特集/生物多様性回復のために~愛知目標からの10年とこれからの10年に向けて~COP15以降、企業が求められること

2021年06月15日グローバルネット2021年6月号

株式会社 レスポンスアビリティ 代表取締役
一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長
足立 直樹(あだち なおき)

特集:生物多様性回復のために~愛知目標からの10年とこれからの10年に向けて~
 2010年に愛知で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、生物多様性の損失を止めるために、世界各国が2020年までに取り組むべき20の目標「愛知目標」が採択されましたが、完全に達成できたものはゼロという評価が昨年同条約事務局より公表されました。この愛知目標を継ぐ、2030年を目標達成年とする「ポスト2020生物多様性枠組み」が、今年10月に中国・昆明で開催されるCOP15で決定されることになっています。
 本特集では、COP15を4ヵ月後に控えた今、生物多様性の重要性について改めて考え、愛知目標以降の取り組みを振り返り、さまざまなステークホルダーは今後どのような行動が求められるのかを考えます。

 

生物多様性の喪失を2030年までに逆転

1年遅れとなったが、いよいよ10月に第15回生物多様性条約締約国会議(COP15)が開催される。そこでは2030年までの10年間の目標になる「ポスト2020生物多様性枠組み(GBF)」が決定されることになっており、世界中の企業がその中身に注目している。目標の一つとして確実視されているのが、水陸合わせて地球の30%を保護区にするということだ。今年1月に開催されたワンプラネット・サミットで日本を含めた50ヵ国以上の首脳が賛同した他、さまざまな場面で同様の決議が採択されている。

一方、企業の間ではより野心的に、生物多様性の喪失が続いている今の状態を2030年までに逆転させることを目標にすべきだという声が上がっている。一般的に考えれば企業はこうした野心的な目標には反対すると思われがちだが、ここに来て多くの企業、とくにグローバル企業が生物多様性の保全にかなり積極的になってきている。それはなぜなのか。そしてCOP15以降、世界は何を目指すことになるのか。本稿ではそうした企業の動きの背景を解説したい。

ビジネスの声を一つにまとめてアピール

このような生物多様性の保全に積極的な企業の声を発しているのはBusiness for Nature(BfN)で、2019年7月に作られたばかりの大変若い団体だ。COP15以降の世界に関する重要な政治的決定に影響力を発揮しようと、ビジネス界の声を一つにまとめて発することを目的に世界経済フォーラム(WEF)、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)、国際商業会議所(ICC)などの影響力のある国際ビジネス組織と国際自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)、資本連合(Capitals Coalition)などのNGOの合計13組織が共同して立ち上げたものであり、パートナーには企業と生物多様性に関する世界中の組織が日本の企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)も含めて60以上名を連ね、影響力は一気に拡大している。

GBFについても今年初めに意見を表明しているが、これまでの活動で最も存在感を示したのは、昨年9月に開催された国連の生物多様性サミットで、世界各国の主導者に対して、各国政府はこれからの10年で生物多様性の喪失を逆転させるような野心的な政策を採用すべきだと呼び掛けたことだ。この宣言には、BfNのパートナー組織の会員を中心に世界700社以上のトップが署名している。その売り上げを足すと4.3兆ドルを超える。業種的には食品や農業・水産業が最も多く、金融、エネルギー、建設、化学、消費財がこれに続く。ちなみに日本からは14社が署名し、そのうち13社はJBIB関係だ。

企業の声がこのようにまとまった理由はいくつかあるが、最大のものは企業活動と生物多様性の相互依存性だ。企業はさまざまな生態系サービスに依存しており、顧客や従業員などのステークホルダーの健康と繁栄は自然が支えている。にもかかわらず、現在の企業活動はその自然を破壊しており、自らの存続を危うくしている。一方で、もし企業が生物多様性を守りながら事業を行えば、少なくとも世界で年間125兆円もの価値の生態系サービスが得られるというメリットがある。だから、企業は生物多様性を保全しながらビジネスを行う必要があるというロジックだ。

もう一つの理由は気候危機

しかし、この説明は10年前から繰り返されてきたものであり、これだけで企業が急に動いたとは考えにくい。むしろ、最近企業が生物多様性により関心を持つようになった理由は、急速に進む気候変動、すなわち気候危機にある。気候変動の影響が世界中で顕在化し、ビジネスにも大きな影響を与えている。同時に投資家や消費者からの視線もますます厳しくなってきた。物理的にも財務的にも、企業は気候危機に真剣に取り組まざるを得なくなってきたのだ。それは最近になって日本でも再生可能エネルギーへのシフトが加速したことからもわかるだろう。

そして、この問題を深刻化させているのは、化石燃料の燃焼だけではない。企業活動の土台ともいうべきサプライチェーン、そこに大きな問題が潜んでいることが明らかになってきた。たとえば畑は温室効果ガスの大きな発生源であるし、その畑を作るために吸収源である森林が破壊されている。つまり、今のやり方では企業活動が拡大するほど、大気中の温室効果ガスは増加し、気候変動の緩和などとてもできないのだ。

一方で、植林は、最も費用対効果の良い吸収方法の一つであることも知られるようになってきた。そこで、多くの企業がこれ以上の森林破壊に間接的でも加担しないことを宣言し始め、農業に直接関連する企業の中には、二酸化炭素(CO2)を土壌中に吸収できる環境再生型農業に切り替えるところも出てきた。さらにはアップルのように、大規模な植林のために莫大な資金を投資する企業も現れている。

動きを加速する投資家

もう一つ重要なことは、以上のようなリスクを、そして解決方法を、投資家も知るようになってきたということだ。機関投資家も生物多様性の喪失が気候危機と同じぐらいに自分たちの投融資の持続性に関わることに気付き、個別に、あるいは協同で、企業に生物多様性に配慮した事業を行うよう求めたり、情報開示を要求するようになってきている。日本国内ではこの1~2年、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が大きな話題になり、企業のサステナビリティ担当者はその対応に大わらわだが、その生物多様性版と言うべき自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の検討もすでに昨年からスタートしている。また、SBT(Science Based Targets)の生物多様性版であるSBTs for Natureも同様に検討が始まっている。これを活用しようと考えているのがCDPで、2022年からは新たに生物多様性についても質問するだけでなく、将来的にはSBTs for Natureと連動した質問をする計画だという。

さらに企業にとってより脅威になるのは、こうしたことの義務化だ。イギリスは国内市場で販売される商品について、その原材料が森林破壊に関わったものでないことをデューディリジェンスする義務を企業に課す法律の策定を進めている。さらには18ヵ国以上に呼び掛けて、こうした流れを世界的なものにする活動まで始めている。

生物多様性は第二の気候危機に

以上を考えると、生物多様性はもはや社会貢献や企業ブランドを維持するために取り組めば良い問題ではなく、企業の在り方やその価値を決める重要な柱であることは間違いない。そもそも生物多様性に配慮しない企業は、今後、原材料の入手にも困る可能性すらあるのだ。こうして見ると生物多様性は第二の気候危機になると言っても過言ではない。投資家、NGO、政府そして企業も生物多様性が気候危機に並ぶ大きな課題であると認識し、気候変動と同様のアプローチを生物多様性にも当てはめて解決しようと考えているのだ。

さらに言えば、そもそも生物多様性と気候変動は別々の問題ではなく、同じコインの裏表だ。なぜなら気候変動が進むと最も影響を受けるのは生物多様性や生態系であり、その結果、経済活動も含めた人間活動が大きな影響を受けるからだ。また生物多様性はうまく使えば気候変動の適応にも大変に役立つが、生物多様性や生態系が毀損されれば、気候変動の影響へのレジリエンスも失われてしまう。

つまり、COP15以降、企業は気候変動と同じ真剣さで生物多様性に取り組むことが常識になるだろう。何しろ2030年までに生物多様性喪失の流れを逆転させ、またCO2の排出量を半減できなければ、私たち人間の存続も危うくなってしまうのだから。

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