INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第70回 中国の環境政策の回顧(3) ~習近平国家主席時代の10年

2022年02月15日グローバルネット2022年2月号

地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

今月号では、2010年代の中国の環境政策を中心に紹介する。国家主席・党総書記が胡錦涛から習近平に変わると、習近平はすぐに独自色を出して政治改革に着手するが、改革は環境政策の面にも及んだ。そして、環境関連法整備は完成段階を迎えた。90年代の「先に汚染、後から対策」の風潮は一掃され、環境は確実に改善される局面に入った。

習近平国家主席の就任

胡錦涛国家主席・温家宝首相体制の後半5年間、国家副主席を務めた習近平は、2012年11月に開かれた中国共産党第18回全国代表大会後に党総書記に就任し、翌年3月に国家主席にも就任した。同じく国務院筆頭副総理(副首相)の座にあった李克強は首相に昇格し、習近平国家主席・李克強首相体制の10年が始まる。この体制下で見られた環境政策の特徴を挙げるとすれば、①管理監督査察の強化(徹底した査察制度の導入と実施)、②思想面からの管理(習近平の生態文明思想教育の徹底)、の2つが挙げられよう。

管理監督査察の徹底強化

習近平が党総書記就任後直ちに「反腐敗」に取り組んだことはよく知られているが、環境政策の実施面でもこの影響を受けて厳格な措置が次々と実行に移された。習近平総書記の指導の下、中国共産党中央政治局は、2012年12月に「八項規定」と呼ばれる綱紀粛正、腐敗厳罰を含む中国共産党員・官僚等を戒める指導方針を提起したが、この規定・指導方針は全国の環境保護部門にも徹底され、後に中央政府主導の査察が行われるようになった。具体的には、2015年に環境保護査察計画(試行)を策定し、中央政府環境保護部門が中心となって地方政府等の全国査察を実施した。この査察では、地方政府や企業の不作為、違法行為、腐敗等を徹底追及し、生態環境を損害する指導者幹部に対して厳しく責任を追及し、終身の責任追及をすべきとした。合計5ラウンドに分けて全国すべての省および直轄市で本格的に査察を実施し、党・政府の指導者幹部合計1万8千人以上を問責した。

2019年には中国共産党中央弁公庁および国務院弁公庁の連名で中央生態環境保護監督査察業務規定が制定・通知され、試行から本格実施の段階に移った。この新しい規定では、査察対象は地方の共産党委員会や政府のみならず、国務院関係部局(中央政府)や関係中央企業(国有企業)等も加えられた。そして、査察は共産党による全面的指導を堅持強化し、政治的位置付けを高めるものとして実施することを明確にした。

思想教育面においても、2018年に開催された全国生態環境保護大会での習近平総書記・国家主席の重要講話を基礎にして「習近平の生態文明思想」を確立し、全国の生態環境保護関係者に学習することを迫った。上述の中央生態環境保護監督査察業務規定では、習近平の生態文明思想の学習と貫徹実践状況等まで査察の対象にしている。この思想は、2018年の憲法修正で序文に加えられた「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」の一つとして位置付けられ、2021年には生態環境部に習近平生態文明思想研究センターが設立された。

環境関連法整備がほぼ完成

この時期、重要な環境関連法令等も着実に整備されている。私が注目した主要なものを3つ挙げると、①環境保護法の改正(2014年)、②環境保護税法の制定(2016年)、③汚染排出許可管理条例の制定(2021年)、である。環境保護法は実に25年ぶりの大改正で、内容を大きく見直したほか、環境保護は国家の基本国策であると初めて明記した。環境保護税法では、環境を汚染する物質等の排出に対して課税することとし、対象となる汚染物質をきめ細かく規定した。大気系44種類、水質系65種類、その他工業騒音および固形廃棄物の排出も対象にした。汚染排出許可管理条例は、大気、水、廃棄物、騒音等の汚染源からの排出を総合的に管理するワンストッププラットフォームの機能を備えた。これらの法律をみると、中国の環境法整備は日本をはじめとする先進国に追い付き、追い越したと言っても過言ではない。環境保護税や汚染排出許可管理の分野では確実に追い抜いた。

5ヵ年計画等による管理の徹底強化

5ヵ年計画等による管理が徹底強化されるようになったのもこの少し前の時期からである。最上位の5ヵ年計画である国民経済と社会発展第11次5ヵ年計画(2006~2010年)で初めて環境分野の拘束性目標(強制的かつ固定的な目標で、国のマクロコントロールの意図を示しており、達成が義務付けられた目標)が掲げられ、達成は政府の絶対的使命とされたが、その路線を引き継ぎ、第12次5ヵ年計画(2011~2015年)、第13次5ヵ年計画(2016~2020年)、第14次5ヵ年計画(2021~2025年)においても既存の削減成果にさらに上積みをした汚染物質排出削減目標等を設定し、達成に向けてまい進した。

また、5ヵ年計画のほかに、2013年の激甚な大気汚染の発生を受けて大気汚染防止行動計画およびその後継の青空保護勝利戦3年行動計画が制定されたほか、水汚染防止行動計画、土壌汚染防止行動計画等も続々と制定された。第13次5ヵ年計画以降では汚染物質の排出削減量のみに注目するだけでなく、実際に環境濃度をどの程度改善するのかについても数値目標を設定し、注視するようになった。

そして、これら計画の徹底した実施により中国の環境は着実に改善への道を歩み始めている。最近の大気汚染の主要な原因物質であった微小粒子状物質(PM2.5)濃度は着実に低下している。また、今年1月4日に北京市は、2021年には初めて6項目ある大気環境基準のすべての項目の基準を達成したと発表した。一昔前には想像もできなかった快挙であり、このような事例を見ても中国の環境は確実に改善される局面に入った。

気候変動対応「3060目標」の明確化

最後に習近平国家主席の主導により、中国の気候変動対応は新たな局面に入ってきていることに触れておかねばならない。中国は第12次5ヵ年計画以降、単位GDP当たりの二酸化炭素排出量の削減目標は示してきたが、ピークアウトの時期や総量削減目標等については一貫して示すことはなかった。しかし、2020年9月の国連総会にオンラインで出席した習近平国家主席は初めて「二酸化炭素排出量を2030年前にピークアウトさせ、2060年前にカーボンニュートラルの実現に努力する」(注:「3060目標」と呼ばれる)ことを発表した。その後、習近平国家主席がオンライン出席した12月の気候野心サミット、2021年4月の指導者気候サミット、9月の国連総会等においても同様の発言を繰り返すが、発言内容は少しずつ踏み込んでいき、同時に国内においては、習近平国家主席の発言を裏付ける施策の準備を加速した。

2021年3月に決定した第14次5ヵ年計画と2035年長期目標では、二酸化炭素排出量のピークアウトに言及し、同年9月(実際の公表は10月)に決定した「中国共産党中央委員会および国務院による新発展理念の完全かつ正確な全面的貫徹による二酸化炭素排出量ピークアウト・カーボンニュートラル実現に関する意見」では、主要な目標として2025年、2030年および2060年の目標を示し、ピークアウト・カーボンニュートラル実現に向けた主要な施策とロードマップを示した。現在、この「意見」が中国の気候変動対応の指導文書と位置付けられている。この「意見」が出た直後の2021年10月には、国務院は「2030年前二酸化炭素排出ピークアウトアクションプラン」を策定通知し、2030年前のピークアウトに向けた各方面で取るべき具体的な行動計画を示した。また、2021年11月の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、習近平国家主席は書面で「今後、エネルギー、工業、建築、交通等の重点領域、石炭、電力、鉄鋼、セメント等の重点産業の実施計画を発表し、タイムテーブル、ロードマップおよび青写真を明確にする」と述べるなど、中国の気候変動対応は新しい局面に入ってきた。

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