食料システムの在るべき姿とは ~環境保全型の農業の推進に向けて~有機給食を巡る世界の潮流 ~小規模・家族農業とアグロエコロジー

2021年10月15日グローバルネット2021年10月号

愛知学院大学 准教授
関根 佳恵(せきね かえ)

 9月23~24日に「国連食料システムサミット」が開催されましたが、これに先立ち今年5月に策定された日本の農業戦略「みどりの食料システム戦略」では、国内の有機農業の取り組み面積を現在の0.5%から2050年までに25%に拡大させること等が目標に掲げられています。一方、国際的には、アグロエコロジーも、環境保全等さまざまな視点を重んじる農と食の在り方として推奨されています。
 食料システムとその変革について考えた先月号に続き、今月号では、環境保全型の農業の推進に向けた世界の潮流や実効的な取り組みを紹介し、日本で環境保全型の農業を推進するためには何が求められるのかを考えます。

 

有機給食が社会を変える

今、世界各地で食と農を巡る危機(栄養不良と肥満、食に由来する疾患、食品ロス、地域農業の衰退、気候変動、および生物多様性の喪失等)が深刻化している。そして、この壊れた食料システムを持続可能で公正なものにするために、学校給食を含む公共調達に地元産の有機食材を導入する有機給食の取り組みが、世界的に広がっている。本稿の課題は、フランスの取り組みを事例として、日本への示唆を得ることである。

「良い食」とは何か

有機給食を求める市民運動は、ヨーロッパやアメリカ、ブラジルや韓国、日本等に広がっているが、市民は単に有機認証ラベルが貼られた食材だけを求めているわけではない。私たちにとって「良い食」(good foods)とは一体何を意味するのか。その定義は時代とともに変遷してきた。量的充足を重んじる段階から味や鮮度、安全性、栄養を重んじる段階へ、そしてさらに文化的適切さや公正さ、つまり、分配や人権、労働環境、自然環境等への配慮を重んじる段階へと発展してきたのである。

その「良い食」の具体的な選択肢となっているのが、地元で小規模・家族農家や中小零細事業者が生産した有機食材やアグロエコロジー的食材である。アグロエコロジーとは、生態系と調和した農と食の在り方であり、近年、国際的に注目されている。例えば、国連は2010年頃からアグロエコロジーを持続可能な農業と位置付けて推奨しており、欧州連合(EU)やフランスの農業政策でも推奨されている。具体的には、有機農業や自然農法、および生産者と消費者がお互いに支え合う産消提携(欧米ではCSA(地域支援型農業)と呼ばれる)等の実践が含まれる。アグロエコロジーに関する国際的な定義はまだないが、国連食糧農業機関(FAO)はの10要素を満たすものだとの見解を示している。

公共調達で「良い食」を購入することで、工業化された農と食のシステムから脱却する道が開かれると期待されている。公共調達は、公共政策で変えられるものであり、人びとの栄養・健康の状態、地域コミュニティ等に良い波及効果をもたらすことができる。

近年、「食の公正さ」や「食の民主主義」を求める人びとが世界各地で立ち上がり、連帯しながら現代の工業的な農と食のシステムにますます抵抗するようになっている。こうした運動は自らの食に対する行動を変えるだけでなく、公共調達の変革を政府に求めて政治をも動かしている。

フランスにおける有機給食の義務化※1

フランスでは、1990年代から有機農業者団体が学校給食の有機化を求める運動を展開し、小規模自治体が先行して実施してきた。2001年に農務省と環境省が共同管轄で「有機局」を設置し、省庁横断的に有機農業を推進する体制を構築したことが、後に給食の有機化を進めるための基礎となった。その後、数度の食品汚染事故(牛海綿状脳症(BSE)やダイオキシン等)が社会問題化し、農薬・化学肥料に依存した農業を含めて、工業的な農と食のシステム全体の変革を求める世論が高まった。

こうした世論に応えるかたちで、時々の政権は、EUの共通農業政策(CAP)の改革と歩調を合わせながら、持続可能な農と食への移行に向けた制度改正を積み重ねてきた。そして、マクロン大統領は選挙公約を実現するために、食の全般的状況に関する法律(通称エガリム法、2018年)を施行し、2022年1月から学校給食等の公共調達における食材購入額の20%以上を認証取得した有機食材とし、それを含めて50%以上を高品質な食材とすることを義務化する。

給食における有機食材の割合は自治体間の差が大きく、100%の自治体もあれば0%の自治体もあるため、「ナショナル・ミニマム」を法律で保障したのである。世論調査では、学校給食の有機化を望む人は9割に上っている(Agence Bio 2019)。なお、同法律の規制対象となる公共調達は、学校給食(公立幼稚園から大学)だけでなく、病院、介護施設、高齢者配食、刑務所等も含まれる(CNRC 2020)。

有機給食の推進において自治体と保護者、利用者が最も懸念するのは、食材費の値上がりによる負担の増加である。しかし、有機給食を実施している自治体の7割では、さまざまな工夫により、食材費は有機導入前と同水準かむしろ減少している。その工夫とは、旬の食材を選ぶこと、加工食品をやめて素材から調理すること、ベジタリアン・メニュー※2を導入すること、食品ロスを削減することである。

フランスの有機給食では地元産を重視しており、地域で有機農業に転換する農家や新たに有機農業を始める農家が増えることにつながっている。学校給食で有機食材を食べた子どもは、自宅でも有機食材を買うよう親に求めることが多く、有機市場がさらに拡大する好循環が生まれている。

このように、フランスでは公共調達を起点として早いスピードで有機食材の消費が拡大している。しかし、2021年現在、公共調達における有機食材の割合は全国平均で4.5%にとどまっており、2022年1月までに20%に引き上げることは容易ではない。有機食材の需要の拡大と歩調を合わせるかたちで生産を拡大するために、現場では挑戦が続いている。

※ 1 特に断らない限り、2021 年5 月に実施したインタビュー調査(オンライン)に基づく。
※ 2 たんぱく源の多様化により、動物性たんぱく質の摂取を減らし、植物性たんぱく質の摂取を増やすことは、健康増進と環境保全に貢献するとして国際的に推奨されている。

日本への示唆

みどりの食料システム戦略(2021年5月)のKPI(重要業績評価指標)は、有機農業面積を2050年までに農地の25%に拡大する等の生産に関わるものが多いが、どのように有機農産物の消費を拡大するかについての具体策は乏しい。

フランスでは、有機給食をてことして小規模・家族農家による有機農業やアグロエコロジーを推進し、持続可能な農と食のシステムへの移行を進めている。持続可能な食とは、地元で小規模・家族農家が生産した有機やアグロエコロジーの食であり、手作りの旬の食であり、地域の文化にかなった食であるという共通認識が構築されつつある。また、フランスのように全国レベルで公共調達における有機食材の調達率を義務化すれば、農と食のシステムの転換にとって大きな追い風になる。

日本もこうした実践に学び、有機食材の消費拡大を市場の風任せにするのではなく、公共調達における有機食材調達率を義務化する法律の整備と予算措置を早急に検討し、みどりの食料システム戦略に位置付けるべきだろう。「学校給食のように受益者が限定される公共調達で有機食材を導入することは納税者が納得しない」という従来の発想を見直し、今こそ、持続可能な農と食のシステムへの移行のためのカギとなる公共調達の変革に乗り出す時だ。

< 参考文献 >
・Agence Bio (2019)  Guide d’introduction des produits bio en restauration collective. Agence Bio.
・CNRC (2020)  Les mesures de la loi EGalim concernant la restauration collective. CNRC.
・FAO (2018)  The 10 Elements of Agroecology: Guiding the Transition to Sustainable Food and Agricultural Systems. Rome: FAO.

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