NSCニュース No. 136(2022年3月) NSC定例勉強会 報告「気候危機と日本社会~2050年ネットゼロへの課題」
2022年03月15日グローバルネット2022年3月号
NSC 幹事
横浜国立大学教授
八木裕之(やぎ ひろゆき)
パリ協定以降、GHG(温室効果ガス)削減目標の達成に向けて、各国政府や企業による取り組みが急速に進んできている。ただし、そのアプローチについては、国際的な合意形成が図られている一方で、国や地域による違いも浮き彫りになってきている。
NSCは、国際的な動向を踏まえて、気候変動に係る勉強会を定期的に開催してきたが、今回は、昨年度に引き続き、2月17日、京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー松下和夫氏に、国際的視点から日本の気候変動対策の在り方について講演いただき、参加者と議論を行った。
気候変動の現実化
気候変動対策に関する議論の前提として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から2021年に公表された第6次報告書のメッセージとして、人間活動が地球を温暖化させてきたことに疑う余地がないこと、そのリスクの大きさと問題解決のためにカーボンニュートラルの実現が不可欠であることが確認された。
国家発展戦略としてのゼロエミッション
世界各国の気候変動対策は、新たな成長戦略として位置付けられている。EUは、脱炭素化を唯一の成長戦略として位置付けてグリーンディールを策定し、その基準やルールの国際化を図り、先行者利益の獲得を目指している。
米国では、バイデン政権の下でパリ協定に復帰し、グリーンニューディールが進められているが、議会では共和党と民主党の化石燃料推進派の議員たちの反対もあって気候変動対策の実施には不透明な要素もある。
世界最大のCO2排出国の中国は、2060年CO2排出量ネットゼロを表明し、目標の強化やNEV(新エネルギー車)の普及などを進め、NEV領域では世界をリードしている。
日本の気候・産業政策
日本は2050年カーボンニュートラルと新たな2030年目標を掲げて、グリーン社会の実現に取り組んでいる。ただし、政策の気候科学への不十分な信頼感、不正確な情報共有、非連続型イノベーションへの過度の依存と期待、すべての利害関係者が関係する参加型・熟議型プロセスの欠如、既得権益を擁護する市場の存在などの問題点が指摘される。
こうした課題を克服していくためには、脱炭素社会ビジョンの明確化、日本版緑の復興策の策定、自立・分散型地域社会(地域循環共生圏)の構築、2030年GHG削減目標のさらなる強化、再生可能エネルギーを飛躍的に拡大したエネルギー基本計画、石炭火力からの撤退、カーボンプライシングの導入による環境政策と経済成長政策のデカップリングの実現、エネルギー多消費産業からクリーンな産業への労働・雇用の移行支援、科学的助言を行う独立組織の設立などが提示される。
自治体や企業の取り組み
こうしたさまざまな課題を抱えながらも、自治体や企業の取り組みは着実に進められている。2050年CO2排出実質ゼロを表明した自治体の総人口は1億人を超え、脱炭素経営を目指している日本企業は、TCFD賛同企業数、SBT認定企業数、RE100参加企業数などで世界をリードしている。
この中でも、既存の技術を用いながら地域資源を最大限に活用し、経済活性化と地域課題の解決に貢献できる地域脱炭素が注目される。これを実現するための地域脱炭素ロードマップでは、脱炭素先行地域の展開、基盤的施策(継続的・包括的施策、ライフスタイルイノベーション、制度改革)などが実施される。
今回の勉強会はZoomで行われ、約60名の参加者があった。会場からは、脱炭素のための最新技術の動向や導入の可能性、トランジション・ファイナンスの役割、企業間排出権取引の導入可能性などに関して質疑応答が行われた。
2050年カーボンニュートラルが世界の共通認識になり、各国政府や企業では、これを実現するための政策や戦略の移行シナリオが重要となっている。そこでは、地域やバリューチェーンが一体となった取り組みが不可欠である。
気候変動を巡る世界の動向は、変化のスピードが速まり、その影響力も大きくなっている。NSCでは、今後も、企業から見た気候変動の移行シナリオの在り方を会員の皆さんと一緒に考えていきたい。