特集/今、スポーツに求められること~持続可能性の観点から~オリンピック・ムーブメント史の立場からみるスポーツの持続可能性・これまでとこれから

2022年04月15日グローバルネット2022年4月号

公益財団法人 日本スポーツ協会 スポーツ科学研究室 研究員
石塚 創也(いしづか そうや)

 東京2020大会は2021年7-8月、コロナ禍で無観客となったものの、国内外から数万人の選手や関係者が集まり開催されました。オリンピック・パラリンピックというメガスポーツイベントにおける持続可能性の取り組みの中で、何が達成され、何が達成されなかったのでしょうか。そして、その経験は日本のスポーツ界、ひいては今後の持続可能な社会づくりに向けて、どのようなレガシーを残したのでしょうか。
 今回の特集では、東京2020大会での取り組みを振り返り、今後の日本のスポーツ界にどのようなバトンが渡されたのか。さらに、スポーツの垣根を越えた、企業などとの連携によって、持続可能な社会づくりや、地域振興、環境・社会問題の解決にどう貢献していけるのかを考えます。

 

新型コロナウイルス感染症の拡大による影響を受け、オリンピック史上初めて延期されることになった東京2020大会。パンデミック下におけるイベントの運営方法についてはさまざまな角度からの検証や評価が必要であろう。その一方で、東京2020大会組織委員会は組織全体で「持続可能性」に関する取り組みを行うことを掲げていた。この主要テーマは、「気候変動」「資源管理」「大気・水・緑・生物多様性」「人権・労働、公正な事業慣行等」「参加・協働、情報発信(エンゲージメント)」の5点である(東京2020大会組織委員会HPより)。これらのうち、「気候変動」に対する取り組みについては環境保護団体等からも一定の評価を得ているようである。

オリンピックは1894年に設立された国際オリンピック委員会(IOC)が主催する国際総合スポーツ大会である。またオリンピックは、スポーツを通じて調和のとれた人間を育成し、異なる文化を理解するとともに、相互理解を深めることによって平和な社会の創造に寄与する運動「オリンピック・ムーブメント」の一部である。IOCはこれまでにさまざまな社会問題に直面しており、環境破壊に対する批判も受けてきた。そのため、1990年代以降、IOCは国際的な環境保護および持続可能性のムーブメントに沿って行動するようになった。そこで本稿では、IOCが環境保護および持続可能性に関する取り組みを行うようになった背景や、東京2020大会における「気候変動」に対する取り組みを紹介したい。

オリンピックと環境保護 ~これまでのあゆみ

オリンピックにおいて初めて環境破壊に対する批判が上がったのは、1932年にアメリカのレークプラシッドで開催された冬季大会であったとされる。競技場建設予定地が州立公園内であったことを理由に、地元の環境保護団体が抗議運動を起こした。しかし、当時は環境保護への関心が高くなかったためか、競技場は予定通り建設されてしまった。なお、オリンピックにおける環境破壊に対する批判は夏季大会よりも冬季大会に関連するものが多い。その理由の一つは、冬季大会が徐々にリゾート地から都市部で開催されるようになり、新たなスキー場等の建設のために広大な森林や山地を削る必要があったからだ。

1970年代には環境保護団体等からの抗議運動が断続的に行われるようになる。1972年に札幌で開催された冬季大会では、スキー滑降コース建設のための国立公園内にある恵庭岳の使用を巡って北海道自然保護協会から意見書が出された。大会組織委員会と同協会の間で議論がなされ、大会終了後に競技場を撤去し跡地に植林することを条件に競技場が建設された。これはオリンピック史上初めて行われた環境保護対策とされている。その一方で、現時点では植林した地帯は周辺との調和が達成されたとはいえない状況にある。

1976年冬季大会はアメリカのデンバーで開催するはずであった。しかし、デンバーではオリンピック開催のための公的資金の投入に対する住民投票が行われ、過半数の住民が反対した。反対理由の一つは、自然環境や景観の破壊に対する懸念であった。これを受け、デンバーは開催権を返上せざるを得なくなった(同大会はオーストリアのインスブルックで開催)。

1980年代から1990年代には、よりいっそう環境破壊に対する批判が強まっていった。1994年にノルウェーのリレハンメルで開催された冬季大会では、環境保護団体から批判が上がったことをきっかけに、IOCが大会組織委員会に対して対応を求めた。そこで、IOCや大会組織委員会のほか、環境保護団体等の多様なステークホルダーを交えた協議がなされ、最終的に後利用と景観保護を意識した競技場建設が行われた。この大会は現在においても「グリーンな大会」として語り継がれている。

IOCの取り組み ~環境保護から持続可能性へ

1990年代以降、IOCは国際的な環境保護および持続可能性のムーブメントに沿って行動し、国連環境計画(UNEP)等の国際組織との連携を深めていくようになる。1991年、IOCはオリンピック・ムーブメントの組織、活動および運用の基準を定めた「オリンピック憲章」に「環境問題への責任ある行動を示す」と明記した。1995年には「スポーツと環境委員会」を設置したほか、1996年にはオリンピック憲章に「持続可能な開発を促進すること」を追記した。

2014年、IOCはオリンピック・ムーブメントの未来に向けた提言として「オリンピック・アジェンダ2020」を発表した。この提言には、既存施設および仮設施設の利用を推奨することや、競技種目の一部を他都市あるいは他国で開催することを容認すること等が記された。また、2018年にはサステナビリティ・レポートを発行し、SDGs達成に向け「インフラと自然環境」「調達と資源管理」「モビリティ」「ワークフォース」「気候」を重点分野として取り組むことを明らかにした。さらに、2021年には「オリンピック・アジェンダ2020+5」を発表し、「パリ協定」に沿って二酸化炭素(CO2)排出量を30%削減するほか、約20万tのCO2を吸収する「オリンピックの森」を造ること、「スポーツを通じた気候行動枠組み(Sports for Climate Action Framework)」を通じたスポーツ団体への支援等、より踏み込んだ内容を提示した。

東京2020大会 ~「クライメート・ポジティブ」な大会

東京2020大会組織委員会(2021)は、上記の「オリンピック・アジェンダ2020」等の方針に沿い、さまざまな取り組みを行った。聖火台やトーチには水素を活用し、大会時の運営電力の全量を再生可能エネルギーで供給した。新規の常設会場には自然採光や通風等を最大限利用し、燃料電池による環境性能の高い自動車を活用、調達物品の99%をリユースあるいはリサイクルした。

また、大会で授与される約5,000個のメダルは「都市鉱山からつくる! みんなのメダルプロジェクト」として全国各地から集めた携帯電話等の小型家電から集めた金属で制作された。表彰台は、市民参加により回収された使用済みプラスチックや海洋に廃棄されたプラスチックごみを材料とした再生プラスチックを原料として制作された。

さらに、大会に関連したCO2排出量約196万t-CO2に対し、多数の事業者から提供された約438万t-CO2のクレジットによりカーボンオフセットを行い、排出量を大幅に上回る「クライメート・ポジティブ」を達成した。

今後のオリンピック・ムーブメントでの「持続可能性」の在り方

オリンピックは「スポーツを通じた社会実験の場」と表現されることもある。東京2020大会における「気候変動」に対する取り組みは、国内外におけるカーボンニュートラル社会の実現に向けた今後の取り組みに有益な示唆を与えるものである。今後開催が予定されているオリンピックをはじめとしたスポーツ・イベントにおいても、最新の国際的な指針を踏まえさまざまな取り組みが行われていくであろう。

一方で、周知の通り、東京2020大会の招致から開催に至るまでにさまざまな問題が発生していた。より多くの人びとに求められ、より多くの人びとが納得できるオリンピックを開催するためには、やはり人と人との「対話」が大切であり、「誰のためのオリンピックか」という視点を持つ必要性に改めて気付かされる。過去の事例にもみられるように、多様なステークホルダーを交えた協議の場を設定するとともに、多様な意見を尊重した意思決定が重要になってくるのではないだろうか。この視点は、東京2020大会における持続可能性に関する主要テーマのすべてにおいて不可欠であり、オリンピック・ムーブメント自体の持続可能性の確保にとっても重要な視点であろう。今後のIOCやオリンピック・ムーブメントにおける取り組みに注視していきたい。

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