フォーラム随想脱炭素化に転じたポーランド
2021年02月15日グローバルネット2021年2月号
自然環境研究センター理事長(元 国立環境研究所理事長)
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
私は、ポーランドを二度訪問する機会を持った。
最初の訪問は、私が大学で教育研究に携わっていた1991年9月のことだった。パリのユネスコ本部で開かれた、「人間と生物圏(MAB)計画」の研究会に召集された折である。
ちょうどその頃、旧知のA氏がJICA(国際協力機構、当時は国際協力事業団)の職員として、ポーランドの首都ワルシャワに勤務していた。A氏からパリの帰りに寄らないかと誘われ、喜んで応じたのである。
JICAあるいは日本政府としても、東欧諸国への支援は始まったばかりで、JICAもワルシャワに事務所を持たず、A氏は一人で大使館の一室で働いていた。
私の記憶に強く残っているのは、彼が私のために休暇を取り自家用車を運転し、南部の工業都市で文化の中心でもあるクラクフへ一泊旅行に連れて行ってくれた時のことである。
クラクフまで50kmくらいの小高い場所から南を見ると、クラクフの街をすっぽり覆うように上空まで灰色だったのである。クラクフは、旧市街が世界遺産の「クラクフ歴史地区」であることからもわかるように、ヨーロッパの伝統を感じさせる落ち着いた街だった。しかし、私には途中で目にした空のことが気になって仕方なかった。
ポーランドは、クラクフに限らずワルシャワを含む多くの都市で大気汚染が進んでいた。その原因は、長年にわたりエネルギー源を旧ソビエト連邦の石油と天然ガス、そして自国に豊富に存在する石炭に依存してきたためで、実は、現在も石炭がエネルギー源の約7割を占めているのである。
二度目の訪問は、私が国立環境研究所に勤務していた2008年12月だった。
気候変動枠組条約第14回締約国会議(COP14)および京都議定書第4回締約国会合(CMP4)が、西部の都市ポズナニで開催され、国立環境研究所は、アジア地域における温室効果ガスの排出削減を議論するサイドイベントを主催するなど積極的に関わっていた。
COP14の課題は、前年のインドネシア・バリでのCOP13の到達点から、翌年のデンマーク・コペンハーゲンでのCOP15に向け、京都議定書に続く2013年以降の基本合意に達するための論点整理にあった。しかし、リーマンショック以来の世界金融危機の影響が大きく、資金調達など結論が先送りされたテーマも多かった。
そのような中、翌2009年1月からアメリカ大統領にバラク・オバマ氏が内定しており、新たな気候変動政策への期待が膨らんでいた。多くの参加者が、アメリカ代表団の動向を見逃すまいと躍起になっていたのが印象的だった。
欧州連合(EU)が地球温暖化防止に積極的で、世界をリードしているのは間違いない。とはいえ、EU内ではポーランドが最も消極的で、EUの方針決定がもめる原因の大半はポーランドの同意が得られないことにあり、その背景にポーランドの極端な石炭依存のエネルギー政策があった。
しかし、昨年暮れの2020年12月17日、ポーランドの国会が2040年までに8~11GWの発電能力を洋上風力で得ることを承認した。この発電量は、原子力発電所のほぼ10基分に相当する。
この発表をしたポーランドのミハウ・クルティカ気候環境大臣は、今後20年間に温室効果ガスの排出ゼロのシステムづくりを目指す、人口10万人以上の都市では2025年以降に電気や水素で駆動するバス以外の導入を認めないなど、新たな政策への決意を強調した。
パリ協定の目標達成には、先進的な取り組みを続けている国々の役割が重要としても、取り組みが遅れている国々の方針の改善も極めて重要である。今年は、ポーランドそして政権が交代したアメリカの方針転換が、世界の大転換の引き金になることを期待したい。