特集/持続可能な脱炭素社会を目指して~パリ協定の実現に向けた日米産業界の取り組みJapan-CLPとCOP21~「ゼロ排出」への行動が始まった
2016年09月15日グローバルネット2016年9月号
昨年末、多国間の新たな国際的枠組みであるパリ協定が合意されました。それを踏まえ、日本国内では今年5月、「地球温暖化対策計画」が決定されましたが、その内容はパリ協定に準じたものではなく、十分とは言えません。政府の取り組みが十分に進むとは言えない中、政府の一歩先を進み、着々と脱炭素社会に向けて進められている日本企業の独自の取り組みを紹介します。また、気候変動対策を企業の存続に不可欠と考え、自主的に行動を起こしている米国の産業界の最新動向についても紹介します。
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)グリーン経済領域
日本気候リーダーズ・パートナーシップ事務局 エグゼクティブディレクター 松尾 雄介
Japan-CLPとCOP21〜「ゼロ排出」への行動が始まった
日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP)は、気候変動を「社会の安定を脅かす重大な危機」として認識し、脱炭素社会への移行に求められる企業となることを目指す企業ネットワークである。製造業、小売業、サービス業、運輸業などから日本を代表する先進企業(現在28社)が加盟し、特定業界の利益ではなく、より大局的な視点で提言や脱炭素ビジネスの推進を行っている。
また、国際的な企業ネットワークのCLN※やWe Mean Businessのパートナー機関であるほか、国際機関・政府・企業による国際コンソーシアムである炭素価格リーダー連合に日本の産業界から唯一加盟し、国際的な動きにおける日本の窓口としての役割も担いつつある。
昨年は、日本の2030年における温室効果ガス削減目標に関し、「少なくとも90年比で30%減(13年比約37%削減)が望ましい」とする意見書を公表し 、「産業界からの前向きな意見は新鮮だ」「もっと発信してほしい」など、高く評価する声が多く寄せられた。
COP21関連ビジネス会合へ参加~ダイナミックな変化を目の当たりに
昨年12月、フランス・パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において、気温上昇を2℃より低く1.5℃を目指し、今世紀後半に温室効果ガスを正味ゼロとする、という「パリ協定」が合意された。この歴史的合意の背景には、気候変動への各国の危機感の高まりに加え、多くの企業や自治体のトップがパリに集い、強力に交渉を後押ししたことが指摘されている。
Japan-CLPからも、役員クラスを含む13名がCOP21関連会合での、グローバル企業のトップらによる、脱炭素化への議論に参加した(筆者も、Japan-CLPの事務局の立場で、参加した)。
以下、それら会合での議論を踏まえ、気候変動と企業経営に関する最新の文脈を、IGES研究者の立場からの所見も含めて紹介したい。
世界中から経営トップがパリに集結
COP21にはBMW、IKEA、ケロッグ、グーグル、ユニリーバや、石油メジャー、バンク・オブ・アメリカなどの金融機関、機関投資家ら、数百を超える企業や団体から経営者が参加していた。
彼らは、各国大臣を含む政府代表団や国際機関のトップと面談し、有意義な合意を後押しするとともに、「化石燃料が使えない経済」「非連続的な変化の起こる時代における企業戦略」について生々しい議論を繰り広げていた。 日本では、気候変動の会議に大企業の経営者自らが参加することはまれだ。では、世界中から経営者がCOP21に参加した理由は何だったのだろうか?
第一に、経営者自身が「気候変動が、社会の安定ひいては自社事業を脅かす」という認識を有していることが挙げられよう。COP21では、政府、企業を問わず、各国要人ら数多くが、気候変動が食料生産への影響などを通じ、紛争などのより幅広いリスクを招く要因であるとして、社会の安定に対する重大な脅威であるという共通認識を示した。社会の安定はビジネスの健全な発展に不可欠であり、気候変動が環境という枠を超えた重大問題であるという共通認識が、各国政府や産業界に芽生えている。
次に、遅かれ早かれ今後社会が“脱”炭素化へかじを切るという確固たる見通しを経営者自身が有していることが挙げられる。気候変動への対応が「化石燃料が使えない時代への転換」として理解され、この転換期にどのような経営判断をするかは今後の生き残りに直結するという認識である。
仏石油メジャーTOTALのCEOは、「科学のメッセージは明白(気温上昇を2℃未満にするには、排出できる炭素に上限がある)。また、科学を受けた政策の方向性も明白(今後、脱炭素化に向かう)。すなわち制度や政策の大転換は避けられない。問題は、この非連続的な変化にどう対応するかだ。TOTALはこの理解に基づき、すでに石炭から撤退し、天然ガスを主力ビジネスとすることにかじを切った」と述べた。他にも、異口同音に同様の議論がなされ、このような認識は、COP21に集った経営者の多くに共通のものだろう。
重要なキーワード:カーボンバブル
筆者が参加した会合のすべてで取り上げられた重要テーマとして、カーボンバブル(座礁資産)がある。その議論を要約すれば以下のとおりである。
- 気温上昇を2℃未満とするには、今後世界全体で排出できる温室効果ガスの総量(カーボンバジェット)が決まってくる。
- 一方、現在確認されている化石燃料(埋蔵量)をすべて燃焼すると、そのカーボンバジェットを大幅に超過する。
- カーボンバジェットを鑑みれば、現在企業が保有する化石燃料資源の大半は利用できず、不良在庫化(座礁資産化)する可能性がある。
- 市場での企業価値(株価など)は、カーボンバジェットの制約を考慮しておらず、化石資源を主たる事業とする企業の株価などは、過大評価、すなわちバブルである。
この議論は、最近の機関投資家の石炭関連企業からの投資撤退につながる重要な背景となっており、COP21でも多くの機関投資家がその対応を論じていた。また、イングランド銀行(英国の中央銀行。日本銀行に相当)もCOP21に参加し、同銀行総裁が議長を務める金融安定理事会において、カーボンバブルなどに備えるため、企業の炭素情報開示を促すための作業が始まっていることを紹介していた。
日本との温度差も
COP21への参加を通じ、日本と海外の気候変動に関する「文脈」の違いを感じる場面が多くあった。
すでに述べたとおり、先進国・途上国を問わず、気候変動は「社会の安定を脅かす重大な問題」であり、「脱炭素化は避けられない」という共通認識がうかがえた(余談になるが、COP21の経営者らの議論で「CSR」「環境」という言葉はまったく聞かれなかった)。
一方、日本では、政府、企業とも一部を除き、社会の安定を脅かす重要事項という認知は薄い。誤解を恐れず言えば、気候変動はいまだに「エコ」「社会貢献」の範疇で語られ、「できることをやればよい(難しければやらなくてよい)」という認知が大勢を占めるのではないだろうか。
この点は、今後の日本と海外の取り組みの質に大きな影響を及ぼす重要な点と思われる。
気候変動への対応は、日本企業にとっての「危機」である
パリ合意は、市場に対して、今後温室効果ガスをゼロにする経済を構築するという明確な変化のシグナルを発信した。このシグナルをどう受け止めるかは、多くの企業にとって、今後の競争力に少なからぬ影響を与えるだろう。すでに気候変動に関連した企業に対する訴訟、カーボンバブルのリスクを踏まえた投資家の動き、炭素価格導入に向けた国際的な機運の高まりなど、企業の競争力や市場競争軸の変化への兆候も表れている。企業の側でも、グーグルなどイノベーティブな企業が、再生エネ中心のエネルギーシステム開発に着手するなど、さまざまな分野で「破壊的変化」を起こしつつある。
日本企業がこの転換点をリスクとするか、チャンスとして生かせるかは自らの強みである技術力などのベクトルを「排出ゼロ」か、従来技術の改善に合わせるかにかかっている。科学や政策の方向から予見される今後の有望市場は、「排出ゼロ」を実現する商品やサービスである。逆に、化石燃料を主たる原料・エネルギー源とするビジネスは、競争力の喪失にさらされるだろう。
日本企業でも、Japan-CLPに加盟するLIXILやアスクルなど、「2030年にゼロ排出」を掲げ、新たな挑戦を始める企業が現れている。従来のマインドセットから脱却し、「ゼロ排出」にベクトルを合わせた企業の取り組みが加速することを期待する。