特集/持続可能な脱炭素社会を目指して~パリ協定の実現に向けた日米産業界の取り組みパリ協定の実現に向けた米産業界の取り組み
2016年09月15日グローバルネット2016年9月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ
11月の大統領選が大詰めを迎えているアメリカでは、選挙の結果により来年以降の環境政策が大きく変化することが予想される。どちらに振れるかわからない先行き不透明な状況の中、米産業界は粛々とパリ協定実現に向けた取り組みを進めている。
連携による再生エネ調達拡大
昨年の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)会期中、米大手企業154社が「米ビジネスの気候変動対策への約束(The American Business Act on Climate Pledge)」に署名し、パリ協定への支持を表明するとともに各社の対策目標を発表した。これに続き、今年4月のパリ協定署名式2日前には、非営利団体セリーズのかじ取りの下、マース、ゼネラルミルズ、コルゲート・パームオリーブ、パタゴニア、イーベイなど米企業110社が、パリ協定実現を支持する声明「ローカーボンUSA」を発表した。声明では、各社が温室効果ガス削減努力を行うことを約束するとともに、米産業界に対し、協定実現のカギを握る発電所の二酸化炭素(CO2)排出規制策「クリーンパワープラン」の迅速な実装と低炭素社会の実現に向けた投資を行うよう呼び掛けた。
さらに今年5月には、Business for Social Responsibility(BSR)、 ロッキー・マウンテン・インスティチュート、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)の四つの非営利団体が、2025年までに米企業の再生エネルギー(再生エネ)購買量を60ギガワットに増やすことを目指す「再生エネルギー購買者連合(REBA)」を設立し、フェイスブックやマイクロソフトなどのグローバル企業60社以上が参加を表明した。2015年の米企業の再生エネ調達量は3ギガワットであるから、10年で20倍という攻撃的な目標である。
これまで4団体はそれぞれに再生エネ促進のイニシアチブを設立しており、重複加盟する企業も少なくなかったが、REBAは分散していたこれらの取り組みを統合し、米産業界全体で再生エネ促進を目指すものである。加盟企業の多くは、消費電力中の再生エネ比率目標を掲げており、調達先を探しているが、規制の厳しい州では供給量が少なく、需給バランスが取れていない。REBAはこうした課題に対処すべく、加盟企業の購買力を活用した共同調達や、電力会社との連携による企業向けのサービス開発、政策決定者に対する規制見直しの働きかけなど、利害関係者との協調の下、再生エネ調達の拡大に取り組む。
REBAに加盟する企業は、上記2社のほか、グーグル、アマゾン、ヤフー、ウォルマート、マクドナルド、スターバックス、ホールフーズ・マーケット、ギャップ、ヒューレット・パッカード、インテル、アドビ、P&G、ジョンソン・エンド・ジョンソン、マース、ゼネラルモーターズ、ヒルトン、マリオット、フェデックス、ゴールドマンサックスなど、大手企業を中心にさまざまな業界で構成されている。
REBAの取り組み事例の一つに、マイクロソフトとバージニア州、地元電力会社ドミニオン・バージニアパワーとの官民協業によるソーラープロジェクトがある。ドミニオン社が設立する20メガワット容量の太陽光発電所から全電力を州が買い取り、同時にマイクロソフトがグリーン電力認証を購入するという25年の長期三者契約である。当初、ドミニオン社は発電所の設立費用を市民の電力料金に上乗せすることを提案していたが、州の許可は下りなかった。マイクロソフトの参入により、市民が設立費用を負担する必要がなくなったことで初めてプロジェクトが認可された。一方、マイクロソフトは2012年からカーボンニュートラルを実現しており、自社内で炭素価格を設定し、各部署から排出量に応じて徴収した炭素税分をCO2排出削減プロジェクトに投資している。この仕組みを維持継続するため、新たに投資すべき再生エネプロジェクトを探していた。このプロジェクトは、州、電力会社、企業、市民と全利害関係者にとってメリットのある試みとして注目を集めている。
増加する再生エネ100%企業
マイクロソフトは、企業の消費電力を100%再生エネ由来に転換することを目指すイニシアチブ「RE100」にも加盟している。RE100には、欧米のみならず中国やインドを含む世界各国の大手企業が参加しているが、米企業からは、グーグル、ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、マース、P&Gなど約20社が参加を表明している。おのおの、達成目標年度や進捗は異なるが、いずれも消費電力を100%再生エネにすることを約束しており、すでに達成した企業も少なくない。
RE100に加盟することなく再生エネ100%をすでに実現している企業も多い。米環境保護庁によると、インテル、アップル、百貨店のコールズ、コーヒーメーカーのキューリグ、運輸のDHL、コンサルティングのPwC、家具メーカーのスティールケースやハーマンミラー、アウトドア小売りのREIなど大手から中小企業まで700社近くに上っている。その多くは、グリーン電力認証を購入することで消費電力をオフセットしているが、自社施設内にソーラーパネルや風力タービンを設置し、認証購入に頼らず実質的なカーボンニュートラルを目指す企業もある。
アップルは全世界のオフィス、店舗、データセンターで再生エネ比率93%、米国、英国、中国などでは100%を達成しているが、オンサイト(自社の敷地内)の再生エネ発電を最優先しており、米国内では20%近くに達している。オンサイトが難しい場合はグリッドからの購入や地元再生エネプロジェクトへの投資を行い、認証購入は最後の手段としている。また、サプライヤーのエネルギー効率化も支援しており、中国の生産工場では170メガワットのソーラー発電施設を設置、2020年までに全世界で4ギガワットの再生エネ設備の設置を目指している。
独自路線を貫くベンチャー
大手が産業界内外での協業に力を入れる一方、独自の路線を貫く企業もある。電気自動車メーカーのテスラ・モーターズは、昨年から安価でデザイン性の高い家庭用蓄電池の製造販売を開始しているが、今年8月には全米最大の家庭用太陽光発電設置業者ソーラーシティを買収したことを発表した。これにより、同社は発電、蓄電、モニタリング、消費とクリーン電力にまつわる全工程を手中に収め、世界で唯一の“電力の垂直統合企業”となる。消費者は同社に電話一本かけるだけで、屋根上のソーラーパネルで生成された電力を車庫のバッテリーに蓄電し、昼夜問わず、自家用車や家電などに使用できるようになる。単に複数の業者に連絡する煩わしさから解放されるだけでなく、同社の製品とサービスを利用することで電力の自給自足が可能になり、グリッドや化石燃料への依存を削減できると同社は主張する。さらに、今後10年の長期事業計画として、EVトラックとバスの開発を検討していることを発表した。自動運転やバスの小型化により、渋滞の改善、公共交通の効率化、貨物運送事業のコスト削減などを実現できると意気込む。自動運転が実現した暁には、テスラの乗用車の遊休時間を利用したカーシェアリングサービスを開始するという。スマホアプリを活用して無人運転で車を利用者の元に届け、所有者は鍵や車の受け渡しをすることなく、仕事中や休暇中でも簡単に収益を得ることができるようになる。夢のような話だが、10年前に発表した長期計画を着実に実行してきた同社ゆえに実現可能性に期待が持たれている。同社がこれらのサービスを提供するのは化石燃料に依存しない持続可能なエネルギー社会を実現するためだと主張している。
米企業の多くは、気候変動対策を企業の存続に不可欠と考え、自主的に行動を起こしている。こうした企業は、大統領選の結果に関わらず、来年以降も低炭素社会の実現に向けて先進的な試みを続けていくだろう。