フォーラム随想人種差別を考える
2021年06月15日グローバルネット2021年6月号
日本エッセイスト・クラブ理事
森脇 逸男(もりわき いつお)
新聞を見ていたら、「大坂選手、全仏会見拒否へ」という記事が目に入った。これはちょっと困ったなと思った。
大坂選手については、紹介の必要はないだろう。大阪出身の世界的に著名な女子プロテニスの選手で、もう一つ付け加えるなら、世の人種差別を厳しく批判する、人権の闘士だ。
2020年9月の全米オープン女子シングルスに出場したとき、その直前にアメリカで警官や人種主義者の暴力によって犠牲となった7人の黒人の名前を、自分のマスクに大書して臨み、見事に優勝し、米誌『タイム』の「世界で最も影響力のある100人」に2年連続で選ばれた。
「人種差別」は21世紀が早くも21年の半ばの現在、わが地球が今も抱える、最重要課題だ。
私は戦前、山口県にいて小学校・国民学校に通っていた。クラスに朝鮮出身の学友が2人いた。私は差別意識などまったくなかったと断言できるが、でも、あるとき昼食時間に教室の中にニンニクのにおいが充満した。何も知らない私は、彼らの一人に「何だか臭かったね」と言ってしまった。かなり後になって、あの発言は彼の気持ちを傷つけたのではないかと気になったことを覚えている。何も判らないまま「チョセン、チョセントパカニスルナ。オナチ飯クテ、トコ違ウ」といったからかい言葉が今も記憶にある。
社会に出てからは、人種差別について、特別に向き合う機会もないままに過ごしてきたが、ことにトランプ前大統領のアメリカでの非常識な人種差別は、やはり、気になっていた。
そこに起きたのが1年前、アメリカ・ミネソタ州での警官による黒人男性ジョージ・フロイドさんを押さえ付け、死亡させた事件だ。
黒人への理不尽な暴力だと、警官は解雇され有罪判決を受け、「ブラック・ライヴズ・マター」(黒人の命も重要だ)を合言葉に、人種差別批判運動が高まった。
もちろん差別は黒人だけではない。新型コロナ騒ぎ以来、アメリカでは、ウイルスを持ち込んだのは、アジア人だと、アジア系市民への銃撃殺人事件や暴力、差別事件が相次ぐなど、人種差別、偏見による事件が頻発しているという。
そこで、全米女子オープンテニスへの出場の機会に、人種差別批判を公にしたのが大坂さんだ。本当に勇気ある行動だった。
その大坂さんが、記者会見を拒否するというのは、その昔、新聞記者だった小生としてはいささか残念だが、まあこれは本人の意志だからやむを得ない。
問題はやはり、アメリカでの今回の盛り上がりを機に、「人種差別は世界のいかなるところでも許してはならない。人種の差別は人間として本当に恥ずべきことなのだ」という気運を人類みんなのものとすることだ。
実際問題として、人種差別はつい最近始まったわけではなく、実は人類誕生以来の悪習といえる。
われわれの遠い祖先は、あるいは中東、あるいはアフリカで、その皮膚の色や根を下ろした土地の争奪を巡って、自分たちと異なる人間を差別し、暴行を加え、更には自分たちの奴隷として酷使した。
その過程で、博愛を旨とする宗教が果たしてきた役割にも疑問がある。皇帝をひざまずかせる程の権威があった教皇庁が、どうして何世紀にもわたるアフリカから新大陸への大量の奴隷輸出を是認していたのか。「ブラック・ライヴズ・マター」で、反省すべきなのは、あるいは宗教家も例外ではないと思われる。
以下、いささか場違いかもしれないが、先日、大坂選手優勝を祝って作った蕪詩を披露させていただきたい。
大坂選手頌
尚眉大坂制全美 口罩主張差別非
抱賞麗姿眞爽朗 白人偏見値嘲譏
(読み下し 大坂なおみ全美を制す 口罩主張す差別の非 賞を抱く麗姿真に爽朗 白人の偏見嘲譏に値す)(*口罩はマスクのこと)