フォーラム随想「なんとかなる」からのスタート
2021年01月15日グローバルネット2021年1月号
(一財)地球・人間環境フォーラム 理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)
「大したことない。何とかなる」。
毎日の生活の中で軽重はあれ、いろいろな問題にぶつかる。そんな時、いつも心の中でつぶやく。1回つぶやくと、冷静になれる。慌てることや、かっとなることから防いでくれる。
これまで職場でささいなことでも立腹し、怒鳴りつける上司や同僚にたくさん接してきた。甘やかされた生い立ち、ミスを許さない潔癖性、高いプライド、栄進に傷が付くという保身など何が原因か、分析しながら冷静に観察していた。
このような人は、上司から仕事がよくできると評価され、出世街道をまい進するから始末に困る。周囲にとって大変迷惑な話で、仕事は停滞する。怒鳴り続けられたため、精神的に病んでしまった人もいた。今日ではパワハラで完全にアウトである。
こんなふうになってはいけないと他山の石として自戒し、いかなるときにも冷静になれるようにと、この言葉を心でつぶやく。単純な方法だが、大変効果がある。古今東西のことわざでも「山より大きな猪は出ない」とか「明けない夜はない」と教える。
冷静になった後は、一刻も早く問題の解決に動かなければならない。「大したことない」と放置してはいけない。怠け者の私だから問題をついつい先延ばししがちである。
締め切りのない仕事は、完成することがないと自覚している。「そのうちやろう」で、できた仕事は、ない。
「暇な時でいいですから、原稿を書いてください」と単行本の執筆のありがたい依頼を度々出版社から受けた。その時は「是非とも」と調子よく答えてきたが、いずれの場合も1ページも書くことはなく、企画は、いつの間にか自然消滅していった。
「あの時書いておけば良かったのに」といつも後悔している。その時でないと執筆しようとするモチベーションが沸かないものだ。タイミングが重要だ。せっかく収集した資料も散逸したり、古くなっている。
苦労しながらも一冊の本を書き上げると、自信になるし、その後の仕事や研究の基礎になる。
現在コロナ対策の決め手としてワクチンの開発と普及が、強力に進められている。45年前、ワクチンの仕事をしたことがある。制度改正に携わったので、その時に勉強したことを基に同僚と共著で『逐条解説予防接種法』(ぎょうせい)を出版した。改正した背景、改正の趣旨、条文の解釈などを書き残すことは、法律の施行実務や将来、訴訟になった時に役立つと思ったからだ。
予想どおり訴訟で引用されることがあり、書いておいて良かったと思う。類書がないためか、現在の古本の価格は、1万4800円とびっくりする額である。45年前の本だが、コロナワクチンでも参考にされればと思っている。
問題に早く着手しなければならないが、解決の糸口をまずこれまでの経験に依拠してきた。自分が経験したことは、大きな力になるが、自分の経験の範囲は狭いので、人から聞いた経験談が役立つことが多い。
60歳を過ぎた頃、人が集まると、話題は病気のことに集中した。自分の病気の経験談の披露で盛り上がった。病気のことばかり考えていると、本当に病気になってしまうと思っていたので、当時はあまり関心が持てなかった。
しかし、この経験談が後日役立つことが結構ある。人間ドックで心電図に異常があると言われた時、一瞬どきんとしたが、同じような経験をした人の話を覚えていたので、冷静になれた。
私は、医療、福祉、環境、人権の4分野の仕事の必要性から、社会で起きるリスクを24に分類して実態や対策などを研究しているが、自分の日常生活での問題の対処に役立つ。
自分の狭い経験を補ってくれるのは、日頃の勉強のようだ。