フロント/話題と人柳 幸典さん(現代美術家)
2022年01月17日グローバルネット2022年1月号
アートの力で社会問題に向き合う
~熊本県津奈木町「入魂の宿」が今春公開~
公害の原点といわれる水俣病。そこからの地域再生と文化的空間の創造を目指し、アートによる町づくりを進めてきた熊本県津奈木町に、柳さんが手掛ける宿泊施設「入魂の宿」が今年の春、公開される。
現代社会の諸問題に正面から向き合う作品を発表してきた柳さんが、同町・つなぎ美術館の住民参加型アートプロジェクトに招聘されたのは、2018年。水俣病に関するさまざまな負の感情が残る同町において、作家の石牟礼道子や水俣病を記録した写真家ユージン・スミスの作品が見当たらないことに驚いた柳さんは、地域の人が過去の歴史を考える機会を生み出すべく、住民の理解と協力を得ながら、「入魂の宿」の制作やユージンの写真展開催などに取り組んできた。
水俣病の存在を世界に伝えた石牟礼の詩「入魂」より着想を得たこの宿は、不知火海(八代海の別称)に面する廃校になった小学校のスイミングプールを改修して、制作が進められている。動植物の働きで循環・浄化する仕組みになっているプールの水は、閉鎖性が高く水の出入りが少ない内海である不知火海をイメージしており、訪れた人が自然環境の価値や壊れやすさを体感するというコンセプトになっている。
「アーティストの役割は、目に見えないものを可視化・表面化し、問題をあぶり出して、作品を見た人に考えてもらったり、地域の良さに気付いてもらうこと」という柳さんの姿勢は、入魂の宿の制作でも変わらない。宿の未来についても、「このプロジェクトには終わりがない。これから地域の人の手で育てていく、子どものようなもの」。これまでも、プールの周りを除草したり、植物を植え育てたりといった作業は、地元の人が協力して行ってきた。
「宿には誰が来ても良い。これはすべての人に当てはまる問題だから」。そして、ユージン・スミスや石牟礼道子の作品を通して、「近代化のしわ寄せが地方の人びとに及んだということを今、考えるべき」と語る柳さんは、普段は、瀬戸内海に浮かぶ広島県の離島・百島に居住し活動している。「中心(都会)から離れた周縁から、メッセージを発したい」と語る柳さんの、現代社会に対する問い掛けはこれからも続く。(克)