特集/変えていく観光のかたち ~今ある地域資源を生かして~村や沿線を“まるごと”ホテルに見立て、地域を面的に資源化する

2022年02月15日グローバルネット2022年2月号

株式会社さとゆめ 代表取締役
嶋田 俊平(しまだ しゅんぺい)

 新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、遠方ではなく近隣の観光地に出掛ける「マイクロツーリズム」という考えが注目され、行き先や目的、手段など「観光のかたち」を変えている人も増えています。
 2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)について、国連世界観光機関(UNWTO)が「観光には、直接的または間接的にすべての目標に貢献する潜在力がある」と記しているように(『観光と持続可能な開発目標 ー2030年への道程』)、地域振興や環境保全、地域固有の文化・風土の維持など、さまざまな分野の地域課題の解決のためには、観光のかたちを変化させていくことが求められます。
 本特集では、今ある地域資源を生かして地域課題を解決するための取り組みや研究を進めている方々に執筆いただき、今後の持続可能な観光地域づくりについて考えます。

 

青梅線から「沿線まるごとホテル」を事業化

株式会社さとゆめは2021年12月3日、JR東日本と共同出資会社「沿線まるごと株式会社」を設立し、JR青梅線を皮切りに、2040年までに全国約30の鉄道沿線で事業を展開していくことを発表した。事業の一つ、「沿線まるごとホテル」は、JR東日本の駅舎や鉄道施設などを「ホテルのフロント」として活用、沿線集落の空き家を「ホテルの客室」に改修、さらには地域住民を「ホテルのキャスト」と見立て地域ぐるみで運営を行うことで、「沿線まるごとホテル」の世界観を構築し、新たな滞在型観光、マイクロツーリズムの創出を図るものだ。

2021年2月17日から4月20日までのおよそ2ヵ月、90組180人限定で、体験・宿泊プランを試験的に売り出す実証実験を行ったのだが、Go Toトラベルキャンペーンの再開延期発表、緊急事態宣言の発出など、非常に厳しい環境の中、すべての予約枠が完売、参加者の満足度も高く、事業化を希望する声が多かったことから、JR東日本と共同出資会社を立ち上げて、本格的に事業化を目指すことになった。

本稿では、まだ事業化準備段階ではあるが、この「沿線まるごとホテル」から、これからの観光の在り方を、私なりに考察したい。

700人の村がひとつのホテルに

この「沿線まるごとホテル」を語る上では、山梨県小菅村の分散型古民家ホテル「NIPPONIA小菅 源流の村」(以下、「源流の村」)について触れる必要がある。「源流の村」は、株式会社さとゆめ、株式会社NOTE、そして株式会社源(小菅村役場100%出資会社)の3社が出資、設立したホテルであり、「沿線まるごとホテル」は、この「源流の村」を一つのベンチマークにしている。

「源流の村」は、「700人の村がひとつのホテルに」をコンセプトとして、村内に点在する約100軒の空き家を1軒1軒ホテルの客室に改修し、村全体を一つのホテルに見立てるというまさに「村まるごとホテル」ともいえるプロジェクトである。村のあぜ道はホテルの廊下、道の駅はラウンジ、村人はコンシェルジュと見立て、地域内の食堂、商店、温浴施設、野外体験施設などを積極的に利用してもらい、地域全体で客をもてなし、村全体の資源を最大限に生かし、滞在型観光を促進することで、地域経済への波及を目指している。

現在、空き家4軒の改修を終え、6室の客室と22席のレストランを営業している。一人1泊2食付きで3~4万円とそれなりの高い宿泊料金を設定しているため、客室稼働率は4割程度で採算がとれるビジネスモデルであるが、緊急事態宣言期間などを除けば、多くの月で計画値を超える稼働率を達成しており、コロナ禍の中でも順調な運営を継続している。

「村まるごとホテル」を展開する中で、小菅村に隣接する東京都奥多摩町、青梅市を走るJR青梅線の沿線活性化に取り組むJR東日本八王子支社の担当者とつながり、「村まるごとホテル」のモデルを応用するかたちで青梅線沿線の課題を解決できないかと着手したのが「沿線まるごとホテル」である。

青梅線沿線の課題と解決の方向性

JR青梅線は、山間部を走る路線であり、地域の過疎高齢化が進む中で多くの駅が無人駅となり、乗降客数は下降の一途をたどってきた。一方で、夏や週末は、リバーアクティビティなどを求める都市住民の来訪により道路渋滞、駐車場不足、河川敷や一部の飲食店への人の集中など、時間的・地理的な利用の偏りによるオーバーツーリズムにも悩まされている。

こうした課題を解決し得る事業を構想する上で、特に意識したのは、リバーアクティビティや飲食店などが「点」として消費されオーバーツーリズムが発生している一方で、「線」としての青梅線の利用者が減り、「面」としての沿線地域が過疎化している現状の解決が必要で、そのためには「点」への認知・関心度や利用を、「線」そして「面」へと広げていくことが不可欠であるということである。

まず、点から線へ広げるために、鉄道を利用することの楽しさ、感動を創出、訴求することが必要と考えた。例えば、議論する中で、JR東日本担当者から出た「沿線まるごとホテル」の宿泊者専用の車内アナウンスを流したらどうかというアイデアを実現した。「無人駅チェックイン」(後述)する白丸駅に電車が近づくと、「沿線まるごとホテルへお越しのお客様は次の白丸駅でお降りください。駅の待合室がホテルのフロントに変わり、ホーム上ではコンシェルジュが皆さまをお迎えします」と特別な車内アナウンスが流れる。他にも、沿線の見所を紹介する「旅のしおり」を事前送付したり、沿線のカフェで使える割引チケットを提供するなどの工夫を凝らした。

無人駅の待合室がホテルのフロントに

「線」から「面」へと関心を広げる4つの要素

次に、線から面へ広げるために、「無人駅チェックイン」「集落ホッピング」「沿線ガストロノミー」「古民家ステイ」という4つの要素を1泊2日の滞在の中に埋め込むことで、鉄道という「線」から、徐々に地域という「面」へと関心が広がっていくように体験を設計した。「無人駅チェックイン」では、宿泊客が降車する無人駅のホーム上の待合室を、ホテルのフロントをモチーフに改修し、お客様にウェルカムスイーツを楽しんでいただきながら、沿線まるごとホテルの世界観・楽しみ方を伝える。

「集落ホッピング」として、沿線の2つの集落を、集落住民と共に歩き、地域の飾らない暮らしや歴史について、耳を傾けたり、ワサビ田、湧き水、神社などの集落資源を訪ねる。夜は、沿線の食材をふんだんに使ったディナーコースを楽しむ「沿線ガストロノミー」。そして、沿線の空き家を改修した古民家でお休みいただく「古民家ステイ」。

こうした4つの要素を通じて、じわじわと、「地域住民の生活圏」という「面」に、宿泊客を取り込んでいき、その魅力を体感してもらうことこそが「沿線まるごとホテル」の醍醐味である。

改めて、「沿線まるごとホテル」の意義

名もなき村、名もなき風景、名もなき人びと、名もなき品々。そこに目を向けて、これらが長い歴史の中で人びとの手によって受け継がれてきたことの意味を学ぶ。そうしたきっかけを提供し、さらには、滞在型観光事業として、地域に経済効果を生み出す。「沿線まるごとホテル」には、そうした意義・効果があると実感している。

さらに、コロナ禍の中で注目されているマイクロツーリズムの一つの形態でもあるといえる。ただし、「近場で済ます」という表層的なものではなく、近くにこんなに美しいものがあったんだと気付き、本当の豊かさとは何かを考える、そんな普遍的なマイクロツーリズムになり得る事業である。

本稿を執筆している2022年1月現在もコロナ禍は第6波の真っただ中であり、今後数年は観光を取り巻く環境がコロナ前に完全に戻ることはなさそうであるし、何よりも、コロナ禍がきっかけとなって人びとが気付き始めた地域の魅力を、この「沿線まるごとホテル」によって、しっかりと面的に資源化していき、持続可能な地域をつくる一助になりたいと考えている。

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