 今回の特集では、東京2020大会での取り組みを振り返り、今後の日本のスポーツ界にどのようなバトンが渡されたのか。さらに、スポーツの垣根を越えた、企業などとの連携によって、持続可能な社会づくりや、地域振興、環境・社会問題の解決にどう貢献していけるのかを考えます。

 

企業が持続的に成長するためには、気候変動や脱炭素等への対応を示す「ESG」(環境:Environment・社会:Social・ガバナンス:Governance)」に対する配慮が不可欠とされている。企業には、「環境に対して良いことを行っている会社」であるというメッセージを発信し、それを実行する経営力が求められるが、メッセージを消費者に届ける媒体として期待されているのがスポーツである。

IEGスポンサーシップレポート(2018)によれば、北米で動く約7兆円規模のスポンサーマネーの7割がスポーツで使われている。残りは、エンターテイメント(10%)、社会貢献(9%)、アート(4%)等であるが、スポーツが占める割合は突出している。その最大の理由が、スポーツが持つ情報発信力の強さである。

良質なスペクタクルの中で生まれる「感動」「誇り」「怒り」といったスポーツ観戦に特有な感情経験と、チームやクラブを支援するスポンサー企業に対する親和的な感情は、他の芸術・文化イベントにはない「訴求効果」をもたらす。チームやクラブを介して発信される協賛企業のメッセージは、数多くのファンにリーチし、商品やサービスの購入にも好影響を与えるのである。近年では、持続可能性を経営の中核に置くチームやクラブに対し、同じ価値観を共有する企業が、スポンサーとして仲間になるケースも散見される。そこで本稿では、持続可能性に関わる企業とスポーツについて、3つの事例を紹介しながら今後の展開について考察を施してみたい。

気候宣誓アリーナ

企業がスポーツを活用して、持続可能性に取り組んだ事例で注目を集めたのが、eコマース最大手のアマゾンが命名権を取得した米国シアトルのアリーナである。本来ならば企業名を冠した「アマゾンアリーナ」になるのが通常であるが、アマゾンはあえて「Climate Pledge Arena」(気候宣誓アリーナ)という名称を冠し、環境問題に取り組む企業の姿勢を明確にした。

アマゾンはこれまで、環境問題に対する無関心さに対してさまざまな批判を受けてきた。例えば、気候問題に関する説明責任の欠如に抗議した従業員のストライキ等はその典型である。それに対しアマゾンは、巨額の資金を投入して、同社が排出する膨大な二酸化炭素(CO2)を削減する持続可能な取り組みを展開してきたが、今回の命名権の取得は、スポーツが持つ強力な「訴求力」を活用した事例として注目を集めている。

同アリーナでは屋根を使って雨水をため、これを再生してアイスリンクの氷の生成に使用する他、飲用ウォーターボトルの充填ステーションをアリーナ全域に設け、トイレやシャワーも節水型に仕様変更を行っている。また来場するファンに対しては、公共交通機関の利用を推奨し、試合の電子チケットを見せれば、市内とアリーナを接続するモノレールの運賃が無料になるような取り組みも行っている。さらに太陽光パネルと再生可能エネルギーを使った発電によってアリーナはオール電化となり、毎年計測されるCO2排出量に応じて炭素クレジット(温室効果ガスの排出削減量証明)を購入することで、輸送等アリーナ単体で対処できない排出を相殺する等、2040年を目途にゼロカーボン・アリーナの実現を目指している。

世界一エコなサッカークラブ

英国には、世界で最も環境に配慮したプロサッカーのチームがある。それが、「フォレストグリーン・ローバーズ(FGR)」という、「イングランド・フットボールリーグ2」(実質4部)に所属する小さなクラブである。このクラブは、国連から初めて「カーボンニュートラルなスポーツクラブ」として認定され、〈気候変動との闘いと持続可能性〉をクラブの経営理念に掲げている。

試合中にファンが購入できる食べ物はビーガン食のみで、スタジアム周辺には電気自動車(EV)用の充電スタンドやソーラーパネルが設置されている。ピッチ(芝生)の育成に農薬や除草剤は使わず、有機飼料が使用されている他、散水に使用されるのも雨水のみという徹底ぶりである。さらに、FGRの環境と持続可能性に特化した経営理念は、その価値に共振する多くの企業の関心を集める。

言うまでもなく、プロのサッカークラブとして活動するためには、(スポーツビジネスとして)多くの企業スポンサーを集めなければならない。しかしFGRのような小規模で知名度が低いクラブは、通常スポンサー集めに苦労するのが普通である。ところがFGRの場合、クラブの理念に共感する、持続可能性を表看板に掲げる企業が多数スポンサーに名を連ねている。例えばベジタリアンの食品を販売する会社や、グルテンフリーの乳製品を販売する会社、そして持続可能性を重視する資産運用会社等であるが、その中でも、太陽光、水力、風力、地熱、そしてバイオマス等のグリーンエネルギーを提供する英国の電力会社「エコトリシティ(Ecotricity)」や、海洋環境保護団体である「シーシェパード」等、世界的に注目を集める企業や団体が協賛企業になっているのは注目に値する。これは、明確な経営理念を掲げるサッカークラブが、持続可能性という共通の理念を持つ企業に支えられ、共有価値の創造を目指す「CSV経営」の座組みに発展していった好事例の一つである。

Jリーグクラブの挑戦

日本においてもスポーツと企業の関係は深まっている。例えば、プロサッカーのJリーグが行う「シャレン!」という社会連携活動を通じて、各クラブがホームタウン地域の協賛企業等とともに、持続可能な開発目標(SDGs)への貢献活動を展開している。その事例の一つが、山口県をホームとするJ2リーグの「レノファ山口」である。同クラブは、2021年11月に、SDGsの達成や脱炭素・循環型社会の実現等に向けた取り組みを推進するために、環境省中国四国地方環境事務所、山口フィナンシャルグループ、山口銀行、YMFG ZONEプラニングと包括連携協定を締結し、スポーツと企業が連携した持続可能性社会の実現に向けて動き始めた。同クラブのHPによれば、以下の5つが目標として定められている。

①SDGsの観点での地域の活力を最大限発揮するため、地域社会を構成する行政、企業、金融機関、市民団体、大学・学校、サポーター、Jクラブ等のステークホルダーが一体となった取り組みを実現するための環境整備と情報発信・コミュニケーションの推進
②脱炭素社会(カーボンニュートラル)、循環経済(サーキュラーエコノミー)、分散型社会への移行を進めるための知見の共有や普及活動・行動変容を促す活動での協力
③ホームタウンの地域資源を最大限に生かした地産地消の取り組みの推進
④環境省とJリーグが持つさまざまなチャネルを共有する連携の強化
⑤共通のゴールを実現するための更なるアクションを展開するための継続的な協議

具体的な事業としては、環境整備としてのスタジアム周辺や近隣地区のごみ拾い、スタジアムでのリユース食器の利用、スタジアム来場時の公共交通機関の利用、再生エネルギー等を利用したスタジアムや試合の脱炭素化、ファンが持ち寄った古着のリサイクル等であるが、同時に、「J公民連携ESG/SDGs事業推進パートナー契約」の枠組みを活用して、環境問題に取り組む企業との連携の拡大を目指している。

スポーツと持続可能性の取り組みは、まだ歴史も浅く始まったばかりであるが、今後、環境問題に対する意識の高まりが世界的に進展することによって、スポーツと企業の間にウィンウィンの関係が生まれることが望まれる。そのためには、スポーツの側がSDGsや環境問題に積極的に関わり、同じ文脈を共有する企業や団体と、ビジネス上の関係を構築する経営姿勢が重要になるだろう。

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